表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
373/992

その373 『屋敷へ』

 受付嬢に案内されてギルドの受付まで戻ると、ある男がレパードを見て顔を上げた。

「あぁ!良かった、まだギルドにいたんだな」

「あんたか!」

「知り合い?」

 レパードの話では、ワイズと一緒にギルドに訪れた際に、ワイズに急患だと声を掛けた男だという。年は四十ぐらいだろうか。がっつりした体型に、銀髪が映えていた。

「では、私はこれで」

 受付嬢は礼をして下がろうとするが、そこを別のギルドの男が声を掛ける。

「待ってくれ、あんた、受付だよな!マドンナが死んじまったって言うのは本当か?!」

 隣にいた女も、男の声で受付嬢の存在に気づいたようだ。受付嬢へと迫る。

「マドンナが死んじゃったら、このギルドはどうなるの?」

 あっという間にできた人だかりに、受付嬢が埋もれている。思わず呆然とその様子を眺めていると、袖を引っ張られた。

 見上げると、レパードが「こっちだ」と合図をしている。レパードの腕を頼りに、人の間を通り抜ける。誰かの肘が当たって、思わず目を瞑った。それでもどうにか、足だけは前に踏み出して、押し退けるようにして人の波を抜ける。

 ギルドの外へと飛び出して、ほぅっと息を吐いた。人混みは、どうにも慣れない。

「いやぁ、本当に凄い人の数だったな」

 先に外に出ていた男が額の汗を拭いながらそう、イユに声を掛ける。

 何故そこで自分なんだと思いつつ、イユは頷いて返した。

(マドンナの死は、こんなところまで影響するのね)

 イユも、マドンナの死の話を聞いている。ギルドで、小耳にはさんだからだ。イユとしても、一度会ったあの女が、あっけなく死んでしまったというのは驚き以外の何物でもなかった。ただ、イユが今頭にあるのはセーレのことだ。それもあって、「そうか」ぐらいにしか思えなかった。少なくとも、マドンナと親しげな様子だったレパードよりは、ショックが少ないだろう。

「ワイズの屋敷はどこ?」

「こっちだよ、お嬢ちゃん」

 イユの質問に、男はすぐに指を指した。


 そこからが遠かった。ウルリカの花を通りすぎ、立ち並ぶ建物の間を縫っていく。街の端から端までを移動した気分だった。おまけにその移動が複雑すぎて、道に迷いそうだ。はじめのうちは覚えていたが、五つ目の曲がり角に来た頃には、すっかり自信がなくなってしまった。

 そんななか、続けて二つの橋を潜り抜けた先に、急な下り坂が訪れた。転がったら滑り落ちそうな坂だからこそ、今いる位置からでも下部にあったその建物の全容が確認できた。

 山のなかの洞窟。その最も深い窪みだ。そこに、他のどの建物よりも大きい、土色の建造物が、聳えていた。 

「ここが、ワイズの屋敷……」

 ノスタルジックな街の最奥に佇む、荘厳な造りの城。尖った屋根が幾重にも重なり、それはまるで鍾乳石のようだ。堅牢な門に、複雑な幾何学模様の窓、のこぎり型のツィンネのある回廊。おまけに周囲をごつごつとした岩で囲まれていて、それだけを視界に入れれば、まるで大地に沈んだ城を拝んでいる心地にさせられる。

 しかし、そこには、ウルリカの大輪が、城壁に、庭に、門にと、咲き乱れている。そのおかげで、かつての城が花の中に埋もれているようにも見えた。

「正確には、ワイズ様のお屋敷でなくて、ジェシカ様のお屋敷だよ」

 男の突っ込みに、イユは首を傾げる。それに気づいたのか、男が補足した。

「ワイズ様は、官吏としてマゾンダに派遣されている御身でね」

 官吏が何かよく分からないが、下手なことを口走って混乱を生みたくない。ましてや、イユとレパードが探している誰かが、重傷な状態でワイズの屋敷に運び込まれたとしたなら、猶更だ。

「こっちだ」

 男が門扉の前で、見張りの兵士に声を掛けると、すぐに門が開いた。男の手招きに、イユたちも続いていく。門の先もまた、道のりは長かった。左右に広がる庭に、ついつい視界が奪われる。緑の迷路のような空間が、水の音が、鮮やかなウルリカの花の咲き誇る花畑が、視界に映った。

 ここが『魔術師』の家なのだと、妙な実感があった。街にいる人々とは全く異なる建物。こんなところに住んでいたら、きっと『魔術師』でなくとも、自分が偉いのだと勘違いをするだろう。

 もし、イユが異能者施設に入ることがなかったら、ひょっとするとこういう城に住んでいたかもしれない。そんな想像が浮かんだ。そのとき、イユがレパードたちに会ったらどう思うのだろう?家もない彼らを、下に見るだろうか。そんな自分を想像すると、ぞっとする。豪奢な城には憧れるが、今の自分で良かったと、その点にだけは安堵する。

 ようやく扉の前まで来ると、外で待っていた兵士が、扉を開け始める。ゴゴゴ……と鈍い音を立てて開く門扉を見ながら、扉があるたび、開閉に待ち時間が入ることに、驚きを通り越して呆れてしまった。

「ワイズ様がお呼びになったお客様ですね?お待たせしました」

 扉の先には、執事姿の男が待っていた。ぴりっとした服装に、濃い焦げ茶の髪と髭。髭は先端がくるりと曲がっていて、特徴的だ。深い皺に神経質そうな細長い目は、開いているかどうか判断に悩むほどである。

「私は執事のフェフェリと申します。以後、お見知りおきを」

 執事の礼に、レパードが答えた。

「レパードだ」

 遅れてなるものかと、イユも続く。

「イユよ」

 フェフェリは、イユたちが急いでいることを知っているようだ。余計なことは話さなかった。

「それでは、ご案内します」

 そう口にすると、歩き出す。

「じゃあな、お嬢ちゃん。俺はここで失礼するよ」

 執事が歩き出したのを見守ってから、先ほどまで案内役を務めていた男が手を振る。

「俺には挨拶はなしか」

 ぼそりとレパードが突っ込んだが、男は素知らぬ顔だ。その様子を見て、ジェイクを思い出してしまった。重傷というのが彼でないことを祈りたい。

 しかし、この先に待っているのは誰なのだろう。イユは、こっそりと右手で左手を抱き締めた。先程の男は名前を知らなかったから、詳しいことはわからない。だから、どうとでも想像できてしまう。重傷ときいているからこそ、不安は掻き立てられる。

 それにしても、何故名前も知らないうちに、ワイズはイユたちの関係者だと伝えられたのだろう。重傷者であるという誰かがセーレのことを口走ったのだろうか。ただ、レパードの話では火傷は負っていないとのことだった。セーレは燃えていたのだ。それなら、火傷を負う前に、セーレから逃れた者ということになる。或いは、ワイズが関係者だと思っただけで、実際は全く無関係な人物であることも考えられる。

 とにかくと、イユは遅れないように、執事の背中を追いかける。

 執事は、時折振り返ってイユを待っていた。意外と歩くのが早いのだ。待たせている身としては、すぐに追いつかなくてはいけない気にさせられる。

「体の方は、もう大丈夫そうだな?」

 イユの足取りを見てか、隣からレパードがぽつりと呟いた。どうも、ワイズが心配させるようなことを言ったのを、まだ気にしているらしい。

「特に痛みを制御しているわけでもないと思うから、平気よ」

「お前の『平気』が一番当てにならない」

 安心させるつもりでいったのだが、何故かそう言い切られてしまった。

 納得いかないものを感じつつ見上げると、首が痛くなるほど高い天井から零れたシャンデリアの光が、零れてくる。新緑の絨毯に注いだ光は、洞窟の中にあるとは思えなかった。

 首を元に戻して踏み進めれば、ガラス張りの扉が出迎える。執事が扉を開けて、イユたちを招き入れた。

 踏み出したイユは、立ち込める花の香に足を止める。扉の先は、外だったのだ。目の前にガラスの埋め込められた通路が続いている。その左右には、これでもかというほどのウルリカの花が満ちていた。少しして気が付く。ここは正確には城の外ではない。城壁が花の合間から覗いている。中庭なのだ。

 満開の花の間を縫って進むと、すぐにガラス扉の建物が出迎える。そこは、中庭の一画にある建屋だった。執事が先ほどと同じように、ガラス扉を開ける。

「こちらでございます」

 再び扉の中に入った先は、今までと空気が違っていた。まず視界に映ったのは、並べられた白いベッド。一つ目、二つ目と、脱け殻のベッドが続いている。まるで、病院のようだ。

 手前から奥へと続くベッドに視線をやる。それから、見上げようとしたところで――、

「船長……?本当に?」

 ぽかんと口を開けた、金髪の姿が目に入る。

 それを見たイユの膝が、折れそうになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ