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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
289/992

その289 『水準の高さ』

「失礼します」

「あぁ」

 夕刻になると、リュイスが病室へと顔を出す。

 昨日は眠ってしまったのでどうだか知らないが、普段はほぼ毎日のように欠かさずやってくる。

 返事を返したレパードに、リュイスはにこっと笑いかけた。昼間は疲れる医者の相手をしているので、ティルツではないが純粋な笑みにほっと一息つける気がする。

「今日はティニアセージを摘んできました」

 そう言って机の上に置いてある花瓶の水を取り替える。ティルツは看護師がいないと嘆いていたが、レパードの病室の掃除や片づけの類は全てリュイスがやっている。毎度のことながら、できた子供だった。

「今朝言っていた花当番って奴のか?」

「はい、そうです。皆で育てた花を少しいただけることになりまして」

 レパードは花には詳しくないのでティニアセージという花の名は知らない。だが、桃色の花が連なる様子はよく映え、同時に香りも良かった。リュイスに聞くところでは、茶としてこの花の蕾を浮かべると、花は熱を感じて花開き、湯の流れに合わせてくるくると廻る。そうして湯にさらされた花弁から桃色が湯へと流れる。その見た目の美しさに加えて、香りも今より強くなるということで、大変重宝されているらしい。

「飲みたければ、準備しますけれど」

 リュイスの気遣いに、レパードは首を横に振った。

「いや、いい」

 洒落すぎていて、レパードには正直縁がないものだ。

 掃除、片づけが終わると、リュイスは手に持っている鞄から書類を取り出して、何やら作業に取り掛かる。どうも学校から宿題が出ているらしい。はじめは遠慮して帰ろうとしていたが、ティルツが一言声を掛けたのか、あるときからこうして机に広げるようになった。

 リュイスはすらすらと文字を書き綴っている。その動きは滑らかで、迷いがない。気になったレパードは遠目に確認してみたが、計算式ばかりですぐに見る気が失せてしまった。

「学校ではそういうことばかり学ぶのか」

 レパードの質問に、リュイスが顔を上げた。

「はい。算術以外だと、薬学や歴史、行儀作法、文学、工学なども学んでいます。あ、でも水泳もありますよ」

「水泳?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げるレパードに、リュイスが答える。

「水の中で泳ぐんです。港の近くには、泉がありますから」

 リュイスの話では、泉の中には魚がいる。それらを狩れるようになるために、学校では子供たちに泳ぎの練習を教えているのだという。

 至り尽くせりだな、とレパードはこっそりと吐息をついた。文字の読み書きだけでなく、薬の知識、機械の操作に泳ぎとくる。彼らが出稼ぎに行く年になれば、まず生きていけるだろう。学校という存在から、カルタータの水準の高さが窺えた。

 しかし、同時に思うのだ。そんな優れた都があるのならば、旅暮らしのレパードの耳にも入ってくるはずだと。だが、『カルタータ』などという名は過去に一度も耳にした覚えがない。ましてや『龍族』を歓迎する都など、猶更だ。

(世の中には知らないことがまだまだあるということか、或いは……)

 更にティルツの話に思い当たる。この都には障壁があると言っていた。それらを鑑みると、一つの可能性にたどり着く。それはつまり、秘匿されているはずの都に、レパードは誤って踏み入ってしまったのではないのかと。

「ここには港もあるんだな。ということは飛行船も出ているのか」

 リュイスに何気なく確認すると、こくりと頷きで返ってきた。

「今は二隻巡回しているんですが、半年後には、セーレという新しい飛行船の新空式があるんです」

「新空式?」

 レパードの疑問の声に、リュイスが不思議そうな顔で返してきた。リュイスたちの中では、この言葉は常識らしい。学校で習って当たり前になっている知識なのかもしれない。

「船を初めて空に浮かべる儀式です。僕も見たことはないですけれど」

 初めて浮かべるといってレパードが思い浮かんだのは、発掘した大型飛行船を浮かび上がらせる実験の光景だった。レパードがまだ十かそこらの頃の話だが、イクシウスが飛行実験に成功したとの大々的な報せがギルドにもたらされた。それを、ギルド仲間から聞いたのだ。何でもその時の写真が出回ったらしく、仲間はそれをどういう経緯でか入手していた。自慢げにモノクロの写真を見せつけられたものだ。ところが、その数日後には、シェパングが同様の報せをもたらした。同じように写真が出回ったが、そちらの写真は入手できなかったらしい。地団太を踏んで悔しがっていたものだ。

 ギルド仲間の写真収集趣味はともかくとして、ギルドにとっても飛行船の話は無関係ではない。飛行船は大事な足だ。その足が今までのどれよりも優れた機械として蘇ったとしたら、空の旅の在り方が大きく変わる。飛行船の発掘自体は時間の問題だ。最新の飛行船は国が所有するだろうが、いくつかは市場に出回る可能性まである。今まで小型飛行船での行き来が限度であった島々の往復が、一度に数十人運べるようになったら、まず物流に変化ができるだろう。人の流れも変わり、それぞれの島の治安にも影響がいくことだろう。

 ギルドは当時からこうした情報には非常に敏感だった。二国は常に、技術で互いを牽制し合っている。シェイレスタはそれに遅れないように追随していた。そんな空気の中を、ギルドが互いの仲を取り持ちながら渡り歩く。最も象のような大きさの国に対し、当時のギルドは鼠のごとき小ささだった。逆に言えば、マドンナの手腕が最も生きた頃でもある。

「飛行船ってのは、木造か?」

 再びリュイスの頷きが返り、レパードは納得した。

 遺跡で発掘された飛行船のことではないらしい。発掘した船の中で、木造のものが見つかったという話は聞いたことがない。それに、仮に存在しても木が腐ってしまって、飛ぶことはできないだろう。半年後に新空式があるという言葉からしても、恐らく自分たちで製造している飛行船の話だ。けれど、造船なんて簡単にできるものではない。ただ木を組み上げてできるわけではないのだ。そこには風に負けないための特殊なパーツの作成や、飛行石を安定して運用するための機関の発明が欠かせない。

 学校で教育を教えていることだけではない。造船ができるほどに、この都の水準は高いのだ。

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