その368 『ここから始まる(終)』
「それで、お前が見つけたカメラだが、中は無事って話だな?」
二人が再び訪れたのは、ギルドだった。『スナメリ』ほど大きいギルドはツテがあるらしく、ギルドに特別な部屋を貸してもらえるそうだ。アンナたちは、今回その部屋に入るための番号を特別に教えてくれた。だから、ギルドに人が押し掛けようとも、受付にさえ声を掛ければ、入れてもらえる。「いつの間にそんなツテを手に入れたんだ」と言う、レパードの驚いた顔が忘れられない。
兎に角も、そうして特別部屋に入った今は、二人でテーブルを前に向き直っている。テーブルはシックな焦茶色の円テーブルで、イユの肩ほどの高さがあった。立ったままで会話できるようになっている。全体的に狭く、テーブルを挟んで立つイユもレパードも、その背後には壁があり全く動く余裕がない。そして、なにより暗かった。だから、この部屋にしたのだ。
イユは、テーブルの上にカメラを置いた。
「無事じゃないわ」
「おい」
すかさず入る突っ込みは、想定の範囲内だ。
「炎のなか長時間燃えていたのよ。フィルムの原型が留まっているだけ、奇跡だわ」
原型が留まっているのは、恐らくだが、ヴァーナーのカメラが、耐火に優れた素材でできていたからだ。それは偶然なのか、それとも、思い出がなくならないようにヴァーナーがとりわけ頑丈な造りのものにこだわったのかは、確認のしようがない。
ただ、はっきりいえることは、フィルムは少なからず損傷しているということだ。そして、それでも、こうして持ってきた意味はある。
「代わりに、メッセージが入っているのよ」
その言葉を聞いたレパードの眉間に、皺が寄った。
「なんだと?」
見せた方が早い。イユは、カメラのケースを慎重に開けて、中のフィルムを取り出した。独特の茶色のフィルムが顔を覗かせる。光でだめにならないよう考慮して、この薄暗い部屋を選んだのだ。だから、レパードにはメッセージが確認しづらいはずだ。
「ここよ」
イユはフィルムのある一画を指さした。そこには、爪痕が付いていた。知らない人間なら、何故フィルムにそんな傷をつけるのだろうと思われる程度のものだ。だが、そこには、セーレの中で使うことになっている暗号が、刻まれている。
「どこだ?」
面倒なことに、指を指すだけでは見えないらしいので、手を借りてそこに文字をなぞる。この内容なら、紙に起こしても良いかと思ったが、ギルドにもブライトの手の人間はいた。なるべく情報を渡すべきではないと言ってレパードが嫌がるので、これは苦肉の策だ。既に後の祭りだとは思ったが、その点についてはまだ告げていない。
「こすぐったいな、おい」
「……砂漠のときは文句を言わなかったくせに」
それでも、メッセージの意味を理解して、レパードの瞳に力が戻ってくる。最近しけた面ばかりしていたから、イユも一緒になって嬉しくなってきた。
「きっと、リーサだわ。カメラを持っていたのはヴァーナーだったから、二人は近くにいたんじゃないかと思うの」
イユの推測に、レパードは頷いた。
「そうだな、俺もそう思う。『私』というのだから、リーサやマーサ辺りだろう」
そして、帽子越しに頭を掻いた。
「しかし、これは安易に受け止めていいのか?書いたのが『いつ』なのかが分からないが」
「それなんだけれど……」
イユは最後に撮ったと思われるネガをみせた。
「ここ、食堂に見えるの」
イユはフィルムを慎重に反転させた。
「反対向きになっているけれど、多分これがテーブル。きっと、テーブルがひっくり返った勢いで、カメラが落ちてシャッターが押されたのよ。そして、見て。食堂の隅に、刹那みたいな子供が三人もいる。壁の隅で倒れているのは、センじゃないかしら。そして、見切れているのは、マーサかしら……」
恐らくは襲撃者だ。そして、大切なのは一つ。メッセージは、そのネガの後のフィルムに描かれているということだ。
「俺には全く見えないが……、それが事実だとすると、襲撃者が現れた後にリーサがカメラを取り出してメッセージを描いたということか」
レパードが見えないというのも分かる。ネガは、蓋を開けたからか、薄くなっている。フィルムにメッセージを入れたところから考えるに、フィルムを手動で巻き、無理やり書いたのだ。その時に光が当たったのだろう。イユの目だからこそ、確認できた画だった。
「そうよ。そして、この子供の襲撃者というのが、手掛かりになると思うの」
これが大人なら、絞り込めなかった。どこか刹那を思わせる子供。ここまではっきりとした証拠が出ていたら、誰が犯人か想定しやすい。ブライトは絡んでいるかもしれないが、主犯ではない。セーレを襲ったのは、恐らく――、
「克望か」
その言葉にイユは頷いた。
「リュイスを攫った犯人と同じよ」
イユの発言に、レパードは頷いた。道がようやく、見えようとしていた。
セーレでカメラを見つけてから、イユはアンナたちの助言を受け、すぐにギルドに向かったのだ。そして、今いる部屋と同じ部屋を借りてすぐにフィルムの内容を確認した。
そこにあった爪痕から、イユに宛てたメッセージだと気付いた。一気に道が開けた気がしたイユは、文字をじっと見つめた。丸みの帯びた字は、爪痕だけでも、はっきりと誰によるものかが、わかった。
そして、たった一言のメッセージが、そこには綴られていた。
『私たちは、生きている』
諦めるのはまだ、早い。光を失い絶望に立たされて、心の整理をつけるのに時間がかかった。そんな中再び見えた光に、何故、手を伸ばさないなどという選択肢があるだろうか。答えは否だ。
今度こそ、後悔はなしだ。イユは再び立ち上がった。




