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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
325/994

その325 『噂』

「おはようございます」

 声に振り仰ぐと、ラビリが医務室の扉を開けたところだった。

「レパード……」

 レパードを見た途端、瞳を震わせる。

 昨日の光景を思い出したレパードは、何故だと慌てた。また泣かれそうになるのは、正直困る。

「どうしたんだい」

 レヴァスも心配になったのだろう、そう疑問をぶつける。

 ラビリはゆっくりと首を横に振った。何か言おうとして、困ったように口をつぐむ。言うべきか言わないべきか、悩むような仕草だった。

「何かあったなら言ってみろ。黙られても困るからな」

 レパードが促すと、ようやく決心したように口にした。

「噂が、流れているみたいで」

 レパードとレヴァスは顔を見合わせた。これだけでは何のことだか分からない。

「噂?」

「何故、『龍族』が船長になるんだって」

 噂というよりは、不満の声だろう。ラビリは船内にいる船員たちに非常食を配って回っている。だから、聞いてしまったらしい。

 魔法に心を傷つけられた人々の怯えが、『龍族』に向いている。彼らの何人かは見てしまったらしい。仲間であるはずの『龍族』の魔法の暴発を。だから、『龍族』を信じきれないというのだ。

「それはまぁ、分からないでもないがな」

 ライゼリークがいる間は、表沙汰にはならなかった。だが確実に、彼らはレパードに、『龍族』に怯えていた。命を奪われ、助かるか分からないほどの怪我を負ったのだ。当然の反応といえば当然だった。

「それだけじゃないの」

 ラビリは、ふるふると首を横に振る。素が出ているのだろう、敬語を使っていなかった。

「リュイスのことも」

 レパードは、思わずラビリを凝視した。

「リュイス?どうしてリュイスがここで話題に上がる?」

 理解ができない。リュイスは確かに『龍族』だ。だが、船長候補でもないただの子供だ。それどころか、セーレにたどり着いたときにはずっと意識がないままなのだ。

 ラビリがたどたどしく説明をしだす。それを聞くにつれて、レパードの顔も嫌でも険しくなった。

『障壁を破った子』。

 始まりは、客室にいたという生き残りらしい。きっと、セーレにレパードよりも後から乗ったのだろう。目を覚まさないリュイスを見たその人物は、そう言った。

 レパードもリュイスが魔法で障壁を破る現場を見たわけではない。但し、確かに障壁が破られたとき、風の魔法が起こった。吹き飛ばされたから、そこは間違いないだろう。だが、それだけだ。風の魔法などリュイスの他にも使う奴はいるだろう。それなのに、幸運と呼ばれたはずの子供は、手のひらを返される。

「障壁が破られなければ良かったのに」

 おかしなことに、そんな話が流れているという。障壁があろうがなかろうが、襲撃者はいたのだ。むしろ、障壁がないからこそ、外に逃げられた。それなのに、話が少しずつ変わって出回った。

『龍族』が守り神である八つ首の龍を殺め、その結果、障壁を破った。『龍族』が襲撃し、都を根絶やしにしようとした。障壁に閉じ込められた人間ではない。全ては『龍族』がしでかしたことだ。魔法を使えない普通の人間はただ、巻き込まれただけである。大勢の人間が、『龍族』のせいで死んでしまったのだ。

 そんな風に、とても分かりやすく単純な、まるで外の世界での『龍族』像そのもののような話が、出来上がってしまったと。

「だから、医務室に近づくときは気を付けてくれって、言われました」

 落ち込んだ顔で、ラビリが呟く。ラビリは省いたが、恐らく、『レパードに気を付けてくれ』と言われたのだろう。それにしても、ラビリに対して妙な気遣いがあるところに、この話を信じているらしい人々の表情が見え隠れしていた。

(まいったな)

 レパードは心の中で考える。レパードだけが除け者になるのならば、想定の範囲内だった。だが、気づけば、リュイスさえも眠りながらにしてセーレから孤立しようとしている。これでは、リュイスが故郷の彼らとともにいても、苦しいだけだ。それに、マレイヤが無事怪我を治しても、セーレの船長になって皆を率いる道はなくなる。そうなると、外と縁のある者で、セーレを率いることのできる者はいるのだろうか。

 昨日のマーサの様子を思い出す。少なくとも船員にはいないのだ。だから、レパードを頼ってきた。ラビリにそれとなく確認してみたが、セーレ内全ての人に声を掛けている彼女も、外から来た者を知らないという。恐らくは、レパードとマレイヤ以外には、外の様子を知る者はいないとみて良いだろう。

 まるで自らの首に縄を掛けているようだった。どうして、彼らはそんな噂を流し、信じてしまうのだろうか。

「精神的に参ると、人は誰かのせいにしたがる。悪い癖だろう」

 ぽつりと、レヴァスが言葉にする。その言葉は暫く、医務室に漂っていた。

 誰かのせいにするならば、カルタータを襲った襲撃者のせいにすればいいのにと、思わないでもない。けれど、今この場に、襲撃者はいない。襲撃者の影を求めて彷徨った彼らの目に留まったのが、『龍族』だというわけなのだろう。

 理不尽なことだとは思う。しかし人はいつもこうして、自分の手に負えないことを誰かのせいにして生きていることもまた、知っていた。だから、今のこの状態を見て、仕方がないと思えてしまう。そんなことよりも、この先について考えるべきだと、冷静に切り分けてしまえる自身がいた。きっともう、諦めがついているのだ。

 しかしだからこそ、レパードはただ熟考する。マレイヤの命と、リュイスのこの先。ラビリやレヴァスたちのことももう無関係ではない。彼らだけは、できれば助けたかった。

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