その372 『目的推測』
「それなら、次の目的地はシェパングということね?」
克望という名が、イユとレパードの間で上がり、見えなかった道がうっすらとだが、浮かんできた。声に期待すら込めて、そう断言すると、レパードもまた、頷いた。
「あぁ、シェパングまではギルドで乗り合いができるよう、手続きは済ませてある」
さすがに早い。何が、リュイスの行き先が分からない、だ。リュイスを追いかけるために、レパードはレパードでしっかり動いているではないかと、言いたくなった。
「問題は、シェパングのどこにいるかだ」
「克望のいる場所でしょう?」
「そいつは、どこにいるんだ?」
レパードの質問に、イユは戸惑う。
「知らないわよ」
『魔術師』が普段いる場所といったら、それぞれの屋敷だろうか?しかし、リュイスだけならともかく、セーレの船員たちも屋敷に連れ込んだというのは、考えにくい気がした。いくらなんでも目立つのではないかと思ったからだ。しかし、相手は『魔術師』だ。権力でもって、周囲の人間の口を封じることもできる。逆に、屋敷以外の広い場所を貸しきって、そこに閉じ込めておくことも可能だ。
「そもそも、連中の目的がよくわからん。『堕ちた島の姫の供物』とは何のことだ?」
供物なんて響き、絶対によからぬことを企てているに違いないと断言できる。しかし、レパードの言いたいことも分かった。カルタータに、彼らは何を見ているのだろう。
「堕ちた島って何を指すのかしら?」
「カルタータか?」
イユの疑問に、レパードも確証はないようで、疑問で返す。
「俺らが十二年前、カルタータから脱した際、あとでカルタータが落ちたと聞いたことがある」
「島が落ちた?船じゃなくて?」
飛行船なら、飛行石の燃料が切れて落ちるという話は聞いたことがあった。しかし、島は、聞いたことがない。
「島も、結局は飛行石によって浮いているんだ。飛行船とは比べ物にならないぐらいの量の飛行石だがな」
それが一気に燃え尽きれば、確かに尽きることもあるのかもしれない。島が落ちるという話は、イユを不安にさせた。今まで地面は、安全だと思い込んでいた。ところがそれは、イユの勝手な思い込みだった。飛行石には寿命があるのだ。この世界に浮かぶ島は、いつかは全て沈む。
「とにかく、カルタータが何らかの理由で落ちたのは事実なわけだ。『堕ちた島』というのは、単純にカルタータを指す可能性はあるだろう」
少なくとも俺は、この十二年間、カルタータ以外に島が落ちたという話は聞いたことがない、と補足される。
「それが一番あり得そうとして、カルタータの姫の供物ってことになるけれど」
そんなものが存在するのだろうか。そもそも、カルタータは滅んで、その生き残りがセーレにいる面々だったのではないのか。
「姫巫女という者がいると、聞いたことがある」
神殿の中央で狩人が獲物を捧げる風習に、姫巫女がカルタータを統治しているという話をされたと。イユはその内容に、思わず突っ込みたくなる。
「まんまじゃない。それなら、カルタータの姫巫女が供物を欲しているってこと?」
「おいおい、神殿はもう落ちて、存在していないんだぞ?今更何を欲しているんだ?それに、その話だとリュイスは人間なのに供物にされるのか?カルタータで捧げているのは、あくまで鳥や獣の類だったぞ」
レパードの否定に、イユは自分の眉間に皺が寄ったのを感じた。
「与える獲物が動物じゃ足りなくなったんじゃないの?」
「仮にそうだとしても、なんでシェイレスタやイクシウスの『魔術師』が、カルタータの姫巫女の手伝いをしているんだ」
そんなことを言われても困る。イユも、全て推測で語っているのだ。
「そんなの、知るわけないわよ」
むっとして言うと、「悪い悪い」とレパードが謝る。
「明らかに情報が足りないな。この辺りのことを調べたいんだが、さてどう当たるべきか……」
カルタータの伝承に詳しいのは、ほかならぬカルタータの面々だ。だが、今回はその面々がいない。
そのとき、トントンと、ノック音がした。薄暗い部屋の中で、小さなはずのその音は不思議と響く。
「誰だ?」
「ギルドの者です」
レパードの声に、女の声で返事が返る。イユはすぐにフィルムを収め、カメラを鞄のなかへしまった。扉を開けられてしまったら、フィルムが光を浴びて更にダメになってしまう。これ以上劣化されると、イユでも読み解けない。
それにしても、何の用だろう。この部屋に入ってからそう時間は経っていない。追い出されるにしてもあまりにも早い。
ガチャリと扉が開き、顔を覗かせたのは茶髪に赤いリボンが映える受付の女だった。
「失礼します」
礼をすると同時に、ポニーテールにした髪が僅かに揺れた。再び顔を上げた受付嬢が声を張る。
「先ほど、ワイズ・アイリオール様からお呼び出しがありました。すぐに屋敷に来られたしとのことです」
イユとレパードは思わず顔を合わせた。これが、イルレレならわかる。しかし、ワイズの指名先は屋敷だった。そもそも、この街にワイズの屋敷があったことを知らなかった。同じように、レパードも知らないようだ。
受付嬢は、イユとレパードの視線に気付いた様子はなく、続けて述べた。
「なんでも急患として運ばされた者が、皆さまのご関係者であられるそうです」




