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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
301/991

その301 『ラビリとともに』

 ラビリの右手から閃光が走ってくる。レパードの手から発せられた閃光が、その光にぶつかった。その場で弾けた力が、稲妻とともに周囲に霧散する。落雷のごとき爆音が、響き渡った。

 驚いて立ちつくしていたラビリだが、眩しさに目が慣れたらしい。赤子を強く抱きしめて、再び走り出す。

 音に驚いたのか、赤子が泣いていた。

 声に引き付けられるように、左手から『龍族』の男がやってくる。雷の魔法をぶつけた相手ではない。全くの新手だった。男は、眦をこれでもかと吊り上げて、剣を振りかざしながら、駆け込んでくる。

「させるか!」

 剣で防いだ途端、両腕に衝撃がくる。同時に、前方から襲いかかってきた閃光を、先ほどと同じように、魔法をぶつけることで遮る。同じ雷の力が拮抗して、爆散した。

 光の中を掻い潜って、ラビリが進む。飛び散った雷が掠る危険はあるが、眩しい光と激しい音は同時に目眩ましになる。それがわかっていて突っ込んだとしたら、大した判断力だった。

 ところが、レパードには、その姿をのんびり見届ける時間はなかった。手元が異様に冷たくなっているのに気が付いて、小さく呻く。相手の剣を通して、自身の手が氷に覆われていくところだった。

 やられた。先ほどレパードがやったことの仕返しがここで、きた。

 慌てて剣から左手を離した。氷の破片が左手からぱらぱらと舞う。冷たいが、まだ動かせた。ただ残念ながら、右手までは離せない。剣を支えるそれを外してしまったら、斬られるだけである。かといって、両手で一気に相手の剣を押しきる余裕もなかった。右手だけで何とか剣を支えながら、同時に足を動かそうとして気が付く。足が地面から離れない。靴の周囲から地面にかけて氷が張り付いていた。手だけではない。むしろ、逃げないようにだろう、相手はレパードの足から先に凍らせにかかっていたのだ。

 ラビリの方を見やれば、『龍族』の男が飛び掛かろうと駆けていくところだった。先ほどの雷の魔法の持ち主だ。金髪を逆立てた男の瞳には、ラビリしか映っていない。彼女が、危ない。

「ラビリ!」

 叫んでから無事な方の手で、銃を投げる。冷たさのあまり、手元が狂った。地面に叩きつけられた銃が、宙を舞う。ラビリが、慌てて駆け戻ろうとする。その銃に向かって、まっすぐに走る。

 後方から追いたてるように、『龍族』が迫ってくる。男の閃光の魔法が、ラビリを襲う。

 ラビリが、光に呑まれていく。

 その瞬間を、ただ凝視しているしかなかった。


 肝が冷える心地がした。

 閃光が消えると、レパードの眩しさにやられた目も、徐々に視力が戻ってきた。そこに、ラビリの輪郭が浮かぶ。

 光を突き抜けて、ラビリが走ってくる。かろうじて、避けきったのだろう。子供で背が低かったのが幸いしたのかもしれない。左手に赤子を抱き抱えて、銃を拾いきった。

「てきとうでいいから撃て!」

 ほっとする暇もないまま、叫んだ。

 はっとしたラビリが、自分のすぐ後方にいた『龍族』相手に銃を構える。この閉鎖的な都で、子供が銃を撃つ機会などまずないだろう。それに、怖かったに違いない。レパードですら、人を前にして指が震えるのだ。

 けれども、ラビリに掛けるしかなかった。体が凍っていくのに合わせて頭の芯が焼けるようだ。逃げ出したかったが、この頃には膝の方まで凍りついている。それに、ズキンズキンと響く頭痛を必死に黙らせるので、精一杯だった。だから、いつものように、魔法が使える気がしなかった。せいぜいレパードにできるのは、指向性のはっきりした銃に、魔法を込めるだけだ。彼女の強さがなければ、生き延びることができる状況ではなかった。

 そして、ラビリはまんまと答えてみせた。引き金に手をあて、一気に引ききった。反動がきたのか、驚いたように仰け反る。狙いもひどいものだったが、撃つときには、一切の躇いがなかった。背負っているのが自分の命だけではないからだ。だからきっと、助かった。

 レパードが魔法を放つタイミングと、ラビリが引き金を引く瞬間がぴたりと合わさる。はじめてにしてはばっちりのまさに完璧なコンビネーションで、銃から魔弾が放たれた。

 まさか子供が銃を撃つとは思わなかっただろう。更に、そこから発せられるのが魔弾だと予期できたはずがない。『龍族』の男は、驚いた顔をした。それでも避けようと、僅かに仰け反る。

 それだけで、終わった。男には少し避けただけで十分だった。そもそも、狙いは外れていたのだ。それがわかった時点で、男に避ける理由はない。コンマ数秒のことだ。ヒュッという虚しい音とともに、魔弾が男の横をすり抜けていく。

 その瞬間、閃光が弾けた。魔法なのだから、的中させる必要などないのだ。正直に言うと、全く狙い通りではなかった。思考が鈍っているお陰で、魔弾らしい挙動にならなかっただけだ。その結果、稲妻が地面を駆けまわった。半ば暴発しかけた魔法に巻き込まれた『龍族』の男は、きっと不運だった。避けきれるはずがない。人の焼け焦げる匂いが、辺りに充満した。

 レパードは、思わずうめき声をあげた。男への同情ではない。寒さが痛みを伴って突き抜けたのだ。

「人の心配をしている場合か?」

 向かい合っている『龍族』の男が、そう声を掛けてくる。確かにその通りだった。体中が凍りつき始めている。がちがちと歯が鳴っていた。男は、このままレパードを氷漬けにするつもりのようだ。

「レパード!」

 ラビリが何度か引き金を引く音がする。けれど、魔弾は発せられない。レパードの集中力は尽きていた。寒さとそれを超える痛みが、頭の中で響いている。まるで、脳内でドラムを叩いているかのようだ。

 明滅する視界に、必死に耐える。レパードの瞳が視ていたのは、男の後ろに見える、影だ。

 影が振りかぶり、そして――、

「あんたも、自分の心配だけしてな!」

 まるで氷を砕くような音ともに、目の前の男が崩れ落ちた。その勢いで、魔法の効果が切れたらしい、氷が途端に砕け落ちていく。

 よろめいたレパードに、先ほどまで影だった女が腕を支える。

「無事かい?」

 正直、声を発するのも堪えた。唇が満足に動かない。無理やり体に動けと命じて、何とか口にする。

「あぁ、助かった」

 目の前にいたのは、野性的な美しさを持つ、金髪の女だった。斧を片手で掲げているあたり、力に自信があるのだろう。顔に血糊がついたままで、自己紹介をし合う。

「レパードだ」

「マレイヤ。狩人だよ」

 この女が、リュイスの言っていた狩人か。きりりとした鋭い金色の瞳が、褐色の肌に映えている。長い耳も間違いなく、『龍族』としての特徴を備えていた。

 互いの簡易な紹介が終わった後、狩人である女は斧を背に収めて、弓を射る仕草をする。途端にそこから風が集い、ラビリの背後に向かって穿たれた。

 はっとしたラビリが振り返ったその先で、眉間を射抜かれた『龍族』が倒れている。レパードはすぐに気が付いた。この女は、間違いなく手練れだ。だからこそ、『龍族』たちの急襲にあって、今まで持ちこたえてきた。

「行きな!まずはお嬢ちゃんをセーレまで運ぶんだ。あそこには仲間がいるからね!」

「あぁ」

 言葉少なく返事をし、レパードはラビリに向かって走った。足は何とか言うことを聞いた。動くのに合わせて、表面の砕けた氷がシャラシャラと散っていく。感覚はなかったが、無理やりにでも動かせば、レパードの体は言うことを聞いた。雷の魔法は、自身の体にも影響するものだ。

 ラビリもレパードの意思に気付いて、くるりと体を反対に向ける。先ほど倒れた『龍族』を追い越して、セーレへの合流を優先させる。船はもう目と鼻の先だった。あと少しの辛抱だ。

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