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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
305/992

その305 『立ち昇る光の柱』

 道場から飛び出て、都の中央、神殿へと駆け抜ける。

 息は荒かったが、目的地が示されたから足取りは軽かった。石畳を蹴りつけて、まずは大通りに出るための小道を走る。左右に立ち並ぶ民家は窓ガラスが軒並み割られていて、すでに人の気配がない。けれど、建っているだけまだましだ。灰になった民家も多かった。それに、まだ燃えている民家もある。

 炎を掻い潜りながら、突き進む。悲鳴も、泣き声も、嘲笑も、どこかへいってしまった。そこにあるのは、終息の予感。全てが凪ぎ払われて蹂躙されきったあとの、滅びの光景だ。

 寂寥とした景色を目に焼き付けていると、再びの不安が胸に沸き上がる。リュイスは、廃墟のようになってしまった都で、本当に生きているのだろうかと。そもそも、本当にリュイスが神殿に向かったのかどうか、確証などない。ただレパード自身が、神殿と書かれた血文字に、リュイスを頼むというメッセージから勝手に解釈しただけだ。ひょっとしたら先ほどの道場のどこかに、リュイスの死体がまぎれていたかもしれないとさえ、過る。その考えが抜けきらない。

 けれど、縋りたいという思いもあった。リュイスを頼むと記した老人が残した言葉を、信じ切りたかった。同時に、リュイスの幸運に、希望を見ていたかった。つくづく思うのだ。レパードに東に行くなと警告しているのに、自分自身は嫌な予感がすると自ら危険な道場に向かった。そんなことはせず、まだ幼い子供なのだから、折角持っている幸運は全て自分のことに使ってほしかった。悪い意味で、リュイスは子供らしくない。

 大通りを飛び出たレパードは、広々とした道を駆る。見上げた空に龍の意識体が漂っている。ゆらりゆらりと、この惨状を見下ろしている。意識体を追いかける形を取りながら、願った。仮にも、土地神ならば、都の惨状を見下ろすだけではなくて、どうにかしてくれと。

 しかし、意識体は神殿の中央に集っていくだけで、何も答えない。意識体が守っているのは障壁であって、その中にいる人々ではないのだと思わされた。

 忌々し気に意識体を睨みつけた、そのときだった。突然の爆風が前方からレパードを叩きつけた。あっと声をあげる間もなく、体が床に叩きつけられる衝撃を感じる。一度宙に飛んだ体が背中から床に落ち、そのまま視界が二転三転する。風に煽られて、転がっていっているのだ。

 視界の端に映ったものにしがみつく。固い石のような何かだ。幸い、安定している。

 急な風は、いまだ止まない。目を細め、指の先にあるものを確認して気が付いた。塀だ。レパードの背の高さほどあるそれの、一番下にしがみつけたようだった。

 しかし、それも一時のことだ。上から順に塀が崩れていく。風の勢いが止まらないのだ。それどころか、次から次へと飛び掛かってくるものがある。屋根の瓦や、置物だ。身を竦めれば、すぐ頭上を掠っていく。

 塀に、床からはがれたと思われる煉瓦がぶつかった。爆風のなかでも、衝撃が響く。音が風に支配されたその中で、レパードの手がついに塀から外れた。

 あっという間に、体が上へと浮かび上がる。そこを狙って飛んできたのは、黒いガーデンテーブルだ。四本に分かれた脚が、レパードの体を狙ってぶつかってくる。

 かろうじて雷の魔法を撃ち放つ。光が飛び散り、その勢いでガーデンテーブルがふわりとレパードの頭一つ上に浮かぶ。レパードに衝突するかと思われたそれは、斜め右へと飛んでいった。

 そうこうする間にも、レパードの体は、遥か後方にまで飛ばされていっている。続いてぶつかったのは、家の壁だった。衝撃に激痛が走る。けれど、この壁のおかげで更に飛ばされる心配はなくなった。痛みをこらえながら、爪を立てるようにしてその壁を横に進んでいく。そうして隅にたどり着いてから、体をぺたりと押しあてた。反対側には、別の家がある。家々の間にはさまることで、風を避ける作戦だ。ほっと息をついたところで、すぐ近くを折れた刃物が横切って飛んでいった。残念ながら、安全とは言い切れないらしい。

 けれど、吹き荒れる風に逆らって、ようやく前方を確認する余裕を得た。

 目を凝らして、様子を探る。次から次へと飛んでくる物の中には、瓦やレンガ、窓ガラスの破片に、風車のプロペラなんてものもあった。それらを身を竦めてやり過ごし、どうにか確認できたのは、立ち昇る光の柱だった。

 恐らくそれは、正しくは光の柱ではなかった。そこにあったのは、風という力の奔流だ。竜巻が連想しやすいが、それとはまた違う。あらゆるものを渦を巻いて巻き込む竜巻と違い、この力は下から上へ突き上げるようだった。そして、溢れた力がもて余すように周囲に押し流れていく。レパードはその力に飛ばされたのだ。

「な、んだ……?」

 そう呟いたつもりだったが、暴風にかき消されて自身にさえその声は聞こえなかった。ただ、レパードの目は捉えていた。

 神殿の上空に集っていた意識体の胴体に、大穴が開いている。思わず目を疑ったが、間違いない。意識体というから実体などないと思っていたのに、確かに龍から大きな空洞ができていた。そうして、障壁に鈍い音が響いた。空洞から亀裂が走っていく。それは見上げていてもはっきりわかる、崩壊の兆候だった。音がどんどん大きくなる。意識体から障壁へ、亀裂が瞬く間に広がっていく。そして――、風が止んだのと同じころ、ガラスが砕け散る音とともに、文字通り、空が割れた。

 ぱらぱらと無数の破片が落ちていく。それが、障壁の欠片だったのだろう。地面に落ちきる前に蒸発するかのように、消えていった。そうして覗いたのは、青い空。先ほどよりも遥かに深い、奈落の海のような鮮やかな空が、そこからはっきりと顔を覗かせる。

「障壁が、消えた――」

 今度の自分の声は、はっきりと聞こえた。風が止んだおかげだ。なんとか、前へと進み出す。体中、擦り切れていたが、大した怪我ではない。だいぶ戻されてしまったが、神殿までは、一本道だ。

 風は、多くをなぎ倒していた。無事な建物の瓦は残らず落下し、灰になっていた民家は跡形もなく消し飛ばされている。その向きは、一定だったため、発生源がどこかわかるようだった。それに、このとき既に予感があった。だから、レパードはまっすぐに発生源へと向かったのだ。

 たどり着いた場所は、神殿の前に広がるだだっ広い空間だった。神殿の柱が何本かあったのだろうが、どれもなぎ倒されていた。これも、全てあの風の柱の仕業だろう。それらを一本一本確認しながら、進んでいく。

「これは……?」

 見つけたのは、崩れた柱に突き刺さった剣だった。都では見たことのない装飾がされている。間違いなく、外のものだ。

 振り仰いだその先で、更に目に入ったものがある。そこにあったのは、衣服だった。ばらばらになったそれは、最後には風に飛ばされたものだと思われた。何故、こんなところにそんなものがあるのか、理解できなかった。ただ、そこにべっとりとついた赤黒いものには、見覚えがあった。

 そっと、目を逸らす。そうして、その先にとうとう見つけてしまった。視線の先に、翠色のものが入ったのだ。

「リュイス!」

 リュイスは、神殿の目前でぐったりと倒れていた。

 慌てて駆け付けたレパードは、リュイスの状態を確認する。生きていてほしかった。

 意識はなかった。それどころか、体中が傷だらけだ。斬りつけられた痛々しい傷口から、血が流れている。けれど、どれも致命傷には至らない。わざと手加減されているようにも見えた。刃物でなぶられるようにして、追い立てられた、そんな感じがした。

「リュイス、しっかりしろ!」

 何度か声を掛けるが、意識は戻りそうにない。けれど、脈はしっかりしていた。生きていたのだ。それだけで、心臓がばくばくと鳴った。幸運の子供という話を信じてもいいと思えた。

 暫く考えた末、抱きかかえる。子供の体だ。抱えられないほど重くはない。

 とにかく今は、安全な場所に行くしかない。そこで、リュイスを休ませなくてはならない。安心できるのはそれからだ。けれど、安全な場所は、どこにあるのだ?

 抱いた疑問に答えられる案は、何も浮かばなかった。唯一の、例外を除いて。

「セーレか……」

 今まで駆けてきたなかで、まだ数名の人間たちが応戦できていた場所は、あの飛行船しかなかった。そして、同時に気が付いていた。あの飛行船であれば、空を飛べる。障壁がなくなった今、誰でも空に逃げられる。

 同時にその逆の危険性に気が付いた。今までは『龍族』だけが都に入って襲ってきた。けれど、主犯は『魔術師』のはずだ。つまり、障壁がなくなった今、彼らはここに入ってこられる。今度は戦慣れした兵士たちがやってくる可能性もある。魔法が使えなくとも銃を持っている彼らに、都の人々は抵抗する術がない。全滅の危険がある。

 レパードは走りだした。一刻も早く、セーレに乗る必要がある。そうして、東以外の場所から逃げるのだ。奴らと鉢合わせしないよう、空の旅を先導する必要がある。何故なら、恐らくレパードだけがあいつらがどこから来たのか知っている。

(間に合え!)

 早くしないと、セーレがレパードを置いて飛び立ってしまう可能性もあった。それもそうだ。戻ってくるなんて約束、取り付けてもいない。普通は置いていくだろう。

 だからこそ、走り出さねばならなかった。

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