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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
376/992

その376 『情報交換』

「とにかく、シェルが一命を取り留めて良かったよ」

「まだ絶対安静らしいけれど、何はともあれね」

 クルトが良かったといい、それに頷いたのはイユだ。

 一同は、フェフェリに場所を借りて、ウルリカの咲く中庭のガーデンテーブルを囲んでいる。中庭では、白い明かりがあちこちで灯っていて、とても幻想的だった。テーブルに座っているのはイユにレパード、クルトにレッサの四人だ。シェルはまだ眠っており、倒れたワイズはシェルの隣のベッドに運ばされた。

「あの『魔術師』のお坊ちゃんは、本当に大丈夫なのかな」

 クルトが不思議そうな顔で先程までいた建物を見る。口から血を流していたのだ。イユも驚きだった。

 レパードが、腕を組みながら発言する。

「フェフェリが言うように、少し眠れば大丈夫なはずだ。俺らからすれば驚きだが、見た限り、あの執事は手慣れていたからな。先に、元気な俺らで情報交換をすませておくぞ」

 その言葉に、皆が頷く。気にはなったが、絶対安静のシェルにワイズのいる建物ばかりを睨んでいても、解決しないのは事実だ。それにイユとしては、クルトたちのことも、気になっている。

「さてと、いろいろ聞きたいことは多いが、何から話すべきか……」

 レパードがさらりと周囲を探る。盗聴器の類がないことを確認したのか、皆に頷いてみせた。たとえ仲間の命を助けられたとしてもここは『魔術師』の屋敷。ましてやこの屋敷の本当の主には、顔さえ見せていない。警戒はして損はないのだ。

「そうだね。まずボクたちから話すよ」

 クルトがそう言いながらも、少し頭を掻いた。

「とはいえ、どう話すべきかな。発端は、ボクが船内に裏切り者がいるかもって言いだしたことなんだけど」

「裏切り者?」

 物騒な響きに、イユが目を丸くする。

「まぁ、当然そういう反応になるよね」

 と、クルトは困惑顔だ。代わりに、言葉を発したのはレパードだった。

「先に現状だけ説明しておこう。俺とイユは、ワイズ――、ブライトの弟でもある『魔術師』とともに行動している。あの餓鬼に、イユは暗示を解いてもらった形だ」

 驚くことだらけだろうが、まずはとクルトが確認する。

「暗示は本当に解けたの?」

「心の問題だから確証は持てないだろうが、俺は解けたとみている。だからこいつの前でブライトの話をしても問題はない」

 イユは知らなかったが、レパードたちはイユの前でブライトの話を極力しないよう、内容を線引きをしていたらしい。

「それと、俺らはセーレが燃えているのを確認した。中に誰もいないこともな。それから、リュイスだが、ブライトにまんまとやられて、『魔術師』に攫われている」

 クルトが「はぁ?!」と声を上げる。

「クルト、一々煩いわよ」とイユが窘めると、「いやだって」と言い訳が入った。

「そりゃイユとリュイスは一緒に出ていったはずなのに、何故かリュイスがいないからさ、おかしいなとは思ったよ?でもまさかすぎるでしょ?大ピンチじゃん」

 大騒ぎしているクルトの隣で、冷静な様子を崩さないのはレッサだ。

「その言い方だと攫ったのは『魔術師』であってブライトではない、みたいに聞えますが?」

 船長相手だからか、レッサは敬語に切り替えている。

「あぁ、克望という『魔術師』がリュイスを攫ったんだ。克望は刹那を使って、俺らをはめた」

「刹那は式神だったのよ」

 レパードの言葉にイユがすかさず付け足すが、二人ともよくわからないという顔をした。

「……とりあえず、裏切り者は刹那だったってこと?」

 断片的な情報からクルトなりに解釈したらしい。その言葉に、イユは渋々頷く。あの刹那を裏切り者という言葉で片づけてしまっていいのか正直なところは分からない。いきなり人間でないと言われて納得しろという方がおかしいのだ。

「それなら、今度は僕らの現状です」

 レパードが話し終わったと見て、レッサが、引き継いだ。

「僕らは現在シェルを除いて4人で活動しています」

 その言葉に、イユとレパードは顔を見合わせた。自然と喜色が浮かぶのを抑えられない。それはつまり、シェルとクルトとレッサ以外にも、生き残りがいるかもしれないということだ。

 レッサも、二人の様子をみて、頷く。その者たちについて語った。

「今、レンドとミスタはそれぞれ、以前所属していたギルドの伝手を当たるなどして、情報収集をしています。僕らはその間にシェルを看ていた形です」

 イユは思わず込み上げる喜びを噛みしめた。誰であっても難を逃れていれば嬉しいが、それでも実際に名前を聞くのと聞かないのでは、全く違う。ましてや、甲板員には重傷のシェルがいた。同じ甲板にいたかもしれないと思えば、不穏な予感に胸を押さえつけられる。

 しかし、こうして名前を聞き、実際に活動している様を聞くと、今度は不思議な安心感が沸いた。言われてみれば確かに、最も生き延びられそうな二人だ。

 同時に、どうしてクルトやレッサたちが無傷で街にたどり着いたか、想像ができた。レンドは、優れたナイフの使い手だ。怪我人がいるにも関わらず彼らが無事に街にたどり着いたのは、紛れもなくレンドの腕があったからだろう。それに、ミスタは大柄だ。レッサやクルトでは人一人運ぶのも苦労だろうが、ミスタに掛かればシェルを運ぶことなどお安い御用だろう。

「元々、ボクは、ミスタが裏切り者じゃないかって疑っていたんだ。だからレッサに相談して、腕っぷしの強いレンドも巻き込んでミスタを尾行することにしたんだよ」

 ここで、話が初めに戻った。

「どうしてミスタが怪しいと思ったのよ?」

 イユからしてみれば、ミスタが怪しいとは到底思えない。

「風切り峡谷から何かと怪しい挙動が多くなかった?それに、時々いなくなるし」

 逆にクルトに質問され、イユは首を傾げる。そこまで言われて、唯一思い出したのは風切り峡谷で、一瞬ミスタとはぐれたことだった。それ以外には特に思い付かない。

 それをみて、クルトが、がっくりと肩を落とす。

「やっぱり、ボクだけかぁ。まぁ、挙動の原因も分かったんだけどさ」

「分かったの?」

 イユの問いに、クルトが頷く。

「セーレの外にミスタが出ていくからさ、三人で追いかけたんだよ。そうしたら、びっくり」

 何故かそこで、「何が起こったと思う?」などと聞いてくる。ここで、もったいぶるクルトがさっぱり分からない。

「知らないわよ、さっさと答えなさい」

「ちぇっ、余裕がないの。いいよ、教えてあげる」

 きっと関節を鳴らしたのが効いたのだろう、大人しくクルトが白状した。

「飛竜だよ」

「?」

 それを聞いても、頭がついていかない。飛竜がどうしたというのだろう。楽しそうなクルトの横から、レッサが答えた。

「ミスタは風切り峡谷で飛竜の卵を持ち帰っていたんだ。それで、今まで皆にばれないように育てていたらしいよ」

 クルトが「台詞を取った!」と喚いていたが、それは頭に入らなかった。

「はぁ?!そんなことをしていたわけ?」

 思わず大声を挙げてしまい、「イユ、一々煩いぞ」とレパードに窘められる。「いやだって」と言い訳したくなった。

 そのイユの反応で満足したらしい、クルトがにっこりと悪い笑みを浮かべる。

「驚くでしょ!あの強面のミスタが、段ボール箱に入れられて捨てられた子猫よろしく、飛竜の卵が割れてたのを見つけて、可哀想で持って帰ったって!」

 あの弾力のある飛竜の卵でも割れるときはあるらしい。それにしても、イユの知るミスタはとにかく寡黙な男だ。だからこそ日ごろから何を考えているかわからなかったし、仕事を任せられる安心感はあっても、正直そこまで関わりはなかった。イメージがひっくり返った瞬間である。

「クルトは裏切り者だとミスタを責めていたわけなんだから、そんな弱みを見つけたような人の悪い態度はとるべきじゃないよ」

 レッサがクルトの悪い笑みを指摘するが、クルトはどこ吹く風だ。

「面白い発見だからいいじゃん。名前もつけてたんだよ、アグノスだって」

「……ミスタ、意外とネーミングセンスがいいわね」

 感心するイユに、話が進まないからとレッサが話始める。

「とにかく、幼竜のアグノスは一通り飛べるようになっていて、ミスタはアグノスの情報を頼りに食糧を探していたみたいなんだ」

 それに、レパードが感心した声を漏らす。

「なるほど、飛竜なら多少の暑さも平気か」

「みたいです。それで、このマゾンダの街を見つけたところに、僕らが押しかける形になってしまって」

 なんとミスタは、アグノスを使ってマゾンダを見つけていたらしい。そうなると、あとは皆に知らせて、この街へ移動するだけだったのだ。そうすれば飢えからも逃れられたことだろう。セーレは、何事もなければ生き残れたのだ。


 それなのに、現実はそうはならなかった。

「戻ったら、セーレが燃えていたんだよ」

 始めは臭いがしたのだという。何かが焦げる臭いが。

「ここからは前も話したけれど、ボクらはセーレの中を探して唯一船から投げ出されていたシェルを見つけた。けれど、重傷で話せる状態じゃなかったから、急いでマゾンダの街に運んだんだよね」

 そうして、医者に診てもらったものの、匙を投げられ、最終的にはこの街に来ているという『魔術師』に縋ることになったらしい。ワイズへと知らせてくれた男に名乗らなかったのは、相手が『魔術師』だと分かっていたからだろう。そのおかげで、レパードは当初、重傷者がシェルだと気づかなかった。

 ただ、さすがに『魔術師』の名前までは知らなかったようだ。もし、アイリオール家だと知っていたら、きっとこれは罠だと判断しただろう。

「ボクらからしたら驚きなんだけど、ここでは治らない怪我や病気は『魔術師』に診てもらうのが普通みたいなんだ。こっちはお尋ね者みたいなものだから気が気でなかったんだけど、じゃあシェルを諦めるかって言われたらさ」

 諦められるはずがない。クルトたちは藁にもすがる思いで、男の紹介を受けたのだという。まさか、その藁の先に、仲間がいるとは思いもよらなかったようだ。

「とにかく、お前らが無事でよかった」

 レパードの安心した声に、レッサとクルトは嬉しそうにはにかんだ。

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