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カルタータ  作者: 希矢
間章 『そして、底から』
275/991

その275 『坑道と雪』

 外に出た途端、寒気がイユの腕を撫でた。無数の星が、遠くで瞬いている。その光を浴びた砂が、ひんやりと冷たい。

 イユはすぐに都を探した。

「方角はわかりますか」

 ワイズの言葉に、頷いた。小さな都に、星の位置。間違いない、セーレに出たときとは位置が違う。

「あの動かない星から、あっちに向かった先よ」

 イユが指を指す方角を見て、ワイズが唸った。それもそのはずだ。イユが指した方角には、山脈があった。

「反対側、ですか。これは坑道を使った方がいいかもしれませんね」

「坑道?」

 首を傾げるイユに、ワイズが指を指す。その方角は、イユが指を指した方角とほぼ一緒だ。

「あちらにあります。三十分も歩けばすぐに入れますよ」

 ワイズの言葉に従って、砂漠の道を進む。

 数分も歩けば、足元が陰った。山脈が月の光を隠してしまったのだ。それにしても、坑道というからには、この山脈は鉱山なのだろう。イユは鉱山というものを生まれてから一度も見たことがない、はずだ。だから、普通の山と鉱山の違いが分からない。けれど、こうして外から見る限りでは、違いらしいものは見つからなかった。

 そう思いながら突き進むうちに、イユの目はとうとう違いを捉えた。山の麓に、ぽっかりと開いた黒い穴が見えたのだ。

「あれが、坑道?」

 そこから近づくまでに意外と距離があることは、都まで歩いた経験からわかっている。砂漠は思った以上に距離が測りづらいものなのだ。ワイズが頷くのを確認して、イユたちは更に突き進んだ。

 それから恐らく三十分は経ったのだろう。ようやく、坑道が目の前に迫ってくる。坑道の入り口は、広かった。見たところ洞窟の入り口と同じようだったが、中に入るとすぐにその違いに気が付いた。

 人の手が入っている跡がある。地面は細々とした小石が敷き詰められることで、ならされている。天井の一部も床の近くの壁にも、木の板が張られている。壁の一部には布が張られている箇所もあった。

「今はサンドリエの方が注目されていますから、今は実質誰も使っていないはずです。けれど、ここを通れば、反対側に出られますよ」

「反対側?」

 よくわかっていないイユに、レパードが補足する。

「要は、トンネルになっているんだろ。ここは」

「そういうことです」

 ワイズの話では、イユたちが今いるこの地点こそ、出口だそうだ。街の近くからシェイレスタの都方向に向かい好き勝手に掘り進めた結果、この出口まで貫通してしまった。それが残ったままになっているらしい。

 確かに偶然とはいえ、ちょうど、先ほどの地下道の近くにでられるのだ。折角できたトンネルを残しておきたい気持ちもわかる。最もあの道を使っているのは『魔術師』だそうだから、鉱夫が開けてしまった大穴を、埋めるなと指示したのだろう。当然鉱夫は怪しむだろうが、権力を盾にされれば文句も言えまい。

「ここも水の魔法石が取れるのか」

 気になったのか、レパードが口を開いた。

「いいえ。ここは、『古代遺物(アーティファクト)』を掘り起こしているんです」

 ワイズの話では、ここは以前までいろいろな機械が発掘されたのだという。小型なものだけでなく、人が何人も入れるような大型のものもあったのだと。イユにとって最も身近な大型の機械は、イクシウスの飛行船だ。あんなものが埋まっていると思うと、ぞっとした。

「まぁ、殆どは既に動かないものですがね」

 ワイズは杖の先端に、魔法石を取り付けた。光の魔法石らしい。ワイズが意識を集中させるのに合わせて、ぼんやりと淡い光に満ちていく。

「行きましょう」

 イユとレパードは頷いた。

 地面は、少しずつ傾斜になっていく。時折地面に線路のようなものが造られていた。一度、トロッコも見つけた。ワイズの話では、掘り起こしたものを運ぶために作られたものだそうだ。けれど、今は誰も使っていないのか、線路はところどころ痛み、途切れているものもあった。そんな人の手が入らなくなった道を、イユたちは淡々と進んでいく。

 時折、蝙蝠らしき魔物が出たが、レパードの魔法があればどうにでもなった。イユはただ、ワイズの背を追って歩き続けた。会話もない、ただ単調なだけの道。そんな道を進んでいるうちに、再び声が聞こえてきた。


「ねぇ、イユおねぇちゃん。鞄に入れてもらってもいい?」

 リナが手にカビの生えたパンを持って訊ねてくる。

 イユはすぐに頷いた。

「ありがとう」

 リナが意識を集中させると、パンからカビがなくなっていく。それを受け取って、イユは鞄に入れた。

「その鞄、持ち運びに便利だよね。どこで手に入れたの?」

「私を助けた、駅員の人のお家で、よ」

 イユは遠い過去を振り返るように、あの時のことを思い出す。とはいえ、正直にいうと、途中までは記憶が覚束なかった。覚えているのは、お腹が空いて、どうしようもなく辛かったこと。馬車を倒し人を襲ったときの罪悪感に、胸が張り裂けそうだったこと。それから、雪原の吹きつけるような風が刺すように痛かったこと。そのうえに、息を吸う度に肺まで凍ってしまいそうな寒さが全てを支配して、体中の感覚がなくなっていたこと。そして、忘れてはならない、冷たくて硬い地面――、

 そう、地面だった。雪に埋もれた体が、重くてぴくりとも動かなかった。指先どころか腕も足もまるで何も感じない。ただ、凍った雪が頬から、倒れた体から、残った熱を奪っていく。

 そのうえに、体の上を粉雪が舞った。きっと、このまま動けずにいたらすぐに雪に埋もれて、白い世界の仲間入りをするのだと思った。それなのに、とうとう何の力も沸いてこなかった。いくら異能があっても、永遠を走り続けることはできない。その事実を実感する。あぁ、ここまでだなと感じた。生きなくてはならない。死にたくない。それは、間違いない。けれど、体の限界はとうに越えて、力もだしつくしてしまった。だから、どうにもならない。無力さに、涙を流すことすらできなかった。

 閉じることも辛くなった瞳が、雪を捉える。白銀の世界はどこまでも残酷で、容赦がなかった。それなのに、降り積もった雪の結晶が、イユの瞳の先で幾何学模様を晒している。まるで別れの挨拶にきたかのようだった。その美しさに、反応するだけの力は残っておらず、ただただ瞳にその姿を収め続けた。

 とうとう力尽きたイユを、影が覆った。辛うじて息のあったイユの瞳に映ったのは、帽子をかぶり制服を着こんだ、一人の男の姿だった。

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