その293 『リュイスの生い立ち』
リュイスの姿が見えなくなった頃に、レパードは聞いてみることにした。
「この都は平和なイメージがあったんだが、違ったのか」
両親とも亡くなったというリュイスの話が気にかからないといえば、嘘だ。
「平和さ」
レパードの問いに、ティルツの声は淡々と返る。
「平和にも関わらず、焦る者はいる」
「焦る?」
その言葉だけでは、意味が分からない。ティルツの表情を確認すべく見上げようとしたが、彼の顔は夕暮れの光に隠れてよく見えなかった。
「ときに、君はどんな魔法を扱える?」
答えようとしたレパードを遮って、ティルツは続ける。
「いや、答えなくていい。君は、雷の魔法を扱えるようだ。扱える力も、大きいと思われる」
当ててみせたティルツは、続けて語る。
「リュイスは風の魔法を使う。力はこの都中の誰よりも大きい。八龍に匹敵するほどだ」
「ティルツ、お前は」
レパードは彼の魔法を確認する。
「視えるのか?」
レパードの確認に首肯する仕草が、地面に伸びた影に微かに現れた。
「あぁ、人の魔法の種類とその人が持つ力の度合いが視える。それが私の力だよ」
続けて、ティルツは語る。
「ある晩のことだ。大した力を持っていなかったはずの赤子を連れて、数人が私の診療所に駆け込んできた」
赤子は、都のはずれにある祭壇で一人泣きわめいていたという。その周りには、両親と思われる死骸があった。
「彼らの両親が一度、私の診療所に訪れたことがある。あの時、片親から視えた力は『未来視』だった」
「未来視?未来が文字通り視えるってことか」
「その通り。きっと、何かが視えたのだろう。そして、二人は祭壇で何かをしたんだ」
その結果、赤子を残して両親は死に絶えた。一体、何が視えたというのか、今となっては分からないと。
「その赤子がリュイスなんだな?」
レパードの確認に、頷きが返る。
「そして、桁違いの魔法を秘めていた。あの力のあまり感じられなかった赤子がだ。いや、それだけじゃないな……」
ティルツは思案するように、ぽつりぽつりと語った。
「彼は幸運を引き寄せるようになった」
その言葉に、理解が遠のいた。
「は?幸運?」
「例えばこんな話がある。赤子の目の前に5つの箱があって、その1つにだけ玩具が入っている。そうすると、赤子は必ず玩具の入っている箱を開けようとする。他の箱には見向きもせずに、だ」
「それは、魔法を使ったとかじゃないのか?」
箱の中に風を送り、その空気の動きで物が入っているかどうか調べる。そういうこともできないわけではないのかもしれない。あくまで想像で、レパードはティルツの説明をはねのけた。
「それなら、これはどうだろう。宝くじ、という観念が外にあるのかは知らないが、それを引くと必ず当たりがでる。何回やってもだ」
「まぁそれは運がいいんだろうな」
「こんな話もある。狩人の一人がリュイスに声を掛けられた。今日は何があっても西にいってはいけない、東に向かえと。あまりにも真剣に言われるので、子供の言うことだが信じることにしたらしい。すると」
夕日の光で眩しくて、相変わらず表情は見えない。
「大型のイノシシを捕えることができた。それどころか、次の日、西に向かうと崖が崩落していたらしい」
「それは未来視ってやつか?」
リュイスが親の血を受け継いで未来を視ていたならその助言もわかる。
「いいや、何度も言うが彼が使うのは風の魔法だ」
あくまでティルツはリュイスが幸運を引き寄せていると言いたいらしい。
「それなら全て偶然だろ?そんなものは魔法でも何でもない」
「そう、偶然だ。偶然で幸運を引き寄せている」
「それなら……」
言いかけて、レパードは言葉に詰まった。けれど、ティルツの考えではこうなるはずだ。
「俺をリュイスが助けたというのも、幸運につながるのか?」
助けられたレパードからしてみれば、確かに幸運かもしれない。けれど、リュイスからみたら余計な苦労を背負い込んだようにしかみえない。
「リュイスが拾ってきたのではなかったら、私はこんなに手厚く看ないがね」
「おい」
仮にも医者らしからぬ発言に、レパードは呆れ果てる。
「まぁそれは冗談だとしても、何かあるのだろう。君を助けたことへの意味がね」
リュイスに助けられた意味。正直、レパードにはあるようにみえなかった。こんな風に生き延びて、むしろどうしたものかと考えあぐねていたのだ。そんなレパードに、生きている価値があるようには自分では思えるはずがない。ただ、こうして思いがけず命を拾ってしまった以上、再びラヴェの元には戻るべきだと、薄っすらと思い始めている。
「少なくとも、君はリュイスの事情を気にしないだろう?それは、彼にとって良いことには違いない」
レパードは暫し黙考した。ティルツが伝えたかったことを、まとめてみる。
「つまり、他の連中はリュイスを特別扱いをしているのか」
幸運を招き寄せる子供。或いは、平和な都で両親を早いうちになくした可哀想な子供という見方もされているのかもしれない。ティルツが、リュイスをやたらと目に掛けているのは、それが逆に心配なのだろう。
「そういうことかな」
「その割には、俺に事情を話したな」
ティルツの曖昧な肯定に、レパードはしっくりしないまま突っ込んだ。事情を知らないレパードがリュイスに普通に接するのは当然だ。だから、レパードには知らせないままにすればいい。両親の件は、レパードの失言から発覚したが、言わせてもらえば都の外には両親がいない子供など大勢いる。それでリュイスへの態度が変わることなど、万が一にもない。言及すると、「それだよ」とティルツが告げる。
「君は事情を知っても、変わらずに接するだろう?」
どこか確信した言い方に、「まあな」と肯定するしかなかった。
実際、リュイスに対して思うところが変わったかと言われれば答えはノーだ。都という狭い世間では当たり前のことが、レパードにはどうでもよいことにみえる。家族を失おうが、やたら強運だろうが、それだけのことだ。それを見越して話したということは、ティルツの望みはこのままリュイスとの関係を続けてほしいということらしいとまで推測した。
「だが、俺はいつかはここを出ていくぞ?」
降り仰いで確認したうえでのレパードの宣言に、ティルツは「分かっている」と頷く。
「それまででいいんだ。何も一生いてくれとは言っていない」
夕暮れの陽が落ち始め、ようやく表情が垣間見える。どことなく暗い顔はらしくもなく、神妙に見えた。本来なら酔っているせいで赤いはずの頬も、光のせいでそうは見えない。
「分かっているならいい」
答えながらも、今の話を繰り返し考える。レパードからみると、ティルツこそリュイスにこだわりすぎだと思えた。確かに、リュイスは子供にしてはどこか聡すぎる節がある。それは周りの態度も影響しているかもしれない。けれど、それを赤の他人の医者が心配することではないだろう。それともカウンセリングもこの医者の範疇なのだろうか。
診療所の入り口が見えてくる。
「しかしそれで、リュイスを天使呼びしているのか?」
幸運を呼び寄せるという意味合いでリュイスを天使と呼んだとしたら、なんとなく意味がつながる。それに、先ほど考えた、気にしすぎるティルツ像への嫌味もあった。
そんなレパードに、しれっとティルツが答えた。
「いいや、全く」
ガラス扉に、モノクルをした男のにんまりと吊り上がった笑みが映る。夕暮れにその笑みは、悪魔が笑っているようで不気味すぎた。
「ただ美しいものを天使と呼ばずに何と呼ぶ?」
「よく分かった。お前は少し自重しろ」




