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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
319/992

その319 『船上の大乱戦』

「マレイヤ!しっかりするんだ!」

 暗い船内から明るい甲板に出たせいで、目が慣れるのに時間がかかる。だから、始めに入った情報は、マレイヤの名を呼ぶ男の声だった。優男風の男がシルエットとして徐々に浮かびだす。ミンドールが構えている武器の先で、『龍族』の男が剣をぶつけているところだった。

 思わず助けようとして踏み出しかけたレパードは、視界の端にちらつく金色の何かに気が付いた。見下ろして、絶句する。

「マレイヤ!」

 マレイヤが膝をついていた。床についた斧に寄り掛かって、やってくる『龍族』を風の矢で射抜いていく。その体から絶えずぽたぽたと血が滴る。肩がざっくりとやられていた。

 意識が虚ろなのだろう、レパードの声を聞いても反応がない。

「マレイヤ!」

 再び叫んだレパードのすぐそこを、マレイヤの風の矢が飛んでくる。慌てて躱そうとしたレパードの後方で、『龍族』の悲鳴が聞こえた。振り返れば、レパードに飛びかかろうとした男が崩れ落ちる瞬間だった。

 息を呑む。振り返ったところで、マレイヤがようやくレパードの存在に気が付いた顔をした。

「レパード?」

 その顔が、柄にもなくきょとんとしている。それから、少しだけほっこりと笑った。

「ったく、遅すぎるよ」

 そう言いつつも、ミンドールに襲い掛かろうとした『龍族』に風の矢を放つ。自分のもとにやってきた『龍族』については、斧を引き抜いて避けようとする。だが、この怪我だ。そんな敏捷な動きがとれるわけでもない。

 レパードはすかさず魔弾で『龍族』を撃ち抜いた。マレイヤの隣で、『龍族』が崩れ落ちる。

 それを確認したレパードの視線は、ようやく周囲に向く。そこで見えた現実に、絶望しかけた。

 今、甲板内を見回して確認できる味方は、マレイヤとミンドールしかいなかった。二人が必死に食い止めていたその先には、二十人ぐらいだろうか、大勢の『龍族』たちがいた。彼らのいる地面には、死体が転がっている。それらを踏みつぶしながら、いたぶるようにマレイヤたちを囲っていた。

 きっと、何人か侵入したのは、マレイヤたちが入り口を陣取る前に侵入されたか数に押されて防ぎきれずに通らせてしまったか、どちらかだろう。

「良かった、助太刀かな」

 振り返る余裕もないのか、剣を構えたままのミンドールが、レパードの声を背後に聞いて、そう溢した。

「遅くなってすまない」

 と、レパードはそう返すので既に精一杯だった。レパードもレパードで、すぐに襲い掛かってきた新手の『龍族』の対応に追われていたからだ。

「その声、確かレパードだったかな。船内はどんな様子だい」

 魔弾を撃ち放ってから、会話できる余裕があるのかと見やれば、ミンドールの体はどんどん敵に押されていくところだった。その腕はよく見れば斬り傷だらけで、死闘をうかがわせた。

「船内に娘と妻が逃げ込んだはずなんだ。声だけでも聞けたら良かったんだけれどね」

 きっと、体の辛さから逃げるために、こんな話を切り出したのだろうと、そんなことを思った。

 ミンドールに飛びかかる雷の魔法を、同じように雷を放つことで相殺させる。そうしながらも、なんて答えるべきか悩んだ。レパードが出会ったのはマーサとライムの二人だけだ。マーサはライゼリークの妻だと聞いている。マーサが連れていた子供は、皆少年だった。それならば、ライムがミンドールの娘だろうか。だが、彼女は12歳だった。ミンドールは、見たところレパードと同じぐらいだ。きっと、娘というのはもっと幼いはずだ。望み薄だろうと思ったが、この状態のミンドールにそのことを告げることはできない。

「すまない。見つけていない」

 レパードの言葉に、「それもそうか」と軽くミンドールが返した。雷光が眩しいだろうに、その仕草は見せず、光の中で淡々と返す。

「せめて、娘たちの名前ぐらい伝えておくべきだったかな」

「いいや、自分で探してくれ」

 レパードはそう言い切ると、魔弾を撃ち放った。ミンドールに剣を向けていた男を吹き飛ばす。ちょうど光が消えたその瞬間だった。

 続けて、飛んできた三人の『龍族』をまとめて感電させる。青い光が、空を満たした。

 案の定だった。いたぶるように眺めていた『龍族』たちのうち、数人の顔色が変わる。自分たちの優位性が崩れたことを悟ったのだ。だが、まだ舐めた顔をしている『龍族』も多い。この分では、きっと船の入り口の扉を塞いでしまう危険のある、強力な魔法は使ってこない。だから、今までこの二人だけでもどうにかなったのだろう。

 目の前の敵を薙ぎ払われて余裕の得たミンドールが、はじめて後ろを振り返った。その目が驚愕に見開かれている。顔に、返り血が飛び散っていた。こうしてみると、腕の傷だけではなかった。体中、ぼろぼろだ。満身創痍の状態で戦っていたのだろうことは、その疲労した顔から想像できた。

「援軍はまさか、レパードだけなのか?」

 呆然と言った様子で、口にする。そうなる気持ちは痛いほど分かった。

 マレイヤたちは限界だ。マレイヤは、早く治療させないともたない。ミンドールは、今まで大きな傷もなく生きていられたのが不思議なほどだ。魔法を使う相手に善戦したのは、幸運としかいいようがない。それなのに、必死の思いで呼んだ援軍が一人ときた。

 絶望を噛みしめている時間もない。先頭にいた『龍族』の一人が魔法を放つ。つららが飛び込んできた。それを、マレイヤの魔法が粉々にしていく。朦朧としていてもこの強さだ。余裕があれば口笛の一つでも吹いていた。

「あいにく、船内も人手不足でな」

 レパードは、逆にマレイヤに襲いかかろうしていた『龍族』に向かって、魔弾を撃ち放った。剣を振り上げていた『龍族』が、仰向けに倒れる。

 ミンドールはミンドールで、襲い掛かってきた男の剣を必死に受け止める。同時に二人だ。力で押されながらも、必死に踏みとどまる。

 助けたかったが、レパードにも余裕はない。同時に三人の『龍族』が飛び掛かってきて、魔法を撃ち放った。一人はなぎ払えたが、もう一人の姿が掻き消える。さらにもう一人は魔法を雷にぶつけて相殺する。

 ミンドールの悲鳴が聞こえるが、そちらを見やることもできない。援軍が増えたことで、逆に相手を本気にさせてしまったようだった。

 それでも、マレイヤの魔法がレパードに襲い掛かろうとしていた一人を射抜く。もう一人は何とか魔弾が間に合った。

 そうして、すぐにミンドールを見やった。ミンドールは無事だった。先ほどと同じように剣を構えているままだ。しかし、その形相は険しい。違うのは、相手の剣が赤くなっていることだった。それで、悟った。恐らくは、熱だ。ミンドールは、火傷を負い始めている。

 すかさず魔弾を撃ち放つ。

 魔弾から逃げるべくミンドールを思いっきり押しやった『龍族』が後方に飛ぶ。遅れて逃げようとしたもう一人に、代わりに魔弾がぶつかった。

 床に突き倒される形になったミンドールは、慌てて起き上がって距離をとる。剣で構えをとっているが、正直素人目にみてもあまり形はなっていない。それで思い知らされた。ミンドールは戦いの素人だ。ここまで生き残ってきたのは、運と気力によるものだろう。マレイヤの助けがあったのも大きいのかもしれない。

 ミンドールに気を取られている暇がなかった。前方から飛んできた炎の玉を間髪入れずに避ける。すかさず魔弾で撃ち返そうとするが、『龍族』はすっと横に飛んで避けた。初めの数人を倒してしまったから、逆に『龍族』たちは甲板の中で自由に動けるようになってきている。初撃のように撃てば当たるわけではない。

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