表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
302/992

その302 『船上へ』

 セーレに向かって走るレパードの瞳に、赤々と燃え上がる炎が映った。

 飛行船が、燃えていた。甲板の近くの空を飛ぶ『龍族』が、炎の魔法を放ったのだろう。

 燃える船に水をかけて、必死に消火しているのは、船員たちだ。中には『龍族』もいるようで、何もないところから忽然と現れた水が、あちこちに飛び火する炎を包み込んでいく。

 一方で、水をかけている彼らを狙って、他の『龍族』たちが襲いかかる。それを防ぐのは、剣や銃を手に取った残りの船員たちだ。今も空から飛んできた『龍族』を撃ち落とした。甲板に下り立った『龍族』の男には、二人がかりですぐさま剣を振り下ろす。魔法を撃たせる余裕を与えないのが、彼らの戦い方なのだろう。それでも飛行船から火の手が上がったように、魔法を撃たせてしまうことがあるようだ。だからか、急襲者だけでなく船員たちの亡骸が船上に転がっている。何故、船外で戦うレパードたちに、セーレが助けを寄越さないのか、よくわかった。彼らに船の外を見る余裕は全くなかったのだ。

 いつ破られるともしれない緊迫した船上での防衛戦。それを見て、やはりなと納得がいく。ラビリを船に連れてく。それだけで解決とはいかないと、はっきりと悟る。

 そのラビリの荒い息遣いが、耳に入った。だいぶ、彼女に追い付いた。だから、はっきりと見えた。ここまで必死に走り続けた彼女の瞳から、たまらず涙がこぼれていく瞬間を、だ。炎の光に照らされて光ったそれに、レパードの胸は痛まずにはいられない。赤子を抱えているのは、本来なら自分がおぶられていても何もおかしくはない小さな子供なのだ。まだ、七、八歳の子供に、こんな想いをさせるなんて、世の中はどうかしている。

 けれど、感傷に浸っている場合ではなくなった。

 視界の横から、白土色の何かが見えて、レパードはすかさず閃光を放った。魔法と魔法がぶつかり合い、その場ではじける。顔にかかってきたそれを腕で防いで耐えた。一通り落ち着いたところで、服にかかったそれを見る。

 木片だ。目に当たっていたら失明はしていたかもしれない。先が鉛筆の芯のように鋭くなっている。指の先ほどに小さくなった今でも、それはものによっては凶器になり得た。

 目を凝らして、魔法の使い手を探す。空に浮かんだ女が、両手を掲げているのが目に入る。その女が両の手をこちらに振り下ろすと同時に、何かが女の背後からレパードに向かって飛んできた。

 すかさず、雷の魔法で衝撃を与えて、粉々にする。飛来してきたものは、一つではなかった。三つ、四つ、全てを撃ち落としていくうちに、嫌でも気づく。あれは、子供の背ほどはある杭だ。木だからといって油断はできない。穿たれれば、人間の肉をも貫通しかねない。

 砕け落ちた木くずを踏みつぶす音が、聞こえた。視界の端で、ラビリが駆けている。赤子に当たらないようしっかり包んで、頭を丸めて突っ切っている。木片がラビリに襲い掛かるが、彼女は屈しない。危険な尖った杭は、レパードが全て撃ち落としてくれるだろうと、踏んでいるのだ。

 そこにある信頼が、レパードには重かった。歯をきりりと食いしばると、全ての杭を漏れなく撃ち落とす。と同時に、『龍族』の女を狙った。元を絶たねば、いつか撃ち漏らす。ラビリの信頼に応えるためには、絶対に必要な条件だ。

 しかし相手もそれを承知していたのだろう。自分の周囲を無数の杭で囲いはじめる。それを順番に壊していきながら、同時にこちらに向かってくる杭を撃ち落とす。

 きっと、集中力だけがものを言う、『龍族』同士にしか起こり得ない戦いだった。そして、その戦いではレパードの方が分があった。女を守る杭の数がどんどん減っていく。それに合わせて、飛んでくる杭の数も減っていった。女が自分の身を守ろうとしたからだろう。

 残り三本、二本、一本……。減り切ったところに、レパードの視界に映ったのは、別の『龍族』の男の姿だった。

 その男は、セーレのヘリに片足を乗せていた。炎がその手に宿っている。船を燃やす気なのだ。

 それを止めるべき船員が、必死に男へと走っている。剣しか持っていないようだ。銃を所持している船員は別の『龍族』を相手にしていた。

 すかさず切り替えたレパードは、その『龍族』に閃光を当てた。まさか船外から襲われるとは思っていなかったらしい。雷に打たれた『龍族』が、崩れ落ちていく。

 飛行船は飛んでいたわけではない。だから、地面は思った以上に近かった。それでも、広場の外側にはカルタータの障壁がある。その障壁を、『龍族』の体は飛び越えていく。障壁の先にあったのは、崖だ。『龍族』の断末魔の声が、聞こえた気がした。

「助かった!」

 駆け付けた男が、ほっとしたように声をあげた。落ちていく『龍族』の様子を、乗り出して眺めている。きっと、あの『龍族』が本当にやられたかどうか確認しようと思ったのだろう。そのせいで、後ろががら空きだった。

 男の背後に、別の『龍族』が忽然と現れる。

「油断するな!」

 叫んだが、間に合わなかった。『龍族』に斬り伏せられた人間が、手すりへと前のめりになる。先ほどの『龍族』の後を追うように、船から落ちていく。

 その後ろを、赤子をこれでもかと腕の中に抱え込んだラビリが通り抜けた。それで彼女がセーレに乗り込めたことに気がついた。その背後を、杭が襲い掛かる。

「しゃらくさい!」

 レパードはラビリに襲い掛かろうとした杭を撃ち落としながら、こちらに向かって飛んできた杭を持っていた剣で防ぎきる。腕に振動が来て、僅かに残っていた氷の破片がぱらぱらと落ちた。手の感覚はまだ戻っていなかったが、逆にそのおかげか、剣を途中で離すことなく掲げきれた。その間にどうにか、頭の中で考える余裕が生まれる。

 女が、両手を掲げている。その瞬間を狙って、魔法を放った。

 爆音が、周囲に響き渡る。上から下へと駆けあがるような落雷が、そこに走った。その光は、杭の障壁などものともしなかった。落雷で木が燃えるように、杭もまた爆音とともに燃えあがった。その火の下敷きになった女の最期を、確認する時間も勿体ない。

 ラビリに向かって、渡し板を跨ぎ越す勢いで、駆け上がる。先ほど船員を葬ったあの『龍族』に、ラビリが狙われる危険があった。

 その『龍族』は、まだ十六、七の小柄な少年だった。見る者を圧倒する速度で走り抜けていく。水の魔法で火を消火していた『龍族』の喉仏に飛びかかると、鮮血が飛び散った。あっと思ったときには、その近くで銃を構えていた男の体に斬りつけている。さらに、すぐさま翻して、今度はラビリの元へと。

「伏せてろ!」

 ラビリが伏せるのと、閃光が走ったのは、ほぼほぼ同時だった。光が少年の目の前で炸裂する。

「いまだ!」

 声をあげた船員の男が、閃光に向かって走り、剣を翻した。けれど、その剣は空を切る。男の喉が鳴った。きっと気配を感じたのだ。

 そのときにはそう、男の背後に少年がいる。無防備な背中に向かって、容赦なく斬りつけた。

「アスケ!」

 別の仲間が、男の名前を叫んだ。助けようと、駆け付ける。その後ろで、またしても、あの少年が現れた。移動の様子が、確認できなかった。

「後ろ!」

 ラビリの叫びが間に合った。剣と剣のぶつかる音が響く。けれどまた、少年の姿が掻き消える。

 レパードは今度こそ確信する。動きが早くて見失ったのではない、文字通り消えたのだ。

 からくりに気が付いて、叫んだ。

「あいつは、影を移動する魔法の持ち主だ!全員足元を注視しろ!」

 次の瞬間、ラビリが小さく悲鳴を上げる。ラビリの影からにょっと生えてきたのが少年の頭部だったからに他ならない。けれど、ラビリは同時に気が付いていたようだ。この中で一番狙われるのが最も弱い自分だということに。その手には、渡したままだったあの銃が握られていた。ラビリの指が引き金にかかり、引ききる。

「えいっ!」

 魔弾として放たれた力が、雷光のようにはじけた。勿論、レパードが合わせたのだ。

 目をつぶったラビリの目の前で、影を失った少年が慌てて距離をとる。腕に命中したらしく、手を抑えているのがシルエットだけでかろうじて分かった。

「そこだ!」

 そこに向かって更に閃光を走らせる。雷鳴が空気を震わせ、雷撃が焼け焦げた匂いを発した。少年の体が、雷に打たれて空を舞う。

 その機会を逃すまいと、船の男たちが殺到する。すぐに片がついた。

「無事か?」

 ラビリは驚いたように目をぱちくりさせていた。

 それに近づき声をかけると、レパードを見上げる。桃色の瞳は泣きはらしたように赤くなっている。それでも、どこかほっとした表情は、赤子を守りきった姉の顔だった。

「あの、ありがとうございます!私はもう大丈夫です。だから」

 ラビリはレパードの手に銃を返す。そのついでに、レパードの手を優しく握った。

 レパードの凍りついた手は、残念ながらまだ温度を感じない。それでも、人間らしく笑ってやるだけの余裕は残っていた。

 切り替えたのか、ラビリは再び船の外へと視線をやった。そこは、まだ戦場だった。空を舞うのは、襲撃者である『龍族』たち。その魔法に魔法をぶつけているのが、マレイヤをはじめとするカルタータの者たちだ。レパードが駆けつけたときに比べて、両者とも人数は減ったが、きっと現状は大して変わっていない。

「他の子供たちを助けてください」

 ラビリのお願いに、嫌でも意識させられた。今ここで助けられたのは、ラビリと赤子二人だけであることを。その間になくなった人々の数の多さを。

「リュイスという少年を知らないか」

 ラビリにすぐにそう切り返す。子供同士なら知っているかもしれない。その可能性に掛けたかった。

 実際、彼女は知っていた。

「リュイスは嫌な予感がするって、実家に」

 なんということだ。レパードは息を呑む。ここに、リュイスはいなかった。実家が果たして安全だとは思えない。確かにリュイスの家は、道場だ。戦える者は、何人かいるかもしれない。けれど、早く駆け付けたかった。もし手遅れになってしまったら、ティルツに顔向けできない。

「あの、リュイスのお知り合いですか」

 ラビリの質問に、なんと答えたものか躊躇う。命の恩人。やはり、それが適切だろうか。

 悩む間に、ラビリは続けていた。

「すみません。彼のことも、どうかよろしくお願いします!」

「あぁ」

 互いに詳しく語る暇はない。今はただ、一人でも多くを救い、そうして目当ての人物にたどり着く。それだけだ。

「彼女を頼む」

 近くにいた男に声を掛ける。すぐに頷いた優男風の男は、ラビリに向き直って話をし始める。

「船内の一室で子供たちが退避している。そこにいくんだ」

「はい!」

「この先、船内に入り込む奴等がいるかもしれない。なるべく静かにしているんだよ」

 二人のやり取りを背中で聞きながら、船を下りる。飛行船にちょっかいを掛けようとした新手の『龍族』だろうか、影が映った。すかさず、閃光を浴びせて、駆けだした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ