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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
321/992

その321 『足掻け、一人で』

 きっと、マレイヤには伝わっていた。彼女はただ嘆息した。呆れられたかと思ったが、どこかそれとは違う感触があった。そこにあったもの、それは達観と諦念だ。

「ったく、仕方ないね」

 マレイヤはレパードの様子から、何かを悟ってそう呟いたように見えた。そんなマレイヤに何故かレパードは焦燥を感じる。今命の危機に瀕しているのはミンドールのはずなのに、マレイヤから一気に命の灯が消えたような、そんな焦りがあった。レパードは襲ってくる襲撃者に魔法を放ちながらも、思わず考え直したくなった。

 とはいえ、ミンドールは絶対に医者に診せなくてはならない。だからレパードが考え直したのは、マレイヤが逆に残って、レパードがミンドールを連れていく可能性だ。しかし、何度思案しても、その案は却下すべきだと思った。マレイヤは肩をやられている。そのうえ明らかに疲労困憊な様子だった。そんなマレイヤにここを死守するのはさすがに難しい。まだレパードの方が見込みがあるのだ。

 何度も自問自答しながらもレパードが魔法を撃ち返して応戦している間に、マレイヤは引きずるようにしてミンドールの元へと近づく。レパードを追い抜いて、ミンドールを抱えようと跪く。

 マレイヤたちを守るべく一瞬振り返ったレパードは、あっと声を上げた。

「マレイヤ、お前。その背中の傷……」

 今までは壁を背にして見えなかったが、背中にも一太刀浴びている。ぱっくりと割れたその傷は、誰がどうみても酷かった。骨が見えているのではないかと思うほどの深さから、赤色が滴る。今頃気づいたが、さきほどまでマレイヤがいたところには、赤の水溜まりができている。

 レパードは金魚にでもなったように口をパクパクとさせた。まさか、この怪我で今までずっと戦っていたのかと、そんな疑問が頭の中を巡る。むしろどうして、こんな状態で立っていられるのだろうか。

 けれど、口にしている余裕はなかった。続く魔法の応戦に、必死に意識を集中させる。

「悪いけど、乱暴にしか扱えないよ」

 マレイヤがそう言ってミンドールを引っ張っていく。体型の問題もあるが、持ち上げる体力が残っていないのだろう。引きずる形で、甲板の扉まで移動する。ミンドールは頭を撃っているから、本当は無理に動かしたくはなかったが、贅沢は言えなかった。

 レパードもそれに合わせて歩く。二人を背に守る形で、次から次へとやってくる魔法を撃ち払う。雷、氷、石の礫。霧が深くなっていくにつれて、様子が確認しにくくなる。雷はまだ目立つが、氷や石は厄介だった。けれど、彼らは近づいてはこない。恐らく同士討ちの危険を考慮できる理性がある者が、生き残っているのであろう。レパードたちがいる方角だけははっきりしているから闇雲でもぶつけていればいずれ当たると考えているようだ。

(間違っちゃいないよな)

 背後の扉が閉まる音を聞きながら、レパードは正面を見据えた。相手は位置を変えているらしく、いつもばらばらな方面から魔法を飛ばしてくる。それを全て防ぐのは至難の業だ。集中力を切らしたときが、事の終わりだろう。自分の体に穴が開くのは、そう遠い未来ではない。

 けれど、それは後ろのマレイヤたちが避難する前の話だ。残る『龍族』の数は魔法から判断するに三体。扉を死守するために、先に撃ってでるのも悪い策ではない。

 再びの濃い霧がレパードの周囲を覆っていく。手を伸ばした範囲内でしか事の状態が分からないほどの、真っ白な濃霧。そこに向かって、飛び込んだ。

「まずは一人!」

 白くねっとりとした世界を走りながら、先ほどまでレパードがいた場所へと走る雷撃を、辿る。捻った痛みは続いていたが、それを意思の力でねじ伏せると、突き進んだ。

 忽然と現れた男へと、魔弾を叩き込む。

 閃光がはじけて、霧の中へと散っていく。男が膝を折る様子がシルエットとして浮かび上がった。

 そこに、礫が扉に当たる音がした。再び走り出したレパードは、記憶を頼りに走り抜ける。すると、視界いっぱいに男の服が広がった。ぶつかる衝撃を感じながらも、そのまま手に雷を呼び起こす。男が断末魔の叫びを上げた。

(これで、二人目!)

 あと一人。転がっている死体に躓かないように気を付けて、走り抜ける。そのとき、腕に痛みが走った。つららが右腕に突き刺さったのを視認する。その方向から、走るべき方向を突き止めた。

「最後は、お前だ!」

 霧を抜けるのと、レパードが魔弾を撃ち放つタイミングが合致した。雷撃が、男が放ったつららを砕く。その間に霧のなかに飛び込んだ男を追いかけて、立て続けに撃った。その間も、氷がレパードの腕に突き刺さる。

 痛みに顔を歪めつつ、見上げたその先で、男の膝が折れたのを確認した。

 再びの霧を抜け、魔弾を撃つ。振り返った男の眉間を貫いて、その場で光が飛び散った。一拍遅れて、つららがレパードの足をかする。

 眉間を貫かれた男が、崩れ落ちた。

 倒した。はっきりとした手応えがあった。甲板に残った『龍族』を、一掃できた。実感が胸にこみ上げる。これで、セーレは救われる。

 次の瞬間、背中に衝撃を感じた。

 一瞬、視界が暗転する。

 気づいたとき、レパードの体は、甲板の床にあった。

 視界の端にちらつく男の影を認めて、軽く舌打ちする。魔法から勝手に三人だと思っていた。だが、もう一人いたのだ。

 きらりと光る刃を確認する。それはまっすぐにレパードに振り下ろされようとしている。このままでは、殺される。

 痛みに悲鳴を上げる体を、無理やり甲板から引きはがした。

 かすかな風を皮膚に感じる。間一髪のところで、レパードの体は串刺しにならずにすんだ。その刃は甲板に突き刺さっている。

「そこ、だっ!」

 絞り出すように吐き出した声とともに、魔法を撃ち放つ。男が、刃物を引き抜こうとするが一歩遅い。雷に直撃した男の体が、後方に吹っ飛ぶ。そのまま手すりを乗り越えて、空の向こう側へと。

 男の背中から羽が生えたのを確認したが、風向きが悪かったのだろう。逆に呷られるように分厚い雲の向こうへと吸い込まれていく。最後に、男の手から発せられた閃光を、ただセーレに残して。

 荒い息をつきながら、今度こそ本当に甲板に襲撃者たちが残っていないか気配を探る。思った以上に、背中の傷が深い。それでも、ここで倒れるわけにはいかなかった。

 一歩、一歩、重い体を引きずって、扉へと戻る。体がぶるりと震えた。体温が抜けていっている。せめて、止血できると良かったが、ここには死体しか転がっていない。

 視界の端に、伝声管を見つけた。『龍族』は倒したのだ。助けを呼ぼう。そう思って一歩進んでから、それは叶わぬことを知った。

 伝声管のパイプ部分に大きな切れ目が走っている。戦闘の最中で、やられたのだろう。これでは、音を運ぶことができない。自力で、船内に入るしかない。

 一歩歩くだけで、傷が響く。よくやったよと、自分を賞賛したくなる。だってそうだろう?カルタータは、全滅するところだった。セーレは大勢の『龍族』に襲われていた。けれど、もう襲われることはないのだ。襲撃者は全滅したし、セーレは雲の中に入った。この分なら戦艦に見つかることはないし、空が飛べる『龍族』もこの激しい気流のなかでは襲ってはこられまい。あとは、外の事情の知らないカルタータの者たちをどうすればいいのかだが、今はそんなことまで考える余裕は残っていなかった。

 思考に気を紛らわして、なんとか壁にまでたどり着いたレパードは、くるりと体を回した。背を壁に付ける形で、もたれかかる。一旦、休まなければ動けそうになかったのだ。

 けれど、そうしたレパードの瞳に入ったのは、分厚い雲の層の向こう側に灯る、赤黒い炎だった。

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