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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
280/991

その280 『砂漠の男神』

 暫くは、道なりだった。道幅が、心なしかどんどん広がっていく。イユたちは出口から入り口に向かって歩いているわけだから、鉱夫のやる気の違いが目に見えて分かった。

 もっとも、イユも足の疲れを感じて、鉱夫に同調したくなる。飛行船という寄り道があったとはいえ、相当な距離を歩いている。歩くのでこの疲労感なら、掘り進めた彼らの苦労はひとしおだ。まして、鉱山の外は砂漠である。炎天下の下、掘り続けることを思うと、ぞっとした。出入口付近だけは、長居したくない。

「どうにか星がでているうちに、坑道を抜けられそうですね」

 ワイズの言葉に、イユはほっとした。ようやくの出口らしい。これで朝が来ていたら、方角がまるで分からない。そうでないことにも安堵した。

 レパードを引っ張る形で、ワイズの横に並んで、出口の様子を探す。曲がりくねっているせいで、出口とやらは見えてこない。暫く辛抱強く歩き続けることになった。

 しかし、それも数十分もすれば、終わる。初めに出口だと分かったのは、目ではなく肌で、だった。出口から運ばれてきた冷たい夜風が、イユの頬を撫でたのだ。はっとしたイユが目を凝らす。

 曲がりくねった道の先に、漆黒の空が覗いた。

 自然と足が早まったイユに、ワイズたちが付き添う。

 坑道を出た途端、砂地がイユの足を阻んだ。星がイユたちを見下ろしている。周囲にある山々が、白砂から浮かび上がった。静まり返った空気が、坑道の閉塞感を取っ払った瞬間だった。

「セーレはここからだとどのあたりだ?」

 レパードに聞かれて、イユは目印になる星を探す。星の知識は、リュイスだけでなくシェルにもよく教えてもらった。シェルは、星については博識だ。星があれば、大体の地図が書けると言っていた。もっとも目測になるから、精度が低く、大して使えないとも。

 それでも、全くないよりはましだった。少なくともイユはその知識のおかげで、こうしてセーレを目指すことができる。

「あっちよ」

 きらりと光った星から、イユは都までの距離を想像した。そこから目算し、一点を指す。都は山々に隠れていて見えなかったが、それでも大体の方角はつかめていた。

 あらぬ方角を指さなかったイユを見て安心したのか、ワイズが「あと少しですね」と吐息をついた。

「先に休んでおくのも手ではありますが……」

 ワイズの提案に、イユとレパードは首を横に振る。確かに、ここから歩いても夜のうちにセーレにはたどり着かない可能性がある。けれども、ここで休んでしまったら、また星が出るまで待たなくてはならない。一日近く何もできないで待つのは苦痛だった。その一日で、セーレにいる皆が飢え死にでもしたらと思うと、余計にだ。

「ついてから休めばいい」

 二人は少しでも早くたどり着きたかったのだ。

 ワイズはどこか諦めた顔をした。


 夜の砂漠は、静かだった。足音も、砂が吸い取ってしまう。生き物の姿もなく、ただそこには、月と星、そして風だけがあった。

 凍てつく空気にまだ慣れていないのか、一行の吐息が白い。衣服に身を包んでいるのに、寒さは大して変わらない。

 いつ歩いても不思議だった。昼間はあんなに熱いのに、まるで嘘のように冷たい世界がやってくる。一枚のカードを裏と表で使い分けているかのように、はっきりとした違いがそこにある。ワイズにその話をすると、昼には昼の、夜には夜の神がいるからだと返ってきた。

「ここ、シェイレスタは二人の神々に守られている大地ですから」

 昼の神をアグニス、夜の神をパゴスと呼び、シェイレスタの国の人々は二人の神々を奉っているという。それぞれ灼熱と氷の力を持ち、この砂漠を取り合っているのだとされた。魔法石も、そんな神々の力の破片なのだと。

「最もどちらも男神の時点で、察せられますが」

 どこか冷めた口調で吐き捨ててから、ワイズは黙々と歩き出す。

 それに続いたイユも、呆然とワイズの言葉の意味を考えていた。少しして、理解する。

 シェイレスタは、男尊女卑の傾向のある国だ。だから、神々も男神しかいない。

 徹底していることだと、感想を抱く。そこまではっきりとしていると逆に感心してしまう。

 それにしても、仮にも神々と言われる存在が、国の考え方に大きく影響しているとは、意外だった。つまり、シェイレスタの神々の話は、ずっと昔からある伝承そのものではないということだ。新しいといわれるこの国が興ってから今のものになったのだろうことは、男神しかいないという背景からぼんやりと伝わってくる。歪められたか、作られたかまでは分からないが、実にいい加減なものだ。

 同時に、火の神と氷の神を連想した神々の物語の創設者がいるとしたら、彼に共感してしまうと思った。神々の話が、感覚的によくわかるからだ。仮にイユが神々の伝承を考える側にまわるなら、きっと似たようなことを提案する。この砂漠という大自然には、そう思わせる何かがあった。

 イユは手をつなぐレパードの力が、ふいに強くなった気がして、顔を上げた。レパードが心配そうにこちらを覗いている。

 イユは首を横に振って、何でもないと言う風に合図を送ると進みだした。

 考え事をしていると、レパードはこうして心配してくる。けれど、そのレパードの顔色もよくないことに気が付いていた。

 無理もない、ずっと歩き詰めなのだ。ワイズの歩く速度も若干落ちてきているし、イユやレパードもふらふらになっている。

 日の登っていない今からこの調子では、先が思いやられた。それでも、少しでも足を進めてセーレにたどり着かないといけなかった。それがイユとレパードの選択であり、二人の心の余裕のなさであった。

 しかし、そんな心の状態で渡れるほど、砂漠は決して優しくはない。神々という存在は、いつも試練を与えるものだ。

 空がだんだん白くなるにしたがって、熱がこみ上げ始める。額の汗を拭うと、重い足を前へと突き出した。だんだん意識が朦朧としてくる。レパードの視線が来るたびに何とか合図を返すものの、覚束ない。かくいうレパードも段々振り返らなくなってきた。余裕がないのだ。

 ワイズなど一足先に歩いている割に、その足元がふらふらしている。子供なのだから無理をして歩く必要はないのだが、怪我人に先導は任せられないと、イユの伝えた方角を歩き続けている。

 イユもまた、ふらふらと道なき道を歩きゆく。僅かに空に残った星が、セーレまであと一息だと告げている。そのはずなのに、一向にセーレにたどり着かない。行き過ぎてしまったのではないか。そんな不安さえ過ぎる。星の位置など目測なのだから、感覚で距離が一気に変わる。それが分かっているからこそ、余計なことを考えると、その身に徒労感が降ってくる。

 汗とともに必死に振り払いながら、足を進めた。あと少しでつくはずだと祈りながら――。

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