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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
326/992

その326 『新たな船長』

「俺は、リュイスを連れて船を出る」

 次にマーサがやってきたとき、レパードはそう宣言した。

「だが、ギルドとの橋渡しは必要だ。マドンナに話だけはつけよう。船長もそこで誰かを雇えば良いさ」

 周囲の男たちが、安堵の顔を浮かべる。その反応に、よほどレパードは嫌われているらしいと考える。元々好かれてはいなかったが、たった数時間前の噂が、彼らにここまでの表情をさせるのだから、大したものだった。

 それにしても、助けられておいて、これだ。そのうえ、マドンナに借りを作ってまで助けるような存在だろうか。そんな疑問も正直、浮かんだ。

(切り離せるなら、安いもんか)

 手切れ金がマドンナの借りとは、少し高い気もするが、下手ないざこざに巻き込まれるよりはよいだろう。セーレの船員たちは、襲撃者から逃れたことに対する安堵しかないようだったが、実情はそんなに甘くはない。仮にマドンナの助けを得たところで、国が絡んでいる以上カルタータの生き残りは必ず狙われるだろう。そのうえ、文化の差がある。生きていくだけで苦労することは、容易に想像できた。幸い、セーレという飛行船があるから、暮らすための家には困らない。だがそれも、維持ができればの話だ。マドンナはきっと必要最低限しか助けられない。彼女の手はこのときから、いっぱいいっぱいだ。

 レヴァスとラビリと、ミンドールとマレイヤ、そしてライム。縁のある数名だけ助けられればそれでよかった。だから、彼らだけは船を出る前に声をかけようと思っていた。もし、セーレを下りられるならともに、無理でも手紙のやり取りぐらいは、と。

 それでも随分数が増えてしまったと感じていた。レパードはどうせ、自分の手に収まるだけの人間しか助けられない。きっと、個々に声をかけるにしてもこの人数が限界だ。この人数ならば、一人一人の働き先や住みかを提供できる当てがあった。レパードはマドンナではないので、セーレにいる23人全員を囲えるほどの人脈はない。全てを助けられると思い上がるつもりは、毛頭なかった。


「お話は分かりました」

 マーサは、やんわりとそう答えた。今思えば、このときからふわふわとしていて、どこかとらえどころのない女性である。

「それなら、一度皆さんを呼んできてください」

 船員の一人が意気揚々と部屋を飛び出ていこうとする。そこをレヴァスが止めた。曰く、医務室でこれ以上の人間を入れてはなるまいと。場所を食堂に変える話になったが、レパードの傷は治っていない。口論の末、結局医務室に集まることになった。そのせいで、レヴァスは不機嫌そうな顔を変えようとしなかった。


 船員たちはすぐに、手の空いた残りの人々を連れてきた。ライムやラダはさすがにいなかったが、他の人間は大人子供関わらず、全て集まったようだった。その証拠に、ラビリまでそこにいた。

 皆、マーサが先ほどレパードと話した内容を、改めて全員に伝える気だと踏んでいた。だから、船員たちは嬉しそうな顔を浮かべているし、ラビリは逆に心配そうだった。

 人が集まりきったところで、マーサが口を開く。

「ごめんなさいね。こんな忙しいところに集まってもらって」

 出だしの謝罪は、とてもマーサらしい気遣いに溢れていた。

「けれど、大事なお話があります」

 マーサは、レパードを見て宣言した。

「私は、船長の座をレパードさんに差し上げます」

 一瞬にして、空気が変わった。和やかな雰囲気が一気に白々しくなる。レパード自身も口を大にして反対しようとする。その前に、船員の一人が叫んだ。大声に反応したのだろう、レヴァスのこめかみに青筋が立っているのが視界の端に映る。

「マーサさん!あなたは何を考えているんですか!こんなどこの馬の骨とも知らない男にやるぐらいなら、あなたが船長になればいい。俺たちはついていきます!」

 マーサは首を横に振る。

「私はただの女です。船のことに詳しくもなければ、皆さんに偉そうに物を言える人間でもありません。ただちょっと、裕福な生まれで、偶然飛行船を愛する夫を迎えただけの、それだけの人間です」

 如何に自分がふさわしくないか語ったあとで、周囲を見回した。

「けれど、私には夫が残したものを守る義務があります。そして、ここはもうカルタータではありません。外の、未知の世界です。セーレを引き連れる者は、まだ何も知らない我々に手を引き道を示せる者は」

 ふいに、視線が送られた。

「レパードさん、あなたですよ」

「俺は」

 相応しくないと、声をあげかけた。

 その様子に、マーサは首を横に振った。

「レパードさん。あなたは、命の恩人です。これだけ傷だらけになりながら、私たちを助けてくださいました。何故、そんなあなたを追い出して、助けられる一方だった私たちが船に残る必要がありますか?」

 それにと、周囲を再び見回す。

「もし、レパードさんが皆さんの言うように悪い方でしたら、船長の座を断ってそれでも助けてくれるようなことはしません。私は、人柄も鑑みて判断しました。間違っていますでしょうか?」

 視線を振られた船員たちは、さっと目をそらした。思うことがあったのかもしれない。

「あなたを船長として歓迎します。もし、あなたのことを反対する人がいたら、その人こそ出ていけばよいのです」

 さすがの宣言に、反対意見は出なかった。否、レパードだけはこの流れを止めたい。船長の座を断れなくなった雰囲気にもの申した。

「俺は、船長にはならない。俺には、これだけの人間の命を背負えるほどの資格はない。俺は、ただの人殺しなんだ」

 そのとき、前に飛び出してきたのは、ラビリだった。

「そんなことないです!私は、レパードさんに妹と私の命を救っていただきました!」

 ラビリに答えるように、前に出てきたのは紫の髪の少年だ。航海室にいた新入りと思われた、あの。

「俺様もそうだ!あのとき助けてもらえなかったら、今頃死んじまっていた。俺様にとっちゃ、あんたは英雄だ!」

 レヴァスが、考え込むような仕草で会話に参加した。

「それなら、僕も襲撃者に襲われたときに助けられたが」

 船員たちの何人かが、顔を見合わせた。誰かの発言が、医務室内に溢れる。

「確か、あの女の子もそうだろう?今も機関室で頑張っている……」

 金髪の子供がそれに頷いた。黒髪の子供も声を張る。

「そうだぜ。ライムはあの人に助けられたんだ。船が動いているのは、巡り巡って、レパードさんのおかげだ」

 補足するように、金髪の子供が声をあげた。

「それに、僕たちの幼なじみのリーサも助けてくれたって聞いてます」

 あの二人は、マーサが連れていた子供たちだ。確か、新空式が待ちきれず船内にこっそり入ったところを見つかったと聞いた。まさか、こんな子供までレパードを庇うとは思わなかった。

 レパードは、肩が震えそうになるのを必死で堪える。嫌われる自覚ばかりがあったから、不意打ちだった。

「レパードさん。あなたは、船長に足りうる方です。彼らがその事を、示しています」

 顔を隠していないと、この表情を見られてしまう。自分にはそんな資格はないのに、何故彼らは必死にレパードを庇おうとするのだろう。認めるわけにはいかなかった。

「だが、俺は」

 マーサはにこりと笑って、どこからか持ってきたらしい帽子をレパードに差し出した。赤い羽根の目立つ帽子には、見覚えがあった。あの、ライゼリークのかぶっていた帽子だ。

「それでは、こうしましょう?私があなたを船長として雇います。お金は今は持っていませんから、後払いになってしまいますけれど、いつかあなたに必ず報酬をお渡しすると約束します」

 マーサは、そっとレパードの手にそれを握らせる。

「不甲斐ない私たちを、どうか導いてください」

 差し出された帽子はつばが大きく、深くかぶれば、今のレパードの表情を隠すのにうってつけだった。

「全く、勝てないな」

 そう溢した一言を耳聡く聞いていた彼らが、一斉に安堵の表情を浮かべた。認めざるを得なくなった。

「お前たちが独り立ちするまでだ。それまでは、務めてやる」

 パチパチと、誰かが手を合わせた。その音が波紋のように広がっていく。拍手だと、遅ればせながら気が付いた。今まで、拍手の対象になったことがなかったので、それが拍手だと気づくのにさえ、時間がかかったのだ。

 マーサも同じように拍手で迎えている。音が止むと、レパードに右手をそっと差し出した。

「?」

 分かっていないレパードの手を、反対の手で持ち上げて、マーサの右手を握らせる。きっと、カルタータならではの風習なのだろう。

「よろしくって意味です」

 にこやかなマーサに釣られて、笑ってしまった。その瞬間、心のどこかで強張っていた何かがほどけた心地がした。

「あぁ、よろしくな」

 独り立ちするまで。まさかそれが十二年以上もかかるとは夢にも思わなかった。

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