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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
291/991

その291 『優しさに甘えて』

 1ヶ月後のある日、学校がないから明日は早く来ると言っていたはずのリュイスが、昼近くになってもこなかった。何か用事ができたのだろうかと考えているところに、ふいにノック音が聞こえてきた。

「失礼します」

 珍しく遅かったなと思いつつも返事を返したところで、レパードは固まる。

 リュイスとティルツが車椅子を押してきたのだ。

「折角晴れているので、少しの間だけでも外に出てみませんか」

 そうにこりと笑うリュイスを前にして、レパードに拒否権はない。そもそも既に車椅子を持ってこられた時点で、レパードに物申す選択肢はなさそうであった。

(ティルツの発案だな)

 ちらりとティルツを一瞥するが、素知らぬ顔で無視される。そのわざとらしさに、間違いなく奴の仕業だと直感した。

 別に塞ぎ込んでいたつもりはないが、はじめにティルツが焦らしたカルタータの秘密は大方解けている。それで、新たな楽しみとやらを準備したつもりらしい。

 とはいえ、車椅子に乗り込むのも一苦労だった。なかなか言うことをきかない体を前に、苛立ちが募る。一方で、それでもまだ動くようになると保証されているだけマシだと考える自分がいる。ギルドには、体の一部がなくなったり不自由になったりする者が後を絶たない。魔物狩りの仕事についていなくとも、飛行船に乗り込むということはいつも危険と背中合わせになることを意味する。しかし、『龍族』であるがために都に定住することの適わないレパードは、大抵を船の中で過ごしてきた。こんな生活を続けて今まで無傷でいられた。それどころか瀕死の重傷を負っても目以外は治るというのだから、間違いなく強運だ。

 車椅子に乗せられたレパードはいつもより視線が低く感じることに少し驚きを感じる。見回した病室が、どこか違って見えるのが滑稽だった。

 車椅子を押すのはリュイスだ。病室の扉を、ティルツが先どって開ける。

 狭い廊下が出迎えて、レパードはきょろきょろと周囲を見回した。初めて病室から外に出た。想像以上に病室の外はこじんまりとしていた。運ばれている間に、自分が出てきた部屋と同じような場所があることを確認する。それも二室だ。思ったより病室が少ないななどと勝手な感想を抱いているうちに、待合室までたどり着く。待合室の先には受付が見えていた。受付といっても看護師はいないと言っていたから、実質機能していないのかもしれない。少なくとも今は無人であった。

 ころころと運ばれていくレパードは、外からの光を感じてすっと目を細めた。光を敏感に感知する右目は、我ながらどうなっているのだろうと思う。見えていないはずなのに、左目に合わせて眩しいと感じるのだ。

 レパードの様子に気付いたように車椅子は止まり、目が慣れるまでその場に待機した。ティルツの指示か、リュイスの気遣いか、言葉にしていないというのにやたら的確だ。

 そうして目が慣れるまで待ったレパードは、外からの光がガラス扉を通じて入ってきたものだと気が付いた。ガラスの向こう側に何かが張られている。光を通して文字が透けて見えた。『CLOSED』。

 その文字を確認した途端、肩の力が抜けた。レパードを連れ出すためにわざわざ診療所を閉めたのだろう。

「仮にも診療所が店じまいしちまっていいのか」

 急患が出たらどうするんだ、書き置きでも残しておくのか。と聞くと、ティルツが呆れた顔をした。

「外はよほど人材不足と見える。医者ぐらい幾らでもいるだろう」

 その言葉には唸るしかない。

「……カルタータは人材豊富だな」

 そういうと、リュイスが少し困った声で説明した。

「カルタータもそんなにいないです。ティルツさんとレヴァスさんぐらいですよ」

 言われて、何だ嘘かと納得する。確かに医者がそんなにいたら看護師にも困らないだろう。

「レヴァス兄さんは百人力だからね。人材豊富で間違いはないよ」

 やんわりと諭すティルツに、レパードは呆れかえった。

 それにしても兄弟で医者をやっているらしい。ティルツが弟とは、そのレヴァスとかいう人物、さぞ苦労していそうだ。

 そんなことを話している間に、扉の前にたどり着いた。ティルツがガラス扉を開け放つ。

 ふわりと風がレパードの頬を撫でた。その感触に、久しぶりの外を意識する。車椅子が運ばれ、体が診療所を出る。風の次に感じたのは、匂いだった。土の匂いがする。どこかで雨の匂いも漂ってくる。こんなにも、外にはいろいろな香りがあったのかと、素直に驚きを感じた。それに、世界が鮮やかだ。白ばかりが目に付く都だと思っていたが、こうして外に出ると意外にも色に溢れている。青い空を白い鳥が駆けていく。家々の前にちょっとした花壇があった。そこから赤やピンクの花が咲き乱れている。子供たちが走り抜けた先で、女が黄色の鞄を肩に掲げて歩いていた。赤い帽子をかぶった男が、民家の前で黒色の鞄を漁っている。暫くすると茶封筒を取り出した。手紙のようだ。

 色と同時に、音も溢れていた。鳥の鳴き声、人々の笑い声、歩く音、駆ける音、話し声。どこからか水の流れる音まで。知っていたはずの世界が、鮮明になった瞬間だった。一カ月という期間は意外と長かったらしい。時間が知らぬ間に、レパードから、溢れるばかりの情報を少しずつ掠め取っていたのだと気付かされる。

 広場に出たところで、リュイスが、あっと声を発した。

「あ、ここです。ここで倒れていたんです」

 リュイスが、レパードを拾った場所らしい。広場は閑散としていたが、植木は手入れされているらしく整っていた。水の音に見やれば、中央には噴水もある。

 レパードには正直、あのときと全く同じ場所とは思えなかった。意識が朦朧としていたからだろう。 水の音も、植木も全く記憶にない。

「今日の目的地は、もう少し先だ」

 からからと車椅子が音をたてて、進んでいく。噴水を通りすぎたその先は、スロープになっていた。スロープのはじめで若干強引に傾けられたものの、そのあとはすらすらと進んでいく。

「重くないか?」

 6つやそこらの子供に、この急な坂を引くのは辛いだろう。そう思って聞いたが、健気にも、

「大丈夫です」

 と返ってくる。声が弾んでいるので、本当に辛くないのだろう。むしろ、この先にレパードを連れていくのを楽しみにしているようだ。

 どうして、この少年はそこまで親身になってくれるのだろう。ふいに、そんな疑問が沸いた。周りが見ているだけのなか、傷だらけのレパードに声をかけた。そうして、医者につれていったという。医者に引き渡したのだからそれでよいのに、そこで満足はしなかった。朝晩殆ど欠かさず、通ってくる。しかも、必ずといっていいほど朝にはサンドイッチを持ってきた。遊びたい盛りだろうに、放り出すことをせず、優しく接し続ける。それが知己の者ならともかく、名前も語らない男に対してだ。

 もし、リュイスがレパードのことを人殺しだと知ったら、助けるだろうか。浮かんだ疑問に、嫌な奴だなと自嘲する。心優しい少年に助けてもらった。それだけでいいはずなのに、どうしても自身を卑下したくなる。生きるために手を汚したから、誰かに裁いてほしいのだ。けれど、同時に知っている。裁く権利があるのは、レパードを助けたリュイスではなくラヴェだ。リュイスにこれ以上迷惑は掛けられない。

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