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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
316/992

その316 『侵入者』

 飛び出た先で、すぐに階段を駆け上がる。機関室から1階分上がったらすぐに甲板だ。そう思っていたレパードの目の前に現れたのは、階段の壁に飛び散った鮮血だった。

 足が、止まった。頭の中で、必死に記憶を手繰りよせる。行きにこの階段を駆け下りたとき、果たしてそこにこんなものがあっただろうか。

 その答えにたどり着いたとき、レパードの耳が拾ったのは、何か軽いものがぶつかり合う音だった。そして、誰かの息。

 はっとしたレパードは、慌てて階段を駆け上がる。折れ曲がったその先に、見覚えのある金髪が見えた。

「レヴァス!」

 血の気が引いた。レヴァスが階段の壁を背にして、仰向けに倒れている。そのレヴァスの身に、見慣れない『龍族』の男が覆いかぶさっている。彼は、レパードの要請を受けて、早速機関室に駆け付けたに違いない。けれどその途中で、襲われた。恐らく、甲板から入り込んできた『龍族』にだ。マレイヤたちは防ぎきれなかったのだろう。

 それにしても、角度こそ違いあまりにも構図が似ていた。壁を背にして、ナイフを胸から生やしたティルツの姿が、重なる。兄弟揃って同じ死に方とは、運命は残酷だ。

 そこで、レパードは気が付いた。レヴァスの右手には、メスが握られている。その刃が、『龍族』の持つナイフとぶつかり合っていた。小刻みに震えているが、まだ押し切られてはいない。

 無我夢中だった。今すぐに自分が助け出さねば、運命はひっくり返せない。紫電が、空中を走り抜ける。

 殺気を感じたのだろう、『龍族』がはっとした表情をして、後方に下がった。壁にぶつかった紫電が、天井まで走ってはじける。

 その光の中を、レパードは駆け抜けた。

「レヴァス、無事か!」

 レヴァスと、『龍族』の男の間に分け入る。向かい合った男は、眩しさに目を細めつつも、ナイフの構えを崩さない。目に入りそうな銀髪に長身痩躯、どこか線の細い顔つきがティルツを連想させるが、その表情は厳めしく、同時に理性というものが感じられなかった。ただ目の前にある獲物を狩るだけの、獣のような顔つきだ。

「あぁ、ちょっと不意を突かれただけだ」

 後方から、か細いながらもなんとか返事があって、ほっとする。銃を構えると、すかさず目の前の『龍族』を撃ち抜いた。

 この短距離だ。避けられるはずがなかった。そのはずなのに、まるで猫のように銀髪の男はコンマ一秒もない距離を避け切ってみせた。

 もう一発。立て続けに二発。

 右に顔を逸らして一発目を、後方に飛んで更にもう一発を躱される。しなやかな体躯は、あっという間に階段の上段を登っていく。そうして消えた姿に、安心はできない。あの『龍族』が登った先が甲板なら、その隣に倉庫がある。子供たちがいる、あの倉庫だ。

 しかし、後ろには怪我を負ったはずのレヴァスがいる。追いかけるかどうか躊躇したレパードに、声が掛かった。

「早く追いかけるんだ」

「だが」

 振り返ったレパードの目に、はっきりとレヴァスの怪我の具合が映る。左腕が赤く染まっていた。青白い顔で見上げて、フッと笑ってみせる。

「僕は医者だ。これぐらい、どうってことはない」

 こんな風に恰好つけられたら、言うことを聞くしかないだろう。レパードはすぐに背を向けた。きっとレパードが凝視していたら、いつまでも強がっているだろう。会って間もない仲だが、自然とそうレヴァスのことを理解していた。だからこそ、走りださねばならなかった。

「機関室にいるライムを頼む!」

 レヴァスには医者としての本分が、レパードにはレパードにしかできないことがある。そう思って、レパードは叫んでいた。レヴァスが負傷していても、今は休めとは言えない。休んでしまったらきっと、助かるはずの人々が助からなくなる。

 登りきった階段の先で、死体が転がっていた。船員だ。ナイフに斬りつけられた痕とその生暖かい血からすぐに悟る。ライゼリークは、レヴァスを一人で機関室に行かせたわけではない。恐らくは戦える人物を同伴させた。それがこの転がった船員の死体なのだ。

 船員たちを避けて進めば、倉庫が目の前に見えてくる。見たところ、扉が開けられた様子はなかった。きっと、あそこに人がいることがばれていないのだ。そう思ったレパードの視界に過ぎったのは、銀色の何かだった。

 慌てて首をひいたレパードの目の前をナイフが横切る。そのまま男の白銀の髪が通り過ぎた。

 反射的に銃を構える。間違いない、先ほどの『龍族』だ。敢えて逃げずに、レパードを襲うことにしたようだった。

 レパードが撃ち放った魔弾は、真っ直ぐに男の肩を射抜く。雷の光がはじけ、男が苦しそうな表情をみせた。しかし、男は耐えきった。態勢を崩しながらも、肩を抑えて階段を駆け上がっていく。

 この『龍族』は、俊敏な動きをする分、厄介だ。下手な魔法より対処がしにくい。間違ってもここに、今日初めて剣を握ったような船員たちはいてはならない。あっという間に、その首を持っていかれることだろう。だからこそ、今レパードが仕留める必要がある。

 同じように階段を駆け上がりながら、魔弾を撃ち放つ。照準はあっているはずだが、手傷を負っても相手の動きが早い。かすりもしないのが腹立たしい。もう少し、道場で練習をしておくべきだった。

 階段を登りきった相手が、掻き消える。その姿を数秒遅れで追いかけると、航海室までの通路を走る男を見つける。

 レパードは、通路の曲がり角に向かって紫電を呼んだ。通路に等間隔に立ち上る雷の柱がその場で帯電する。即席の、雷でできた檻だ。触れれば、感電死するほどの高圧な電流を常に流すのは、神経を使った。それでも、こうした場面では役に立つ。

 危うくそこに突っ込みそうになった男は、寸前のところで急ブレーキを掛ける。逃げられない。そう悟ったのだろう。ナイフを握り直すと、レパードへと迫ってくる。

 瞬きをする間に、一気に距離が縮まった。男が振り上げるナイフには、こうしてみると赤いものがついていた。レヴァスと、そしてレヴァスに同行した船員のものかもしれない。

 視界いっぱいにナイフが映る。その瞬間、雷が男の体を突き抜けた。力尽きた男が、驚愕の表情のままに倒れてくる。それをそっと避けると、床に転がった相手が絶命していることを確かめた。

 雷は、レパードの手からではなく、柱から放たれたものだ。だから男は、避けられなかった。

 ところがそこで、レパードは気付いた。床に点々と赤いものが落ちている。男のナイフから落ちたものではない。それは雷の柱が立ち昇ったその先にある。行きに通ったのならば、この血を見逃すはずがない。それにこの量なら、乾いているはずである。だが、間違いなくそれは、真新しい。

 ゆっくりとその跡を追う。この血は一体誰のものだろう?船員か、襲撃者か。どちらにせよ、良い話ではない。

 頭には甲板の存在もちらついていた。きっと、さきほどの『龍族』は、甲板から侵入してきたのだ。だからこそ、マレイヤたちの安否が気になった。それに、レパードは甲板に行けと指示を受けた。だから本当は甲板に向かう予定だった。狂ったのは、今倒した『龍族』を追いかけたからだ。もし、他にも同じように侵入者がいたとしたら、侵入者はどこに向かおうとするだろう。考えられるとしたら、二ヶ所。飛行船を墜落させるに最も都合のよい、機関室。そして、次点で、航海室だ。あそこで船の進路が決まる。逆に言えば、航海室が全滅すれば、その船は島や飛行岩にぶつかって、大破するだろう。

 そこまで考えたレパードは、速度を上げた。航海室にいる船員たちが、危ない。彼らの殆どが怪我人で、子供に女までいた。あのなかで、再び乱闘になったら何人が生き延びられるか分からない。無事ならそれでよい。すぐに取って返すだけだ。だが、血痕が不安を呼び起こす。急かされて、ただただ廊下を突き進む。その先で、航海室が出迎えた。その扉が、レパードの不安に答えるように、大きく開けられている。

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