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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
306/992

その306 『手練れとの遭遇』

 セーレまでの最短経路を、走り抜ける。突風でめくれあがった煉瓦の道は、足場が悪く走りづらい。長時間動き続けたせいか、体全体が痛みを訴えている。特にリュイスを抱える腕が辛かった。レパードの走りとともに揺れるのに、構っていられなくなるほどにだ。あまり揺らすと傷に響きそうで、内心で謝る。

(ごめんな)

 だが、出来たらこの揺れで目を覚ましてほしかった。そうすればより安心できる。生きていてくれたことを、もっと実感できる気がした。

 同時に、逃げ切るまでこのまま眠ってほしい気もした。そうしたら、都の惨劇をリュイスがこれ以上見ることはない。少しでも、地獄を見てほしくなかった。

 レパードは、そんな相反する自分の思いにため息をつく。そのとき、何かの音が聞こえた気がした。

(なんだ?)

 そう思いつつも、壊れた風車を跨ぎこそうとして、咄嗟に身をよじった。

 間一髪。何かがレパードのすぐ横を通り抜ける。遅れて舞った髪が一束、風に散らされるように、持っていかれた。

「あら、残念。仕留め損ねてしまったわ」

 女の高い声がどこからか響いた。言葉と関係なく、全く残念には感じられない淡々とした響きだ。周囲を見回したが、姿かたちは確認できなかった。

 身の毛がよだつ。レパードは本能だけで、後方に飛んだ。何かが足元を掬う。同時に靴の一部に傷が入る。何かが通り抜けたような衝撃があった。けれど、肝心の武器が全く見えなかった。風の魔法だろうか。

 ただ、危機感を覚えた。なにせ、リュイスを抱えているのだ。この状態で、敵と戦うのは無謀だ。両腕は塞がっているせいで、銃も取り出せない。かといって、リュイスをどこか安全な場所に下ろす余裕もない。

「何者だ」

 反射的に返していた。まともに言葉を交わそうとしてきたのは、今のところこの女だけだ。会話ができるということは、話が通じる可能性があるということだ。それに、希望を感じたかった。少しでも今回の襲撃について、情報が手に入ると思ったのもある。

 声のする方を向いたレパードの背後で、はっきりと言葉が返った。

「名乗る必要はないわね。どうせ、細切れになるんだもの」

 女の宣言に、甘くはないことを思い知らされる。同時に腕に殴られたような衝撃を感じて、必死にこらえた。リュイスは無事だ。ただ、服ごと二の腕が裂かれた。血が滴る。リュイスを落とすまいと、腕に力を込めたのもよくなかった。

(どこだ?)

 感覚を研ぎ澄ませ、周囲を探る。けれど、何も見えない。あるのは、踏み散らかされた花と、風車の残骸のみ。背筋が凍えるようだった。この女は、戦慣れしている。それを、意識させられる。今までの素人たちとは違う。戦い方に知恵がある。

「ふふっ。これはどうかしら」

 はっとして、後方に飛んだ。前方にあった風車が、吹き飛ぶように散った。腕の傷と風車の壊され具合から、やはり風の魔法のようだと推測する。しかし、その魔法の持ち主が見つからない。

 闇雲に雷撃を放つが、当たっている感じはしなかった。全て避けられているのかもしれない。

「凄いわ。ここまで避けられるなんて。ちょっとは骨のある子がいたみたいで、嬉しいわ」

 声の出どころを探ろうとするが、難しかった。右に左にその声は位置を変える。

 それでも、レパードは右に体をよじった。地面に穴が穿たれ、その周囲をさぁっと砂塵が舞う。

(どうして、俺は避けられる?)

 唐突な疑問が浮かんだ。魔法の正体を掴みかねている。風の魔法かと思ったが、それなら姿が見えない理由がわからない。そんな状態なのに、感覚だけで避けることができている。それにはきっと、理由がある。

「お前たちは何故都を襲ったんだ」

 質問をすることで少しでも相手の気を引こうと考える一方、体が引きつけられるように左に動いた。すぐそこを何かが通り過ぎる。

「それをあなたに答えてどうなるのかしら」

 今度は右だ。すっと避けたところで、

「別に。ただの好奇心だ」

 と返す。

「そう。過度な好奇心は自分の身を滅ぼすわよ?」

「つっ」

 足に痛みが走って、避け損ねたと気がついた。だが、これも掠っただけだ。致命傷ではない。集中を切らさなければ、どうにか防げる。

「でもそう、敢えて答えるなら」

 相手の情報を得るつもりで話しかけたが、会話が殆ど頭に入っていかない。きっと、この会話自体が、女の手口なのだ。会話することで相手の気を逸らそうとする。それが作戦なのだと。

 会話で気を引く。感覚があれば、避けられる。その符号に、はっとした。

「この行いこそが、私たちの使命なの」

「それはお前たちがそう思わされているだけだ。暗示によってな」

 右に左に避けながら、集中する。声の出所を無視して、くまなく周囲を探す。かつての花畑。風車の残骸。それは近場の話だ。いるはずだ。安全だと思われる遠いところ、そしてレパードの様子が確認できる場所に。

「まぁ、詳しいのね。そうよ。『魔術師』様が私たちに暗示をかけて使命を下さったの」

 遠くには、何者かの遺体が転がり、散らされた花畑があり、プロペラの外れた風車が建っている。

「そうか。やはりお前も、あの狂気を孕んだ奴等と同じなんだな」

 確信と同時に、魔法を放った。落雷が、遠くにあった風車に炸裂する。

 女の絶叫がどこからともなく聞こえた。それに合わせて、女の崩れる姿が目に入る。

「そこだ!」

 立て続けに、魔法を放つ。手加減は一切しない。する余裕はなかった。はじけた閃光が女の体を包み込んだ。

 そうして訪れる静寂。周りにあった炎とも違う、焼け焦げた匂いが、風に乗ってやってくる。

 正体は、音の魔法だ。音があちらこちらから聞こえたのは、音を好きな場所に発生させられるからだろう。そして、音は振動だ。音の振動で、ガラスを割る話がある。あの原理を使ったのかもしれない。とはいえ、音で人を傷付けることができるとは、到底思えなかった。

 しかし、レパードはそれだろうと断定する。雷の魔法は、意図して放電させることで鋼をも溶かす高熱を生む。原理はわかるが、正直理解は出来ていない。けれど、レパード自身は本来なら存在するであろう自然界の条件を全て脇に追いやって、感覚だけで使うことができる。恐らくあの女も同じで、原理までは理解していない。けれど、感覚だけでできるものを使わない手はなかった。そういうことなのだろう。

 そして、女は更に周到だった。会話のなかに、その音を織りまぜていたのだ。だから、この女は『魔術師』に、会話をする行為を許された。

 逆に言えばきっと、女は狂気に染まった他の『龍族』よりも、暗示に支配されていた。ああなった存在に説得はきかない。それを身をもって知っていた。だから、全く手は抜けなかった。そう考えてから、首を横に振った。

 いつの間にか、あんなに震えていた手が殺しの味を覚えている。セーレの前の闘いに、都での戦闘。少しずつ慣れていっている自分を、ここで意識した。人を助けるためだ。動かなかったら助けられなかった。そうした免罪符を掲げ続けた先に、狂気を孕んだ『龍族』の姿がちらつく。いつか自分自身が殺人鬼になってしまう気がした。

 振り払うように、再び走り出す。時間がないことが分かっていた。間に合わないことを恐れて、足に力を入れる。傷ついた場所から、血が滲んだ。

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