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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
328/992

その328 『ミンドールの憂鬱』

 背中の傷が響く。やっとのことで医務室に戻ると、そこにまだレヴァスはいなかった。その事実にほっとしながら、自分のベッドに向かおうとしたところで気が付いた。

 レヴァスの代わりに、誰かの人影がある。人影はベッドの上に座りかけていた。

 医務室は皆が眠っていることを考慮して薄暗くなっている。だから、そのシルエットを誰か認めるまでに、暫く時間がかかった。

 目が慣れたレパードははっとする。あのベッドは、ミンドールが眠っていたベッドだ。他でもないミンドール本人が、ベッドに座り込んでいる。

「ミンドール、目を覚ましたのか」

 驚いて声をかけるレパードの足が止まった。

「レパード」

 ミンドールが、生気のない顔でこちらを見返してきたのだ。その表情にぎょっとしてしまった。薄暗い表情が、優男だった彼を虚ろにしている。

「レパード。船をカルタータに戻してくれ」

 唐突の願いが、その口から発せられる。

「君は船長になったと聞いた。それなら、君の権限でカルタータに戻れるはずだ」

 何かに焦っているのは伝わった。だが、話が見えない。呆然とするレパードに、ミンドールは続けた。

「船にいるとばかり思っていた家族が乗っていなかったんだ。頼む」

 悲痛な声に、レパードは、ようやくそういうことかと理解した。ミンドールは、家族を助けようとして、ずっとセーレの甲板で戦っていた。しかし、肝心の家族は乗っていなかったのだ。それで、カルタータに戻りたがっている。

 心苦しかった。レパードは、ミンドールに彼の家族について聞かれたとき、自分で探せと言ってしまった。それらしい人物が乗っていないことを知っていたのにだ。

 首を横に振るしかない自身が、情けなかった。けれど今、カルタータに戻ったら、襲撃者にやられると分かっていた。だから、どうしようもなかった。

 どれほどミンドールに懇願されようとも、罵られようとも、どうにもならなかった。殴られることこそなかったが、それはきっと殴ったら死ぬと思われるほどにレパードが重傷であると判断されたからだ。もし無傷なら、間違いなく何発かもらっていたことだろう。


 首を横に振り続けるだけのレパードに、とうとう落胆したようにミンドールが呟いた。

「どうして、駄目なんだい」

 答えないレパードにかわって、ミンドールの推測が言葉になって吐き出される。

「危険は承知のうえだよ。それでも、肝心の家族が乗っていない船でじっと待っているよりずっと良い」

 捲し立てるように話すミンドールに、優男という始めの印象は、剥がれ落ちた。その赤い瞳は、一つ間違えれば狂気へと踏み外しそうである。

「他の船員を巻き込むことを懸念しているのかい?最悪、脱出用の小型飛行船さえ貸してもらえればそれでいいんだ。そうすれば君たちを巻き込まない」

 その譲歩には、正直胸が痛い。

「すまん、そいつもないんだ」

 直すと、ミンドールは言った。それにも、レパードは首を横に振るしかない。

「修理の次元じゃない。バラバラに分解しちまったからな。新しく部品を入手してくるしかない。だが、俺たちは無一文だ。部品を買うこともできない」

 ミンドールの顔から、どんどん余裕が失われていく。まるで人形でもみているように、強張ってみえた。

 レパードはせめて少しでも話を反らそうと、口にする。

「それより、本当に船内にいなかったのか。隅々まで探すといっても、その怪我だろう」

 投げ掛けた質問に、はっきりとミンドールは頷いた。

「当然だよ」

 曰く、目覚めてすぐに、彼の家族を探したと。レヴァスに無理をいって、片付けている最中の死体を一人ずつチェックまでしてきたのだという。

「新空式を見にきたのは間違いないんだ」

 甲板にいるミンドールは、見張り台から様子を確認したという。双眼鏡越しに、妻と娘が手を振っていたと。家族の晴れ舞台を見にきたのだと。

 だから、てっきり乗っていると思っていた。

「一気に襲われて、混乱状態になった。だけど、最前列にいたんだ。乗り遅れるなんて」

 ないと思っていた。だから、ミンドールは甲板で戦い続けた。他でもない家族を守るために、はじめて握った剣を振るったのだ。それで、多くの命を断った。

「なのに、なんで家族がいないんだ」

 ミンドールが、顔を伏せる。嗚咽を圧し殺し、その肩は僅かに震えている。

 レパードには、答えられなかった。一体どう言えばよいのだろう。安易な答えは、余計にミンドールを苦しませてしまうことだろうに。

「力になれず、すまない」

 足りない頭で絞り出した返答に、我ながら嫌になる。

 ミンドールはそれに何も答えなかった。その沈黙の時間が、とても重々しく辛かった。

「レパード。帰ってきたのか」

 扉が開いたときには、この空気を変える救世主が現れたと期待した。振り返ったとき、そこに何か言いたそうなレヴァスの視線と目があって、慌てて反らす。

「何故黙ってこっそり出ていった。安静にしろという話が分からなかったのか」

「すまん。確認したいことがあってな」

 ラダへの挨拶とは表向きで、本当はラダの心意を確認しておきたかった。レパードは、知っていた。見かけ上は収まったが、セーレには、まだ不満な顔のままの者がいることを。それに、どう考えても噂が出回るのが早すぎた。よほど、レパードを毛嫌う誰かが船内にいるのだろう。

 それがラダかと思ったのだが、あてが外れた。彼はまっすぐな人間だ。噂を使うことはしまい。むしろあの様子では航空が大変すぎてそれどころではないだろう。その確証を得られただけでも、大きかった。

 それなのにどうしてか、悪いことだとは思っていないのに、レヴァスを前にすると意志が揺らぎそうになる。

「それだけの理由で、ラビリに杖まで作らせたのか?」

「あぁ、俺には大事でな」

 おかげで、一つ案が浮かんだ。希望者をセーレから下ろすのだ。何も一生セーレに乗る必要はない。カルタータから来たといっても、外の世界に馴染みさえすれば、生きていくことはできる。マドンナと話し合う必要はあるが、彼らの生活の安全さえ保証できれば、何も嫌っているレパードのいる船で、安住する必要はない。

「それは、君の命よりもかい?」

 安易に頷けない雰囲気に、レパードはひきつった笑みを浮かべた。

「いいかい?君は何か勘違いしているようだが、船長をやることになったからこそ、体調管理には重きを置くべきだ」

 レヴァスの説教が、始まる。

 ひたすら文句を並び立てるレヴァスに、レパードはただ頷いたり謝ったりするので、精一杯だ。

 その隣で、ミンドールがずっと顔を伏せたままベッドに座り込み続けているのを、ひしひしと感じていた。

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