表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
327/994

その327 『ラダという青年』

「今度は、あんたか。もう動いていいのか」

 航海室に踏み込んだレパードは、青年の淡々とした声に出迎えられた。即席で作ってもらった歪な杖を頼りに一歩進み、そして青年の様子を確認する。

 船長になったはじめの仕事が、レパードの足で、ラダの様子を確認することだった。怪我人の状態や備蓄については、船長になる前から既にレヴァスを通じて聞き及んでいたので、あとは目で実際に見るべきことが残っていた。

 その青年、ラダは、背を向けたままだった。舵から手を離せないのだろう。おかげで、表情が確認できない。

「実のところ全くよくはないが、挨拶ぐらいはしておかないといけないだろ」

 答えながら、レパードはゆっくりした足取りでどうにか奥へと進む。ようやく、ラダの横顔を確認できる位置までたどり着いた。

 ただでさえ白いラダの顔は、より一層青白く見えた。紫の髪は、手入れする暇もないのかぼさぼさになっているが、元々の髪質か、つややかなままだ。目には隈ができているが、レパードを見つめる瞳、横顔なので片目だけだが――、にはまだ生気があった。立ち直ったのだろうか。そこまでは読み取れなかったが、休みなしに働いて疲れがたまっているのは間違いないだろう。

「一人なのか」

 レパードの印象では、ラダが一番レパードを敵視しているように思えた。横目だが、今も、明らかに不機嫌そうな顔をしている気がする。

 それでも、レパードの問いかけに、ラダは舵を握りしめたまま頷いた。

「あぁ。だが、じきに戻ってくる」

 仲間の船員が、ラダのために食事を取りに行っているらしい。聞くところによると、船員たちは代わる代わる航海室にやってきているようだ。何かあったときはラダが頼りの綱となるようだが、ラダの手伝いや通信士としての仕事は、他の船員たちにもできる。聞いていたほどには劣悪な状況でないと、悟らされた。

「そうか、それは良かった」

 ほっとしたレパードのその呟きに、ラダの眉がぴくりと動いた。

 それに気づかない振りをして、レパードは話を進める。

「何故だか、俺が暫くこの船の面倒をみることになった」

「聞いている」

 すぐに声が返った。不機嫌を隠さない声はいっそのこと、清々しいほどだ。

「お前は不満かもしれないが」

 言いかけたレパードを、ラダの鋭い視線が止めた。きりっとした両目が、余計なことを言うなとばかりに、レパードを睨んでいる。

「他でもない、マーサさんの意見だ。尊重する」

 はっきりとした物言いには、意外なほどに悪意を感じなかった。

 一瞬ぽかんとしたレパードをみてか、ラダが補足をいれる。

「勘違いはするな。俺は、あんたを船長とは呼ばない」

 ラダの視線が僅かにずれる。何かを思い出すように、一瞬落とされた視線は、しかし再びレパードに向き直った。

「俺が船長と慕うのは、あの人だけだ」

 レパードは、すんなりと頷いた。片付けが間に合っていないのだろう、視界の端に赤黒い染みが映る。

 ラダは庇われたのだ。恐らく一番ライゼリークの死に、責任を感じている。それに、ライゼリークを人一倍慕っているようにも見えた。そんな青年に無理強いをする気など微塵もない。ましてやレパードは、自分が船長など相応しくないとも思っていた。ただ、結果として人の命を助けた実績や外の知識が、今のこの局面に求められただけだという解釈をしている。

「そうだろうな。別に、それでいい」

 ラダは、「分かっていればいい」と無愛想に返した。このときには、舵のある方向、外の様子が見える大窓へと視線を戻している。

「このまま、雲に紛れて飛び続ければいいのか」

 早速指示を仰ぐあたり、本人の言うように、認めてはくれているようだ。

「あぁ、追っ手がいる可能性があるからな。だが、島ほどの大きさの船を見つけたらすぐに呼んでくれ」

「船が、島ほどの大きさ?」

 カルタータしか知らないラダには、イメージができないのだろう。眉間を寄せているのが分かった。確かに、彼らは外を知らないのだと強く意識する。

「そうだ。それがギルドの補給船、目的地になる」

 近くを飛んでいることは分かっていた。ラヴェの故郷でもあるこの島の周辺は雲が多いために、航空には大変気力を使う。だからこそ、補給船が置かれていることを知っていた。

「わかった」

 ラダの返事を聞き、レパードは、「頼んだ」と答える。初飛行のうえ、いきなりの雲。そして、長時間の航行だ。ラダが疲れていることは把握していたが、それでも、頑張ってもらうしかない。

 レパードは、ゆっくりと背を向けた。そうして、航海室の入り口まで戻る。杖をついてるせいで、時間がかかってしまうのが我ながら嫌になる。

 その間、ラダは何も言ってこなかった。ラダが再び口を開いたのは、レパードが航海室を出ようと一歩進んだ、そのときだ。

「約束しろ」

 唐突の言葉に、振り仰ぐ。

「あの人が作り上げたセーレを守ると」

 それは、ラダの最大の譲歩であり、認可だった。

 良い奴だな。ラダの背中を見ながら、そんな感想を抱いた。レパードに対して突っかかってきたにも関わらず、はっきりと認める発言をしている。だからこそ、今にも折れそうな鋭さが、怖かった。

「あぁ」

 約束をして、レパードは去る。ラダの期待に少しでも応えるために、身を粉にするつもりであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ