その358 『勢ぞろい』
「アンナちゃん、こっちは殆ど終わったよ」
唐突なシリエの発言にぎょっとしてみれば、シリエが通信機器に話しかけていた。アンナとも会話できるらしい。理屈では納得できたが、目が慣れない。
ジジジ……という音とともに、アンナの声が返る。
「私ももう見えるところまで来ているわ」
イユとシリエは立ち上がった。それならば、二人の位置でもアンナが確認できるはずである。イユは、見慣れた赤髪を探すべく、周囲を見渡す。
「どこにいるの」
早速通信機器でアンナに聞こうとしたが、その隣で、シリエが困った顔を向けてきた。
「ごめん、アンナちゃんと通信できるのは私の通信機器だけなんだ」
きょとんとするイユに、「混乱しないよう使い分けているの」と答える。どうも、種類が違うようだ。
「あ、アンナちゃん!」
シリエの声に、外を見やって、見つけた。数ある飛行船の隙間から、赤髪が覗く。その後ろを同じ赤色の髪が続いた。
「えっ!アダルタさん?!」
驚いた様子のシリエに、予想外の人物が来たようだと悟る。再び視線を戻すと、褐色の肌をした、アンナより一回りは大きい女がアンナの後ろをのしのしと歩いていた。イユの視線に気づいたのか、顔を上げ鋭い視線を返してくる。思わず、船の中に隠れたくなった。見るからに、只者でない。
隠れる代わりに視線を逸らせば、更にその後ろを、焦げ茶色の髪の男が続く。
「うそっ、ヴェインさんまで」
シリエの動揺の声に、こちらも大物らしいと思って、慎重に確認する。ぼさぼさの髪で、比較的平均的な体格は、アダルタに比べれば、まだ普通に見える。
「動揺するほどの人なの?」
イユの質問に、シリエがあわあわと狼狽する。
「動揺はしてないけれど、どっちも頭目のすぐ下にいる人たちだよ!」
どうみても動揺しているが、突っ込まないでおいた。
渡し板の近くまでやってきたところで、アンナが声を張る。
「シリエ、お待たせ」
「アンナちゃん!」
全く待ってないと言わんばかりの半分泣き出しそうな声に、アンナはやれやれと肩を竦めた。後ろの二人を置いて先に乗り込んできた彼女は、飛行船を一通り見回して、感想を告げる。
「思ったより準備ができているわね。イユがいるからもたつくかと思ったけれど」
「どういう意味よ」
むっとしたイユの言葉は、シリエの動揺の声に完全に消された。
「アンナちゃん、イユちゃんが全然船のこと知らないの、知っていたの?それより、どうしてアダルタさんとヴェインさんが」
「ほら、落ち着きなさい。『スナメリ』ぐらいよ?これだけ『古代遺物』が揃っているのは。普通は、そんなのないんだから知らなくて苦戦するに決まっているの」
アンナの説明に、イユはなるほどと納得する。セーレがおかしいのではなく、『スナメリ』のこの船がおかしいのだ。むしろ、後でレパードに会ったら、香油の話ぐらいはしておこうと心に決める。一々、危険と隣り合わせにはなりたくない。
「あと、二人が来たのは……」
アンナが話すより先に、アダルタが乗り込んできた。イユたち三人の誰よりも体格がしっかりしているのだが、意外なほどに物静かに船に乗り込む。
「アンナから連絡があったとき、ちょうど戻ってきたところでね。空振りだったからね。気晴らしに、部下の腕前を見てやろうという気になったのさ」
外見にあった低い声で、アダルタが答えた。
その後ろで、ヴェインと呼ばれた男が乗り込んでくる。眼帯をしているところが、レパードと同じだ。
「聞けば面白そうなことをしているらしいな?なんでも『異能者』と一緒に砂漠を回るって?」
イユは、はっとして男を見据えた。シリエとアンナもぎょっとした顔で振り返っている。この男、さらっと『異能者』と言い切ってきた。恐らく、アンナが報告したのだろうが、やはり彼らの中では、イユは『異能者』だと思われているらしい。それをこの場で言い切ってくるあたり、アダルタという女より只者でない臭いがした。
男が挑戦的な瞳をイユに向けてきた。ごくりと息を呑みたくなるところを堪える。『異能者』だと認めるような動きはしてはだめだと言い聞かせた。あくまでイユは飛行船に乗せてもらうだけの身なのだ。ここで、尻尾をみせた場合、イユはこの街から逃げなくてはならなくなる。そうしたら、徒歩でセーレまで行くことになるのだろうか。そんな愚策はできることなら取りたくはない。
「初めまして。私が、『異能者』かもしれないイユよ」
弱腰になってやるつもりもなく、あくまで挑戦的に、男に詰め寄った。男の瞳が、きらりと光る。口元がにやついていた。間違いなく、楽しんでいる。
「へぇ、思っていた以上に面白くなりそうだ。これはアンナに無理言って正解だったな」
それから、男は、改めて名乗った。
「俺はヴェインだ。そしてこっちが」
「アダルタだよ」
ヴェインの言葉を引き取って、アダルタが自ら名乗った。
「短い旅路だ。せいぜい、楽しくいこうぜ」
ヴェインの言葉に、イユはひとまず頷いた。
「えぇ、よろしくお願いするわね」




