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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
322/993

その322 『そして、雨は降る』

 雲を突き抜けたそれが、マストに突き刺さる。バチバチと火花を立てて、その場で燃え盛っている。その正体に、気が付いた。

 火矢だ。

 思考の至りに答えるように、ビュッ、ビュッと、続けて二本撃ち込まれる。

 怪我のことなど頭からすっぽり抜けるようだった。

 全身が寒いのは傷のせいか、今の状態のせいか。そもそも、矢は、一体誰が放っているのか。前者は分からないが、後者の答えは、目の前にある。分厚い雲の向こう側に、ぼんやりと大きな影が見えたのだ。

 悟らされた。戦艦が、セーレに追いついていることを。

 血の気が完全に失せたレパードは、よろよろと立ち上がった。これは一体全体どういうことだと、頭の中を整理しようとする。

 (何故、戦艦がセーレに狙いを定めて確実に火矢を放てるんだ?)

 彼らには、目でもついているのだろうか。思い至ったのは、最後の『龍族』が放った光だ。あの光で、場所が知られた。勿論その前から、雷撃やら炎やら魔法を駆使して戦っていた。あれも、きっと遠目には目立っていたのだろう。それで場所が特定された。その可能性はあり得る。

 場所が分かったのなら、『龍族』をけしかけて都を焼き払った連中だ。セーレも当然、ただではすまないだろう。

 すぐ脇に火矢が突き刺さる。少し動くのも辛かったが、どうにか魔法で火矢をへし折る。折れた矢は踏みつぶせば、火も消えた。矢頭に油をしみこませた布がまかれているようだ。魔法よりは、ずっと消えやすい。

 火矢など、怪我さえなければきっと脅威でもなんともない。先ほどまでそれらを絶する魔法と対峙してきたのだ。

 察するに、戦艦には『龍族』は乗っていないのだろう。いたのなら、乗り込んでくるはずだ。そこまで考えて、大砲の存在に気が付いた。場所が分かっていて、都を燃やすほどの容赦のない連中なら、撃ってきてもおかしくはない。

 まさか搭載されていないということはないだろう。仮にも戦艦だ。そこまで考えてから、もう一つの可能性に思い当たる。

 つまり、戦艦はセーレを見つけたわけではない。ただ、光が雲の向こう側でちらちらと瞬いていたから、試しに火矢を撃って場所を特定しようとしている。

 その発想は、我ながら救いがあった。これで、砲弾により木っ端微塵になる未来が遠のいた気がしたからだ。勿論、これは推測にすぎない。だが、そうでも思っていないと、どうにかなってしまいそうだった。

 とはいえ、希望がいくら薄かろうとも、それを確実にするためには動く必要はある。つまり、すぐにでも火矢を消す。火矢は目印になるのだ。仮に今セーレに気付いていなくても、セーレが燃えあがってしまえば、ここにあるということを報せてしまう。

 だが、一本ずつ回って落とすわけにはいかなかった。そんな体力は残っていない。僅かな雷撃でどうにか火矢を根本から焦がし尽くしていく。一本、続けて一本。

 だがその間にも矢は放たれる。一本は、レパードの腕に刺さった。痛みをこらえながら、次から次へと消していく。

 仲間を呼びたかった。けれど、伝声管は使えなかった。どのみち、頼れそうな当てもなかった。航海室にいる怪我人たちなら、数はいるかもしれない。しかし、一歩歩くのも支えがいる彼らが加わったところで、矢の数には勝てない。むしろ、いたずらに矢に刺さって、怪我が増えるだけだ。かといって、医者のレヴァスを頼るわけにもいかない。彼にはミンドールとマレイヤを診てもらわなくてはならない。当然だが、子供たちに矢の雨が降る中を歩かせるわけにもいかない。

 今ここにいるレパードだけで、どうにかするしかない。

 降りかかる矢をまとめて電撃で薙ぎ払うと、腕に刺さった矢を引き抜いた。焼けるような熱い痛みが、体を突き抜けて、ぐっと歯を噛みしめる。

 そこに、続けて矢が降ってくる。よりにもよって、自分が今いる位置に向かって、並んで飛びかかってくる。慌てて腕で顔と頭を庇う。一つは膝に刺さった。炎が服に燃え移る。その火を振り払った腕にも矢が刺さっていた。

 隣の地面に刺さった矢が、帆を畳むのに使っていたらしいロープに燃え移る。あっという間に、火の手が広がっていく。続けて飛んでくる矢に、思わず膝をついた。

 無理だ。嘆きたくなった。セーレは、見つかる。いや、もう見つかっているかもしれない。焦燥がレパードに魔法を撃たせる。けれど、火矢の数の方が、レパードより勝っている。

 帆に火矢が掠った。あれよこれよという間に、布の焦げる匂いが漂っていく。黒煙が、セーレの位置を報せようとした。

 終わったと、はっきりと悟った。レパード一人に、この事態は手に余った。レパード自身既にぼろぼろなのだ。どうにかできるはずがない。悔しさが、世界を滲ませる。せめて、誰かにこの危機を伝えたかった。


 そのとき、それが、ぽつりとレパードの足元に落ちた。

 はっとして、見上げたレパードの頬に、冷たい何かが触れた。視界に、レパードが起こしたものではない、稲光が走った。

 その瞬間、全てを押し流すかのような雨が降りかかった。ゴオオ……という激しい音が、世界のすべてを支配する。火は瞬く間に消え、火だるまになりつつあったレパードの体も、こびりついていた血とともに一緒に洗い流される。

 霧に包まれた視界は一気に悪くなり、振り返った先にかろうじて見えていた戦艦は、跡形もなくなっていた。代わりに周回させているのだろう小型の無人飛行艇が霧の中から飛んでくる。

 セーレを見失ったのだと悟ったレパードは、すぐに魔法を飛ばして、無人飛行艇の挙動をおかしくさせた。雷の魔法の存在はばれるかもしれないが、これでセーレが見つからないのだから、時間稼ぎになるはずだ。

 それからゆっくりと立ち上がる。雨に打たれすぎて、体が冷たくなってきている。この怪我で、この雨では、まさに半年前に振り戻された気分になる。

(そうか、帰ってきたんだな)

 ぼんやりと意識した。雨の降る島、ラヴェの故郷。ラヴェを見捨て、人を殺め、一人逃げた大地。全てを失った自分が、今は、傷だらけのカルタータの人々と一緒に、この空をかろうじて飛んでいる。その意味を、まだこのときは意識していなかった。まさか自分がセーレの船長になって、この手に彼らの命を背負うことになるなど、今を生き延びることすら危うい状態で考えられるわけがない。

 だから、この降りつける救いの雨にただ感謝した。彼らの命を救ってくれたことを。

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