その371 『真実を隠して』
ブライトは少し驚いた様子で、辛うじて口を開く。
「まさか、そんな強い思いを持っているとは思わなかったかな。仮想敵国のあたしを取り次いでくれたのは、そういう思いがあったからなんだね」
ジャスティスは、そのブライトの態度と言葉を感心と受け止めた。
「そうだ。私はシェイレスタの国の在り方を正しくないと感じている。この世は平等であるべきだ。女だからといって当主になれないなど、あまりにも愚かではないか」
見てみるがいい。そう言って、ジャスティスは、大窓から覗くイニシアを見やった。
「ここ、イニシアは平等の街だ。街の者たちは男女で差別されることなく、生き生きと日常を過ごしている」
「そうだね。来るとき街の様子をみてきたけれど、ひどく賑わっていたかな」
「街人にはダンタリオンも開放しているのだ。さすがに禁書のある上階は無理だが、下階は一般の書庫と同じだ。知識を『魔術師』だけが占有するのはよくないからな」
ダンタリオンは屋敷からもその様子を見ることができた。この街で最も大きな塔だ。そして同時に、『魔術師』にとって最も重要な魔術の知識の源泉でもある。あの塔の管理を先祖代々任されているレイドワース家は、王家に非常に遇されているともとれる。紛れもない、名誉なことなのだ。
「それならなおのこと、ダンタリオンの閲覧許可をいただかないといけないね」
はっきりとした物言いに、ジャスティスは視線をブライトに戻した。彼女の瞳はまだ窓を向いている。そこに、果たして同じイニシアの街が映っているのかは分からなかった。
「わざわざイクシウスまで向かって、何の収穫もないあたしは、きっとシェイレスタにとって無能な女だよね」
くるりとこちらを向いた、ブライトの瞳は深い赤色をしていて、まるで血のようだった。
「たった2人で赴いたと思っていたが、まさか国命なのか?」
「それがエドワード王の命令なれば」
ブライトのその言葉に、言わんとすることを意味して、ジャスティスは己の血が沸騰するのを感じた。
「愚かな国王だ。まさかそなたを落とすためだけにそのような命令を下すとは」
敢えて無理なことを命令し、ブライトに実行させている。そうすることで、ブライトは命令を完遂できず、評判を落とす。その結果、ブライトをアイリオールの当主候補から落とし、ワイズに継がせる。そうすれば、アイリオール家のお家騒動は、解決する。その筋書きは確かに間違っていない。
ジャスティスも何も、シェイレスタをうわべだけの情報で判断してはいない。シェイレスタがそういう国であることは、調べがついている。だからこそ、説得力があった。シェイレスタならば、やりかねないと感じるのだ。
最も国王が直接、当主にもなっていない準魔術師に命令を下すことはないだろうから、恐らくは間に仲介している者がいるはずだ。シェイレスタには根強い男尊女卑の考え方を持つ者が多く潜んでいる。
「そなたが悲嘆にくれるのも分かるというもの。そこまで落ちぶれているとはな」
何か手を打たねばならない。ジャスティスの今の立場は、要するに、シェイレスタの勝手な事情に体よく利用されているだけなのだ。それならば、一泡吹かせたいと思うのが、道理だ。
「あと、こっちは個人的な理由だけど……」
そこに、ブライトが、あまり言いたくなさそうな様子で口を開いた。
「魔術書のなかに解呪について載っているものがあったら、調べたいんだよね」
「解呪とな?」
アイリオール家の事情に通じているなら、すぐに分かった。
「まさか、そなた。弟の呪いを解きたいのか」
あり得ないことに、ブライトは頷き返してみせたのだ。
「そなた、正気か?呪いがあるから、弟の体が弱いのだろう?それを敢えて治すとは」
「敵に塩を送るようなものだという?」
ジャスティスの驚きを、ブライトが先回りして言葉にする。それに首肯するジャスティスを見てか、ブライトは再び口を開いた。
「仮に今は争っていたとしても、片親が違っていたとしても、弟であることに変わりはないかな。その大事な弟を助けたいと思うのは、それほど間違っているかな?」
その内容は、紛れもない本音であるように、ジャスティスには見受けられた。
「そなた、優しいのだな」
衝撃を口にし、やはり惜しいなと思う。魔術の天才というだけにあらず、この女は他人を思いやることのできる存在だ。だからこそ、シェイレスタで潰されるのを眺めているだけなのは、あまりにも惜しい。
「私にも弟がいるから、そなたの気持ちも分からないではない。私も、弟が呪いに掛かっていたら、世界中の書物という書物を探させて、解呪方法を探すであろうな」
ジャスティスは、この出会いに感謝すらしていた。はじめに、シェイレスタから手紙が届いたときには何事かと思ったが、交流を続けてみるものだ。こうして、この女を支援して、内側からシェイレスタが変わっていくきっかけをジャスティスの手で与えられるのならば、それはとても喜ばしいことに思える。
「良いだろう、ダンタリオンの閲覧許可を与えよう。そなたほどの『魔術師』だ。1週間も自由にしておけば、さまざまな魔術を習得してしまうだろうからな。3日だ。3日の間だけ、見逃してやろう」
書庫は広い。だから、正直これでも厳しいかと思った。だがこれで、何も得られなければ、きっとそれだけの女ということだ。そう、判断する。
ここで丁寧に礼をして帰ったブライトに殊勝なことだと、感心すらしていたのだ。
だから、まさか、魔術書そのものを持ち逃げされるなんてことは、このとき想定もしていなかった。そんなことをすれば、国際問題だ。ブライト本人の命もあるまい。それをやってのける規格外の魔女だとは、思い至るはずもなかった。




