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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
315/992

その315 『ライム』

 そうして何を思ったのか、ライムがそのままどこかに行こうとする。

「お、おい。傷は大丈夫なのか」

 どう見ても血が垂れ流れている。まずは止血が先だろう。

「痛いです」

「だろうな」

 まともに答えられて、頷いてしまった。ライムはそのやり取りをした後も、何か目的があるように歩き出す。

「待て、どこに行くんだ」

「飛行船が落ちちゃうから」

 説明が、一つ飛躍しているような気がした。しかし、それで言いたいことが伝わる。機関士の生き残りがいないと、この船はいずれ落ちる。

「他に生き残りはいないのか」

 或いは、ライムならばと思った。実は、生き残りの機関士を知っていて、それを助けに行くと言っているのかと。

 天井から吊り下がった配線の先、球状の物体が柱の向こう側に見えた。光を調節するための、光節鏡が四方に配置され、その光の量と飛行石の力を測る計測器が、机上に設置されていた。近くには、ねじが散らかっている。うだるような熱が、中央の物体、そこから延びる管から広がっている。中央の球状には、飛行石が詰め込まれている。粉上のものから、形のあるものまで、飛行石にはさまざまな形、大きさがある。それを最も効率よく設置するための工夫が、この球状のなかに入っているという話はレパードも聞いたことがある。

 これが、他でもないセーレの飛行機関だ。ライムの足はそこで止まった。

 それはつまり、ライム自身が飛行機関を見るつもりだということを意味する。

 子供に任せるなんてとんでもない。焦ったレパードは止めようとし、伝声管が通っているのに気が付いた。ちょうど飛行機関の近くだ。

「えっと、これはこうだから、こうして……」

 飛行石の前では、すでにライムが何かをいじっていた。

「ライム!余計なことはしないでくれ」

 声を張り上げると、ライムからも声が返る。

「さっき見せてもらったから大丈夫。えっと、多分ここを……」

 その答えに、蒼白になった。この少女、触る気満々だが、さっきと言わなかったか?

「下手にいじって、落とさないでくれ!」

 飛行石はデリケートだと聞いたことがある。ちょっとした調整で、簡単に燃えあがる。燃えあがった飛行石はあっという間にその力を使い切る。下手をすると一瞬にして燃料がなくなる。セーレは浮いて早々、墜落することになる。それはただ墜落を待つ以上に、絶望的で愚かしい。

「大丈夫。魔法が飛び火して偶然浮いただけだから、どのみち、このままだと落ちるし……」

「それは絶対、大丈夫とは言えないだろ!」

 叫び返したが、ライムは既に夢中になっているのか返事がこない。勘弁してくれと嘆きたくなった。

「こちら機関室!応答してくれ!」

 とにかく専門家を呼ばなければと、声を張り上げる。そこに、航海室から応答があった。

「こちら航海室。現状は?」

 通信士だろう。機械的な返答だ。

「最悪だ。子供1名以外、全員死んじまっていた」

 その言葉に、沈黙が返った。

「そっちに飛行機関に詳しい奴はいないか!早く寄こしてくれ!」

 暫くノイズが走ったかと思うと、今度はライゼリークの声が返る。

「無理だ。機関士はいるが、人手が割ける状況じゃねぇや。お前でどうにかならねえか」

 レパードは、その返答に血の気が引いた。よりによって、レパードがどうにかしろとは無茶にもほどがある。

「はぁ?!俺は機関部員じゃない!そんな緻密なことができるか!」

 ライゼリークは、レパードのことを便利屋か何かぐらいに思っているのではないかと、言いたくなった。

「とにかく、だ。子供が言うには、魔法が飛び火した勢いで偶然飛行石の力が解放されて浮いちまったんだと。だが、このままだと」

「あっという間に燃え尽きちゃうかも!」

 夢中になっていたようで、実は聞いていたらしい。レパードの言葉を遮ってライムが叫ぶ。

「もっと明るい報せはねぇのかよ。小型飛行船はどうだ?最悪そっちに移って数人ずつ都の外へ避難させるっていうのはアリだろ?」

 ライゼリークの提案には、全くもって、ぐうの音も出ない。

「すまん。俺が全部壊した」

「はぁ?!」

 レパードが先ほど返した叫びと、全く同じ声音になってしまったのにも気づかない様子で、ライゼリークがまくしたてる。

「馬鹿か、この緊急事態に脱出用の船壊すとか、自殺行為にもほどがあるだろうよ!」

「好きで壊したわけじゃない!『龍族』と戦って、仕方なくだ!」

 叫び返したところで、何かをいじっていたライムの呟きが耳に入った。

「あ、間違えた」

 次の瞬間、がたんと船が揺れた。

「頼むから変なことしてくれるなって!」

 伝声管から顔を離して、レパードは叫んでいた。大体、肩から血を流しながら、飛行石の周りをぐるぐる回っていじっているのが既におかしい。確かに飛行石をどうにかしないと墜落するわけだが、それを怪我をした子供が触っている時点でどうかしていた。

「あと、医者を手配してくれ!子供が重傷……のようだから、どうにかした」

 レパードの声が突然、ノイズに掻き消えた。なんだ、と訝しんでいるところで、

「レパード!」

 唐突に名前を叫ばれる。ライゼリークではない、女の声だ。

「いや、この際、誰でもいい。船内に戦える奴は残っていないのかい!」

 ノイズが走っていて聞き取りづらいが、その内容で誰か分かった。

「マレイヤか!」

 叫び返した途端、剣戟が聞こえた。熾烈な戦いが、その音から予感させられた。

「あぁ、そうだよ!飛行船が浮いた途端、『龍族』がわんさかやってきている!このままじゃ突破されるよ!あと、飛行船がこっちに向かってきているよ!」

 その言葉に、レパードは舌打ちしたくなった。手が足りない。分かっていたのだ。セーレが飛んだ途端、逃がすまいと『龍族』が襲ってくることも、障壁が破られた今、外から飛行船が襲ってくることもだ。それなのに、機関室の戦いで既にボロボロだった。

(どこから片づければいい?)

 飛行船の墜落は、最も重要な問題だ。だが、甲板から『龍族』が流れ込んできたら、リュイスをはじめ子供たちはおろか、全員がやられてしまう。そうなってもだめだ。レパードは数少なくなってしまった『龍族』で、戦い慣れているのだから、すぐに甲板に駆け付けるべきだった。だが、怪我をした子供一人をほったらかして、機関室を後にしていいのだろうか。飛行船が墜落したら意味がないと言うのに。

「レパード。今のを聞いたな?お前は甲板に急げ」

 迷うレパードに指示を与えたのは、ライゼリークだった。

「だがここは」

 まさか子供一人を置いて、空けるわけにはいかないだろう。そう言いかけて、先に制される。

「そっちに必要なのは、医者だろうが。それとも何か?怪我した餓鬼の面倒も引き受けてくれるかよ?」

 その言葉で、レヴァスが無事に航海室にたどり着いたことを知る。そのレヴァスを機関室に向かわせてもらえるようだ。

「飛行石はどうする。墜落するぞ」

「大丈夫、何とかなるかも!」

 ライムの叫びが伝わったのか、ライゼリークが微かに笑った。

「大した餓鬼じゃねぇか。重傷の割には元気なようだが?」

「肩をナイフで刺されてこれだからな」

 声だけ聞くと、子供を航海室に連れてきた方が良いぐらい元気に思われそうなので断っておく。しっかりしすぎて、急に倒れやしないか怖いぐらいだ。

「心強いってもんよ。嬢ちゃん、聞こえるかい?」

 ライムは夢中で何か作業をしている。本当に聞こえていないと気づいて、レパードは声を上げた。

「ライム」

「ん?」

 振り返ったライムの肩から血が流れている。動いているせいで、さきほどよりも量が多い気がした。冗談抜きで、先に止血をさせるべきだろう。

「こっちにいる機関士は怪我人ばかりで動ける状況じゃねぇが、会話はできる。飛行石の扱い方は教えるから、そっちでどうにかならねぇか」

 ライゼリークの案に目を輝かせたのは、ライムだ。

「教えてくれるんですか?」

「勿論。嬢ちゃん一人で不安だっていうなら、この後何人か専門じゃねぇ奴らを行かせる」

「私一人でいいです」

 ライムは、自分一人でやりきりたそうな顔をしている。その様を見ていないライゼリークには、彼女が強がったようにみえたらしい。

「大した嬢ちゃんじゃねぇかよ。幾つだい?」

「十二です」

「ほぉ。ぜひうちに働きにきてほしいねぇ」

 ライムは、本当に嬉しいらしい。顔を朱色に染めている。

「いいんですか!」

「勧誘している場合かっ」

 突っ込みを入れてから、ライムに「待ってろ」と声をかける。

 大急ぎで戻ってきたレパードは、布を差し出した。ところが、ライムはこちらを見向きもしない。声をかけても中々返事をしないので、さすがに心配になった。意識がさ迷っているのかと思ったが、既に作業に夢中になっていただけらしい。何度かゆすれば、驚いたように目をぱちぱちとさせている。

 どこの人形かと思うほど美しい姿だが、この少女が船の命を握っているのだ。そう思うと、心の底から心配になった。

「えっと、これは?」

「隣の船倉にあった布の残りだが、止血はしておいた方がいいだろ」

 ナイフがあったのは、良かった。炎を扱う『龍族』に散々焼かれた熱々の刃だ。それが、まだ一つ落ちていた。それで、縛りやすいように布を切り取ったわけだ。

「とりあえず、縛っちまっていいな?」

 ライムはこくんと頷いた。

 レパードは手早く布を肩に巻き付ける。ぎゅっと縛ったときには、さすがのライムも痛そうに声をあげかけた。それでも、伝声管から漏れ聞こえる指示を頼りに、飛行機関をいじる手を止めないのは、さすがだ。

「これでよし。よく耐えたな」

「まだ。この子は飛びたいって言っているから」

 褒めるレパードに、ライムは真剣な顔で返した。その言葉の間も、視線はずっと飛行石に向いている。

「レパード、終わったなら急げ。甲板から乗り込まれるぞ!」

 伝声管から洩れる指示の間に、待ちきれたようにライゼリークの声がした。

「あぁ、今すぐ行ってやる」

 それに返事を返して、レパードは走りだす。飛行石から目を離さないライムを置いて、機関室を飛び出た。

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