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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
365/992

その365 『探して』

 「なんだって?ギルドに向かった?」

 声が鋭くなるのを止められなかった。ただの八つ当たりだと分かっているからこそ、自身が嫌になる。込み上げる感情を拳のなかに隠して、握り潰した。

「そうだよ。レッタには伝言を頼んだはずだがね」

 レッタを送り届けたレパードは、今、ヴァレッタと対峙していた。話題になったレッタは、レパードのことが怖かったのか部屋の奥に引っ込んでいる。

 子供のいうことだ。怒るべきではない。そうは分かっていても、とんぼ返りになると分かれば、素直に頷けない。それに。

「伝言先は、ワイズにか」

「いいや?ギルドの言伝だよ」

 老婆の口調で、はっきりと悟る。老婆はワイズがギルドにはもういないと踏んでいた。けれど、実際にはワイズがいて、それを見かけたレッタが飛びついてしまったのだった。

 ひょっとすると、レッタは眠っているレパードを看病してくれたのかもしれない。だから、老婆はレパードには覚えのない少女に伝言を頼んだのだろう。

「話は分かった。俺は戻る」

 先ほどまでいたギルドには、イユの姿はなかったように思う。だが、本当にそうだろうか。イユがいるかもしれないと思って、探したわけではない。もし訪れた時間帯がずれていたのならば、聞き込みも有用だ。

 ワイズに出歩くなと言われたことを思い出したが、悠長に待っていられる気はしなかった。ヴァレッタもいるのだから、言付けておけばよい。

「無茶はするんでないよ」

「分かっている」

 速やかに返しながら、レパードは閉めたばかりの扉を開けた。






 ところが、トンボ帰りしたギルドには人だかりができていた。人の波の間をぬって進んだところで、ワイズの姿は勿論、イユの姿も見当たらない。受付に声を掛けようにも、そこには長蛇の列がある。皆が皆、混乱しているようだった。全体的に騒々しい。恐らく、マドンナの訃報が行き届いたために、ギルド員の間で動揺が広がっているのだ。

「なぁ、ちょっといいか!」

 レパードは近くの男に声を掛ける。

「琥珀色の髪をした子供を知らないか!連れなんだ!」

 喧しさときたら、声を張り上げなくては、互いに聞き取れないほどだ。

「すまん、俺は知らない!」

 男の返事に、手を振って礼を言うと、すぐに別の男に声を掛ける。

「なぁ!」


 そっとギルドを後にしたレパードは、仄かに陰った道端に出たところで、座り込みたくなった。一通り声をかけ、ついには受付にまで尋ねたのだが、空振りだったのだ。

 がっくりと肩を落としたくなるのを、なんとか堪える。イユはどこに行ったのか、思考する。目的がギルドだというのなら、彼女のことを誰かが目撃していてよいはずだ。しかし、ここまで探しても見つからなかった。もしイユより早くにレパードがギルドに到達したとしたら、この往復の間に出会っているのが道理である。

(まさか、迷っているのか?)

 沸いた疑問にないとは言いきれない。イユは、あまり街というものに慣れていないはずだ。イニシアでの反応を見ていれば分かる。一々人だかりに目を丸くしていたのは、印象的だった。それに、インセートでの滞在中に広く街を廻れたら良かったが、あのときは警戒していたため殆ど船の中だ。思えば、イユは一人で街中を歩いたことがない。

「クソッ」

 その判断が合っているか自信が持てないままに、レパードは目の前の角を曲がった。闇雲に、街の中を走り回る。広い街だ。少し考えれば、がむしゃらに探しても見つからないことは分かる。それでも、今は他に良い手が思いつかなかった。

 だから、詰った。視界に琥珀色を認める度に立ち止まり、振り返る。イユの代わりに大輪の花がレパードに笑いかけた。

 通りでは、レパードの気持ちに反して、愉快な音色が響いていた。音楽隊による演奏らしい。思わず、足元の小石に爪先をぶつける。ころころと転がった小石は、前方の柵に当たって、砕ける。

 このまま、見つからないかもしれない。花のモニュメントの時計台が、長針をぐるりと一周回した頃、そんな不安すら頭に過った。それほどに、見つかる気配がなかったのだ。

 ひょっとすると、ギルドには向かわず、歩いて砂漠に向かったかもしれない。飛行船の乗り合いのことをヴァレッタに聞いたとしても、イユは大した金を持っていないはずだ。それでは、飛行船には乗れない。だから、徒歩を選んだ可能性はあった。

 しかし、目覚めてすぐに砂漠を再び歩こうとするのはいくらなんでも無謀だ。

 とにかく、今レパードにできることは、街を隅から隅まで探すことだった。そうすることで、イユが見つかれば、レパードの想像は杞憂だと分かる。だから、探すしかなかった。

 そうして走りながらも、不安の種は、どんどん膨らんでやがて芽をつけていく。

 セーレに、マドンナに、立て続けに大事なものを失って、そして今度はイユが飛び出ていったのだ。今このときに、イユにもしものことがあるかもしれない。異能で無理ができるといっても、もしレパードの不安のとおりに砂漠に向かっていたとしたら、無茶以外の何物でもない。

 ワイズの警告もレパードを揺すぶった。彼の発言で、イユはよほどでなければ死ぬことのない『異能者』から、いつ死ぬともしれない少女へと変わってしまったのだ。自分の事情を優先してばかりのレパードが、無理をさせていただけだったとあらためて思い知らされた。頼りすぎていたのだ。

 だからこそ、喪うかもしれない恐怖がはっきりと芽生えた。普段強気なイユが心を折れた様子で声もなくレパードの手を頼った、砂漠での出来事が脳裏に浮かんだ。レパードの両手から、最後の一人分の命すら、落ちていこうとしている。

(そんなことは、絶対にごめんだ)

 レパード自身気付いていた。イユが、ではない。ここで全てを喪いきってしまったら、自分自身がどうにかなってしまいそうだった。レパードは、ラヴェに贖罪を求める一方で、自分の都合で死ななくてすむ理由を作っている。それが、セーレを一人立ちさせるまで面倒をみることであり、そのセーレのなかにはイユも入っているのだ。あべこべな自分の感情を消化できないままに十二年も過ごしてきた。だからこそ、喪うのが怖いのだ。

 既に、喪うことの辛さを、ここ数日で嫌と言うほど味わって、正常な判断が下せなくなっている自覚はあった。そう、今、レパードを動かしているのは、理性ではない。喪い続けたことで溢れきった感情が、捌け口と言わんばかりに、走らせている。それはまるで、出口のない迷路に入ったかのようだった。

 だから、街の入り口まで戻ったとき、その声を聞いて、夢から醒めた心地がしたのだ。

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