その378 『おねだり』
「フィルムは、ボクらなら機材さえあれば現像できるんじゃない?そうすればイユだけじゃない、全員が確認できて確証がより持てるよ」
頼もしいことこの上ない。クルトもレッサも、こうした技術にはとても明るい。
クルトに話を振られたレッサも、頷きながら付け足した。
「シェルも何か目撃しているみたいだし、詳しく聞いてみる価値はありそうだね」
シェルは、ミンドールがどうとか言っていた。ミンドールの身に何かがあったことは間違いない。聞いてみたいが、シェル本人はまだ眠っている。無理に話をさせるわけにもいかない。とりあえずは、現像が先だろう。
「ちょっとした機材なら、この屋敷にあるかもしれませんね」
ワイズもそういうので、貸してくれる気があるらしいと悟る。写真の現像は、ギルドで依頼すると高くつく。イユの所持金では到底無理である。
「いいの?こういっちゃなんだけれど、ボクらとはあまり関わりのない仲だと思ったんだけど」
クルトの疑問に、ワイズは頷いた。
「いえ、ねぇさんが世話になったようですので」
「まぁ、迷惑はかけられたかな」
ぼそりと呟いたクルトに、
「クルト」
とレッサが嗜む。こうしていると、二人は同じ金髪同士も相まって、兄妹に見えた。
「まぁ、助けてもらえるならいいや。借りは返せないと思うけど」
さっぱりと言ってのけるクルトに、レッサとレパードがやれやれという顔をしている。レッサなら兄妹だが、レパードがそれをすると一気に父娘だ。
「ちなみに、イユが見た限りでは、刹那みたいな子供がたくさんいたんでしょ?」
「そうよ」
「だからシェパングが怪しいと踏んだわけだ」
クルトとイユの会話に、レパードが入り込んだ。
「ついでに、リュイスを攫ったのが、シェパングのお偉方らしいからな」
話を聞いていたレッサが、「うーん」と唸る。
「船の手配が難しいかもしれない」
「どういうこと?」
手配はレパードがしてくれているはずだ。イユの問いに、レッサが答える。
「マドンナがお隠れになった件だよ。聞いてないかな?」
それだけでは、イユは理解できない。頷きながらも怪訝な顔をしているのが分かったらしい、レッサが付け加える。
「マドンナはシェパングとシェイレスタの合間に浮かぶ飛行船で殺されたらしいんだ。だから、今あの空域は検閲が厳しくなっている。ギルドの船は好き好んでそんなところを飛ぼうとしないよ」
その情報は、マドンナについ詳しく調べていなかったイユよりも、詳細だった。だからこそ、イユは自分たちの甘さに気が付いた。マドンナの死の影響を低く見積もりすぎていたから、飛行船に影響が出るだろうとは微塵も考えていなかったのだ。
「確かにあなたの言うとおり、ギルドの乗り合いは使えないでしょうね」
ワイズまで、レッサに同意する。
「レンドとミスタは?かつてのギルドに頼んで飛行船に乗せてもらえないの?」
絞り出したイユの発案は、しかしレッサに首を横に振られた。
「そもそもここに二人のギルドがいるかどうかは分からないよ。鳥を飛ばしてもらうなり、それぞれの伝手を当たっているだけだから」
レッサの答えに、イユは唸るしかない。
「仮にギルドがここにいても、二人はかつての仲間を危険に晒したいとは思わないと思うな」
更にクルトにまでそう言われてしまっては、ぐうの音も出なかった。
「それじゃあ、どうすればいいのよ」
意外なことに、イユの問いへの回答はワイズがした。
「サンドリエに行ってはどうですか?あそこなら発掘を生業にするギルドが多くいます。彼らは数か月単位で籠りますからね、外の情報には疎いはずです。お金さえ積めば、動いてくれるでしょうし」
そのお金がないと言いかけて、イユは思わずワイズを見た。
「何、お金の期待もしていいの?」
傍から見たら、小さな少年にたかるセーレの面々だ。しかし、これほどの屋敷に平然と住める『魔術師』だ。資金面でみたら、セーレなどくらべものにもならない。ついでにイユの全財産など彼らの爪の垢にも満たないだろう。
「……全く、姉さんは本当に高くつく女ですね」
諦めたようにワイズが言うので、クルトと一緒になってハイタッチしてしまった。レッサとレパードが顔を覆っているのが、視界に映る。出してもらえるのだから喜べばいいのに、釈然としない。
「いや……、何というか本当にいいんですか?」
おずおずと切り出すレッサに、ワイズは「構いません」と頷いた。
「払う価値があるかどうかは僕が決めることです。遠慮はいりませんよ」
「後が怖いんだけれど……」
お気遣いなく、とワイズはにこやかだ。
「乗りかかった船ですから」
親切すぎる『魔術師』に、レッサたちは怖いものを感じているらしい。当時のイユたちと同じだ。いや、正直なところ、イユはいまだにしっくりきていない。ブライトの目的を知るためだとしても、どうしてイユたちにそこまで干渉するのだろう。良いことばかりではないはずだ。むしろそのせいで砂漠で死にかけたほどである。呪いが頭にも回っているんじゃないかとさえ、思った。




