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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
312/994

その312 『戦闘』

「お前たちは、襲撃者か」

 確認のために、声を張るが返事はない。少年と男については、それが答えだろう。女は怯えているようなので、人質の可能性がある。それで、女に視線をやった。

 驚いたことに、よくよく見てみると、女はレパードの問いかけに小さく頷いている。それに、人質にするなら、その手にナイフなど持たせないだろう。女も襲撃者の一人だと判断する。

 理性があるなら、せめて女とは話し合いたいところだが、三対一だ。長引かせるのは危険である。そもそも、始めに数を減らせなかった時点で、レパードに話し合いをする余力はない。せめて三人とも大人しくこちらの話を聞いてくれれば別だが、そうはならない。今ですら、魔法を放とうと男が意識を集中させている。

 それとはべつに、鬱々とさせる現状がある。機関室の扉が、開いている。そこに誰の姿も見えない。もう生きている者はいないのではあるまいかと思わせるほど、ひっそりとしている。嫌な汗が、背を伝う。それは、つまりセーレの墜落の未来を示唆している。

 足元に絡まりつこうとする蔦を避けながら、僅かな望みを託して、先ほど壁に叩きつけられた男の近くまで移動していく。

 ちらっと確認すると、男の首があらぬ方向に曲がっていた。壁に叩きつけられたときに、折られたのだろう。はっきりと、悟った。間に合わなかった。

 生き残りは、本当に他にいないのだろうか。機関室のある部屋とは対極の位置にも、扉がある。いるとしたら、そこかもしれない。だが、いろいろな飛行船に乗ったことのあるレパードは、知っていた。構造上、そこは船倉になることが多い。もしそこに逃げたとしたら、きっとその船員は今頃脱出用の小型飛行船に乗って、大空の下だ。

(だが、船は浮いた)

 その事実に、可能性を求めたくなる。一方で、冷静なレパードの思考は、別の可能性に行き着いた。

 つまり、ひょっとすると、飛行船が浮いたのは、助からないと悟った船員たちが最後に守った命令の結果だったかもしれない。或いは、事故で意図せず飛行石に光が当たっただけとも考えられる。

 思考は、希望を消しにかかる。どうしても、いまだに機関室を死守しているとの楽観的な思考は持てなかった。

 だが、諦めて大人しくやられるのはまだ早い。機関室を隅々まで調べたわけではないのだ。飛行機関の複雑な機構を理解できる船員がいないとセーレは墜落するとはいえ、希望を捨てるわけにはいかない。ここには、自分の命だけではない。リュイスをはじめとする、何人かのカルタータの住民たちがいるのだから。

(だから、頼むから、一人でもいい。生きていてくれ)

 願いを噛み締めるように、床を踏みつける。そして、機関室とは反対側の部屋へと駆け込んだ。

 向かってくると思っても、部屋に逃げ込むとは思わなかったのか、相手の動きが一拍遅れる。

 背後に、蔦や礫が飛びかかる気配を感じながら、走った。

 幸いにも飛び込んだ部屋は、予想通り広かった。

 前方に、小型飛行船が置かれている。二人乗りで、右手に操縦席がある。後ろには速度を考慮してプロペラがついており、その手前に盛り上がった球状の突起、飛行機関がある。目に留めた限り、カルタータも外のものと変わりない。小型飛行船の用途もやはり、何かあったときの緊急脱出用だろう。大型の船には必ずあるものなのだ。

 だが、そこには二隻しかなかった。もう数隻残っていた形跡もない。元々、二隻なのだろう。思わず絶望したくなる。確かに、カルタータでは、空を飛べる『龍族』が多い。小型飛行船をそんなに搭載する必要はないのだろう。

 いや、そんなことよりも、恐ろしいことが分かった。レパードから飛行船を見て、左手のことだ。風が頬に振りかかる。ハッチが、開いているのだ。

(こいつが、侵入口か!)

 飛びつくように駆けだす。とにかく、ハッチを閉じなくては、『龍族』が入り込むばかりだ。

「っと?!」

 小型飛行船を目前にしたその瞬間、前方から斧が飛んできて慌てて遠のいた。目を見張る。

 後ろにいるとばかり思っていたはずの『龍族』の男が、目の前に立っていた。忌々しそうに、こちらを睨みつけている。

 レパードは慌てて更に後方に避けようとし、寸前のところで風を感じて右に避けた。剣を振りおろす少年の風圧を肌に感じた。ぞわりと肌が粟立つ。あと少し遅かったら、完全に斬られていたところだ。それでも距離を取った以上、魔法の一発は放ちたい。

 レパードがそうして撃ち放った魔弾は、しかし二人に命中することはなかった。二人とも瞬時にその場から姿を消したのだ。そうして現れる気配は、後方にあった。

(転移か!)

 レパードは、部屋の出入り口で怯えたように立ち尽くす女を、見つける。男は蔦、少年は岩の魔法を使ったから、考えられるのはこの女しかいない。その気になればどこへでも味方を転移させられる魔法だ。何故この女だけ血走った目をしていないのか分かった気がした。女に必要なのは冷静な判断だ。狂気に晒されることではない。それを『魔術師』が把握していたのだろう。

 再び魔法をぶつけてきた男たちを振り払って、レパードは思いっきり魔弾を撃ち放つ。男たちの姿が、それに反応して消えたが、元々そちらには撃っていない。狙ったのは、小型飛行船に装着された飛行石だ。球状の飛行機関を撃ち抜けば、飛行石を光から守っていた蓋が、外れた。中から抜き身の空色の石が露わになる。それが、きらきらと光を浴びて光った。

(だったら、視界を奪うまでだ!)

 雷という名の光でも、事足りた。或いはハッチが開いていたのが良かったかもしれない。飛行船がふわりと浮き始める。

 レパードは、すぐに船の真下をくぐり抜ける。ちょうどレパードを隠すように浮いた飛行船のおかげか、男二人が突然横から襲ってくることはなかった。レパードがどこにいるかは大体の予測はついても、レパードが向いている方向までは分からない。レパードの目の前に男を飛ばしてしまったら、転移の利点が活かせない。それで、女が魔法を使ってこないのだ。

 一息つけたレパードは、振り返って飛行船の状態を確認する。転移の魔法がどうにかなったところで、男二人の魔法があれば、この飛行船はあっという間にばらばらにされる。もって数秒だろう。それに、レパードのように潜り抜けてくる可能性もある。

 しかしながら、一息もあれば、魔法を使う余裕が生まれる。

 突然の稲光と雷鳴が、小型飛行船を貫いた。小型飛行船に向かって飛んでいこうとしていた、岩の礫を巻き添えにしたため、周囲に砕けた岩が粉々に飛び散る。青い光に混ざって、飛行船がばらばらに分解された。殆どは炭のように真っ黒に燃え尽きたが、そうでない部品もある。そのいくつかは、レパードの魔法で動かせた。複数の金属片が渦を巻くように回り始める。

 ある金属片は女のもとへと飛ばす。金属片といっても、レパードの顔ほどはある大きなものだ。ぶつかれば、怪我ではすまない。

 慌てたように掻き消えた女の姿は、想定の範囲内だ。女の気を逸らせればそれでよい。

 弧を描いてブーメランのように飛ぶ金属片が、近くにいた少年へと向かう。少年が岩の礫を出現させたが、金属片の方が速度がある分強かった。それをそのまま砕いていく。少年が慌てて逃げ出すその間に、レパードは銃を構えた。

 撃つなら今だ。銃口が少年に向かう。少年の逃げ先は、レパードがいる方向だ。つまり、照準がぶれにくい。相手は三人だ。一人でも早く潰さなければ、やられてしまう。

 けれど、引き金に手を引こうとした、その指がひきつった。理由は、分かっていた。豪雨のなか、わが身可愛さに、子供に向けて何発も撃った銃が、今この手のなかにある。琥珀色の怯えた瞳が、頭のどこかでちらついた。

 レパードの体は、くるりと少年から男へ向いた。金属片が残り二人と同じように、男を襲う。

 男の方はレパードが躊躇った時間の分、余裕があった。地面から伸びた蔦が、レパードへと襲い掛かってくる。

 蔦を避けるために走り抜けながら、同じように金属片から逃げ惑う男へと銃口を向ける。

 男が、金属片を蔦で弾きとばした。同時に、くるりとレパードの足に蔦が絡まる。男が、レパードへと視線を向けた。

 蔦がレパードを引っ張ろうとしたその瞬間、魔弾を撃ち放つ。足に貫通した男は、崩れるように倒れた。

 それでも、男は屈していない。レパードの腰に蔦が絡まって、すっと頭上に引っ張られる感覚がした。

 レパードもまた歯を食いしばった。

 男目掛けて、さらにもう一つ金属片が飛び掛かる。

 次の瞬間、腰に巻かれた蔦から嘘のように力が消えた。あっという間に干からびると、今ここにあったのが嘘のように消滅していく。浮いていた体が落ち、足から着地した。

 男の頭部に、金属片がぶつかっている。相手の意識を刈り取ったことが、勝敗を分けた。

 そしてレパードは、視界の端に、女が倒れているのも見つけた。金属片がその背から生えていた。気づかなかった。蔦が金属片をはじいたそのとき、転移した先で運悪く刺さったらしい。

 残るは、一人だった。レパードは再び銃を構えた。金属片を躱し切った少年が振り返る。金色の瞳は大きく、狂気に膨らむようだった。

 解放するんだ。そう、心に言い聞かせた。レパードに比べたら、魔法を使いこなしてきた年数が違う。銃を撃ちこんだら、少年がその魔弾を防げるほどに早く魔法を放つことはできないだろう。だから、引き金に指を当てたときが、最後だ。それが分かっていた。

 迷っている時間はなかった。照準のなかに少年がすっぽりと収まっている。レパードは、感情をしまいこんだ。鳥を狩るときと変わらないと言い聞かせる。震える指が引き金に当たった。その感触に、思わずすぐに指を放す。そうして、魔弾が撃ち放たれた。

 眩しい光が天井に走った。かつてないほど大きく逸れていた。指がまだ震えている。人は撃てた。けれど、どうしてもあのとき殺めてしまった子供だけは、無理だった。そう、心が悟ってしまった。

 少年が魔法を放つだけの十分な時間を得た。今が機だと言わんばかりに、魔法を撃ち放ってくる。

 礫が迫ってくる。それを避ける気力すら、霧散した。

 そのとき、木片がパラパラと降った。そうして、物凄い音が聞こえた。その音に僅かに顔を上げ振り仰ごうとしたレパードのすぐ横を、岩の礫が走り抜けていった。そして岩が消えた先に開いた視界が、何が起きたかをレパードに伝えた。

 天井の板が、落下していた。先ほど外したと思っていた魔弾が、木造船の天井を一部はぎ取っていたのだ。すぐには落ちなかったそれは、少年の魔法と同時に、振動でもきたのだろう、とうとう耐えかねて落下した。少年はその下敷きになっていた。指だけがそこから覗いている。打ち所が悪かったのだろう。その指は、ぴくりとも動かなかった。

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