その356 『ギルド格差』
「これ、こんなに飛行船が?」
「え?いつもより少ないよ」
シェイレスタの都の入り口にあった飛行船と、同じぐらいの数だ。それなのに、少ないのだという。イユは、この街に出入りするギルドの人数を悟った。
「この街、地下にあるのにどうして」
「それはきっと、サンドリエの機械人の情報がとある筋の間で広がっているからだよ」
話しながら、再び足を動かし始める。違和感はすぐに気がついた。いつまで経っても、飛行船があるというのに、飛び立つための青い空が見えないのだ。
「なんでそんな噂が?」
「まず珍しいし、『古代遺物』はお金になるからかな。そういう発掘を生業にするギルドたちの間で、徐々に広がったんだよ」
うちは関係ないけどね。などと、付け足す。
イユが見つけた飛行船のように、この世界にはまだいろいろなものが眠っている。青い空の代わりに土色の壁で覆われた天井を見つめて、そう感想を抱いた。イユには言葉だけで聞く機械人よりも、この神秘的な地下街の方が価値のあるものに見える。
「この街は隠されているように見えるのに、皆に知られたのは、そういう噂が広がったからなのね」
岩壁の、ある地点に切れ目が入っている。そこから唯一の外の景色が覗いていた。上空から確認しても見つからないはずである。街に入るための空からの入り口は、張り出した山の下部にあるのだ。
「あまり淵にいくと、危ないよ」
身を乗り出していたイユは、シリエの言葉に体を引っ込めた。肌にちらちらと感じる熱気に、ついつい、見下ろしたくなってしまう。同時に、初めてシェイレスタの空を飛んだとき、このことを知っていたら困らなかったのにと悔しくなった。
「ほら、これが私たちの飛行船」
シリエが、木造の飛行船を前にしてそう語る。セーレに比べれば、三分の一ほどの小さな船だ。だが、ただ小さいばかりではない。船頭が尖った構造をしていて、鎧のように先端を包んでいる。不自然な位置に直立した二本のマストは、おかしな向きに帆が畳まれていた。セーレとは構造からして違う。小型ではあるが、この船なら確かに魔物も狩れそうだ。そう感じさせるほどには、物々しい風体だ。
「変わった船ね」
「そうかな?」
シリエは手早く近づくと、ビットに余分に引っかけてあった、ロープの一部を抜き取る。それを手早く浮いている飛行船に投げ込んだ。図ったように、くるくるとまとわりつくロープをみて、イユは内心、感心する。何回かセーレで練習したことはあるが、イユの腕だとこうはいかない。テクニックは、異能でどうにかなる部分ではないのだ。
「ちょっと待っててね」
イユにそう声をかけると、シリエがロープを引っ張って、弛みを確認した後、飛び込んだ。まるで猿のような動きだったが、じっくり観察する間もない。船に飛び込んだ彼女から、すぐに渡し板が差し出される。
「危ないから慎重にね」
飛行船は、常に浮いているものだ。無風に思えてもそうではないのか、ゆらりゆらりと揺れている。だから、渡し板を少し歩いた先では、地底かと見違うほどの深い地面も確認できた。誤って落ちれば、恐らくイユでも助からない。だがそれは、空の上にいる人間ならばいつものことだ。しかし、見える景色が空でないからか、いつもと違う不思議な心地がする。相変わらず変わった洞窟だと、感想を抱いた。
船に乗り込む最後で、シリエが手を貸してくれる。このあたりの配慮は、如何にも優しい彼女らしい。シリエもリュイスのような強さを持っているのだろうか。優しさ繋がりでそんなことを疑問に思ったが、口に出すことはしないでおいた。
「一応、準備も手伝ってもらっていいかな」
「勿論よ。少し勝手は違うだろうけれど、準備なら任せてちょうだい」
船内に入るための扉に鍵をかけてあったのだろう。ポシェットから取り出した鍵を鍵穴に差し込むシリエに、イユは返事をする。
イユも、セーレで手伝いはしている。足手まといにはならないはずだ。
そんな自信は数分後には霧散した。とにかく、使っている機器のレベルが違うのだ。イクシウスの艦と勝手が違うのは納得だが、同じギルドでここまで違うのかと問いたい。
まず船内に入ったら、目の前に舵があった。見回すと、船内がいきなり一つの部屋になっていて、近くにはベッドがわりのハンモックが、その隣にはテーブルと簡易キッチンが置かれている。そして、舵を挟んだ反対側に、見たことのない機器が設置されていた。
シリエはそれに近づくと、何やらいじりだした。少しして、イユを振り返る。
「はい、これ」
「何よこれ?」
渡されたのは黒くて小さい機器だ。使い方がよくわからず、くるくる見回してみる。箱のような形だが、先端に突起があった。
「何って、通信機器だよ」
「?」
分かっていないイユに、シリエが説明をいれる。
「これで、遠くにいる人とも会話できるの。ほら、ここにマイクがあるからね」
マイクとは何だろうか。シリエが指で指して示す場所を見てみるが、小さな穴か幾つか空いているだけで他と変わりはない。この穴のことをマイクと呼ぶのだろうか。
イユの戸惑いに気づいたように、シリエが困った顔を向けた。その顔は、イユが今したい表情である。少なくともセーレにはなかったものだ。
「まさかだけど、今まで何でやりとりを?」
「伝声管よ」
当然とばかりに答えると、シリエの眉が更に下がった。解せない。
「今ちょっと、ギルド格差を感じちゃったかも」
独り言のように呟いてから、気持ちを切り替えるようにシリエが表情を一変させた。頑張って作った笑顔が、イユへの労りに満ちているので、できればやめてほしい。
「これはね、通信機器っていって、伝声管の小型版なの」
「小型版?」
「そう、これがあればどこにいても相手と会話ができるから」
シリエが、「真似てみて」と言い、実際に手元で通信機器を動かし始める。イユも慌ててボタンを押し、そこに取り付けられていたつまみを捻った。
「そうそう、良い感じ。これで、チャンネルは合わせたから、何か会話してみるね」
シリエが、部屋の端まで移動する。よく分かっていないイユがついていこうとしたところで、慌てて止められた。
結果として、建屋の外に追い出されたイユは、通信機器を手元でいじる。そこからノイズ音が聞こえてきた。ジジジ……と同じ音が継続するばかりで、変化がない。手持ち無沙汰になって、何気なく突起を触ったところで、びゅっと突起が延びた。あとで聞いたが、アンテナと呼ぶらしい。目を丸くしたイユに、声が聞こえてくる。
「もしもーし、聞こえるかな?」
通信機器から、はっきりとシリエと分かる声がする。いつもの彼女の声とは少し違っていたし、ノイズも混じっているが、それを言ったら伝声管もそうだ。
「聞こえたわ」
教わった通りに声を返したところで、「使いこなせそうかな?」と返る。
「大丈夫そうよ」
会話を続けて、ようやくイユは実感した。これが、通信機器なのだ。伝声管と違い、場所が制限されない。音も通信機器の方が聞こえやすいまである。使えるなら、通信機器の方が便利だ。どうして、セーレにはなかったのだろう。そう考えたところで、お金という言葉が浮かんだ。聞く限りギルドの規模が違うのだ。セーレでは手の届かない物だったというのが、しっくりくる予想だ。
「じゃあ、戻ってきてね」
シリエの満足そうな声に頷いてから、見えてないのだと気付き、声に出して返事をし直すことになった。




