その297 『狩り』
都を出た先に広がっていたのは、岩が点在する砂地だった。都と違い、朝霧が濃く残っている。それでも見回せば、東西南北全ての様子を確認できる。東には平地が、西には湖が、北には森が、港を迂回した先、南には山があるのが垣間見えた。リュイスの要望は東以外。そしてレパードの目的は周辺の散策と鳥を狩ることだ。ひとまずと、北へ足を進める。
(おっと、早速か)
森、正しくは林というべき規模だったが、にたどり着いた途端、野鳥の鳴き声が耳に届く。レパードは早速銃を引き抜いた。猟銃ではない、馴染みのある自身の所持品だ。鳥を狩ると分かっているからか、恐怖心は沸いてこない。腰を落としながら、ゆっくりと近くの木に近づく。そこから、こそっと様子を見回す。
すぐに見つけた。数本先の木の枝に、鳶色の鳥が止まっている。三羽だ。一羽の口に虫が咥えられていた。それをもう二羽で取ろうとしている。食べ物の取り合いに夢中で、レパードには全く気付いていないようだ。
随分警戒心が薄い。というのが、真っ先に抱いた感想だ。この辺りは危険な魔物が少ないのだろうか。都の狩人も、時々しか森に入らないのかもしれない。危険がこんなに近くに迫っているのに全く無警戒なのは、カルタータのある大陸以外ではありえないことだ。レパードの知る鳥なら、今頃レパードの存在に気が付いている。自慢ではないが、鳥狩りは得意ではない。気配を殺すのは下手な自覚がある。
それでも、ここの鳥ならば簡単に狩ることができてしまう。
レパードの魔弾が発せられると、虫を咥えていた一羽が、たまらず嘴から離した。落ちていく虫の後を追うように、落下していく。続けてもう一羽。驚いた様子で飛び上がったが、動きが遅い。すぐに二発目がその翼を撃ち抜いた。さすがに三羽目は、その時には逃げ出している。
レパードは深追いはせず、まずは撃ち抜いた二羽に近づいた。撃ったのは魔法であって、実弾ではない。だから、鳥たちは一見すると無傷だった。気を失った状態で、茂みに落下している。
念のため絶命させてから、持ってきた革袋に投げ込む。血抜きをして捌いてから渡しても良かったが、祭壇に捧げるのがどうとか言っていたのを思い出したのだ。血も使うのだとしたら、下手に手を入れない方がいいだろう。
それにしても、とレパードは首を捻る。魔弾で外傷が見られないのはどうなのだろう。レパードの認識だと、魔弾とは被弾した際閃光が走るが、それ以外は通常の実弾と変わらない。ラヴェがよく使っていたから、これでも詳しいのだ。そしてレパードが首を捻っているように、詳しい者がみたらレパードの弾はただの魔法だとばれてしまう。
(魔法の込め方が、いつもと違うのか)
何せ感覚で使っているから、ただ銃から発せられる魔法という印象しか持っていなかった。だが不完全ならば、今のうちにここで練習しておく必要がある。
(あと一羽か)
無駄に狩るのもよくはない。少なくとも今日は三羽。それ以外は狩らないという方向で考える。自然、練習回数も残り一回となる。
何はともあれと、再び林を歩き出した。何本か木々を通りすぎたところで、すぐに別の鳥を見つける。
(あれは、小さすぎるか)
雀だろうか。同じ鳶色でも大きさが小さい。あの大きさでも一羽は一羽だが、折角ならと欲が出た。
それがいけなかったのだろう。続けて見つけた鳥は、更に一回り小さかった。そして、その次も。
ろくな獲物が見つからないことに落胆しつつ、草木をかき分ける。その目の前に広がっていたのは大海だった。林を抜けたのだ。
こうして、ほぼ水平線上に海を拝むのは、始めてかもしれない。群青が、見渡すかぎり続いている。奈落の海の波は空模様に関係なく荒れており、そこから海獣の体のような銀色の何かが時折覗いている。
林を抜けたすぐ下に僅かに草地が残っていた。そこから少し歩けば、その先はもう崖だ。知らずに林を全力疾走すれば、勢いで落ちている危険すらあった。
(海が、近いな)
だから、草地に近づいて見下ろせば、深い霧の間から同じ漆黒の海が広がっている。それは手を伸ばせば届きそうなほどに、近いと錯覚させられた。
この都は、低空を浮かんでいるのだ。
「ん?」
海の先に、何かが見える。ちらちらと光のように瞬いて、すぐに波に呑まれていく。暫く目を凝らすうちに、その光が線を描いているのに気が付いた。浮かんだのはカルタータの障壁だ。あれと同じ文様が、海面に覗いている。
(あれはなんだ?)
答えは出なかった。都の人間なら知っているかもしれない。帰ったらティルツあたりに聞いてみるかと考える。そうして顔を上げた先、視界の端に黒い羽が映った。
「おっ」
大物だ。黒い羽に白い胴体をした鳥が、海上から大陸に向かって飛んでくる。大陸に乗り上げると、そのまま左手にある丘へと直行した。
レパードはすぐに足を早めた。鳥を追うように、丘の上へと登っていく。そうして、手に持った銃を構えた。照準を鳥に定める。鳥はわかっているように、上へ下へと風に揺られて飛んでいく。それを追いかけるレパードの銃も、同じように上へ下へと揺れた。そして、
(ここだ!)
引き金を引き抜くのに合わせて、魔法をありったけ銃に注ぎ込む。
瞬間、鳥が一声鳴いた。背中から貫通した痛みに耐えるような、悲痛な声だった。そうして力尽きたように地面へと落下していく。
レパードはすぐに丘を駆け上がった。目の前に、黒い鳥が見えてくる。飛んでいる姿も大きかったが、こうしてみても大きかった。そのままでは、革袋に入りきらないと心配になるほどだ。
背中から射抜かれた痕が、はっきりとそこに残っていた。屈めば、硝煙のような匂いが鼻を掠める。先ほどとは違う手ごたえに、手が震えている。
鳥は既に絶命していた。すぐに血抜きをすますと、羽をむしり、さばいていく。できることなら血も確保したいところだが、背中から首にかけて大穴が開いているのだ。さすがに無理であった。
一通りの作業を終えると、同じように袋に入れる。そうしてほっと一息をついてから、自分のいる丘の上がやたらと暗いことに気が付いた。見上げて、その理由に思い当たる。
上空に見えていたのは、分厚い雲。そして、大地だった。逆に天から見下ろすと、丘の一角が上空にある大陸と重なってみえるのだろう。
上空にある大地がどの大陸に当たるかは、すぐに思い当たった。十中八九、レパードが半年以上前にいた島、ラヴェの故郷だろう。あの雨雲の集まり具合といい、歩いてきた大陸の形といい、特徴がよく似ている。レパードは、あそこから落ちてカルタータにやってきたのだ。それ以外に、たどり着く手段は思いつかなかった。同時によく生きていたなと思う。普通、あの高さから落ちたら死んでいる。無意識に羽を出したのだろうか。それすらも覚えていないレパードとしては、自分の幸運に感嘆するしかない。
目の前の光景にふうっとため息をつく。それから何気なく、東側に首をやった。
レパードの瞳が、大きく見開かれる。
リュイスが東に行くなと言っていた、その理由がこの丘の位置からなら見えてしまった。
東にあったのは、なだらかな平地だ。そして、深い霧を抜けた先に山脈があった。都からみると突然せりあがったようにみえる、連なった山々。平地からは霧が深すぎるがゆえに、山の存在すら確認できなかった。それが丘の位置からだと、山の反対側の光景をも知ることができる。丘の分だけこちら側が出っ張っているからだ。
「おいおい、嘘だろ」
そこにあったのは、飛行戦艦。しかも一隻ではない。レパードは目で追いながら数える。
「八、九、十……。まじか」
これほどの戦艦が揃うのを、過去に見たことがない。戦慄が走った。
「都は?」
戦艦が向かう先が、まさか海ということはあるまい。連なる山々、霧、平地と視線を移動させていく。そうして、レパードの目に飛び込んできた光景は、半年間過ごした白亜の美しい都ではなかった。
そこにあったのは、赤と黒と白。滾る赤に覆い隠すような黒煙が、白亜を飲み込もうとしていた光景だった。都が燃え上がる姿である。




