その268 『支度』
間もなく、ノック音が三回響いた。
レパードが鍵を開けると、するりとワイズが入ってくる。背中にリュックサックを背負っていた。
「頭が軽そうでしたから、もぬけの殻であることも想像していましたが、そこまで酷くはないようですね」
開口一番、毒を放ち、テーブルの上に銃を置く。まさか本当に持ってくるとは思わなかった。
「銃弾は入っていませんでしたよ」
「ああ、問題ない」
銃を確認するレパードの満足そうな顔を見れば、何か細工をされているなどの心配もなさそうだ。
「それと、こちらが食糧と水の類です」
リュックサックをテーブルの上へと乗せて、開けてみせる。
イユは思わず、「えっ」と声を挙げた。
中には、クラッカーや乾パンの類が敷き詰められている。本人の発言通り、水も用意されていた。よくこのリュックサックに入りきったなと、関心するほどだ。
「僕としたことが、セーレの乗組員数を聞いていませんでした。これで足りますか?」
イユとレパードは顔を見合わせた。
「正直にいうと、全く足りない。一人につきクラッカー数枚行き渡らせるのがせいぜいだ」
「なるほど、思っていたより大人数ですね。しかしそうなると、運ぶにも人手が欲しいところですが」
間髪いれずに、レパードが口を開いていた。
「お前の人手なんか信用できるか」
その言葉は、予想していたのだろう。ワイズもすかさず口を開く。
「そう言われると思いましたので、レパードさんには、これより二回り大きいリュックサックを運んでもらってしまいにしましょう」
ワイズがにこやかに笑って答えているが、目は全く笑っていない。
「まぁ、それでも全く足りないでしょうが」
ワイズのその言葉に、現実を見ろと言われている気がした。たった三人で、数十人の水と食糧を大量に用意できるはずがないと。
それもそうだ。もともとレパードは、様子を見るために都に入っただけで、数十人分の食糧を手にいれるためではない。
とはいえ、セーレに『魔術師』の仲間を大勢連れていったのでは、逆に襲われる危険もある。食糧を準備してもらっておいて悪いとも思うが、疑うところは疑ってかかるに限る。
「私も持つわ。私はこの五倍の大きさでもいいわよ」
イユの提案に、ワイズは呆れたような顔をした。
「あなた、本当に都をでる気がありますか?」
ワイズの言葉に頷くと、ワイズが「馬鹿とは付き合えない」と言わんばかりの表情をしている。
むっとするイユに、レパードが補足した。
「お前がでかい荷物を持って歩いたら、目立つんだと」
そこまで言われればイユにもわかった。確かにインセートでも水汲みをする際、桶を複数持つと言ったら皆に止められたことがある。今回も同じらしい。
『異能者』だと宣言して歩くなと言われていると分かれば、さすがのイユも納得するしかない。シェルかシェルより小さいぐらいの子供に馬鹿にされるのは癪だが、幸いにして怒る気力があまりなかった。
「そういうことね。それならレパードだけ大きいものを用意してもらっていいかしら」
ワイズがにこやかに頷いた。
「ええ、五倍の大きさのもので」
イユ程の少女が大きい荷物を持つのは異様でも、レパードのような男が持つなら問題ないとの判断らしい。
「持てねぇよ」
レパードがやれやれという仕草をしてみせた。まだ、このときにはそんな仕草をする余裕があった。
暫くして、二回りほど大きい鞄を持ったワイズが戻ってきて、イユたちはいよいよ外へと出ることになった。
「それで、どうやって特別区域から抜ける気なんだ?」
「いきなり他力本願ですか。少しは頭を使ってはどうです?まぁ使える頭はないのかもしれませんが」
「いや、お前らの庭だろ」
レパードの質問に、ワイズがあしらい、呆れたようにレパードが突っ込む。
そんな応酬で始められた会話だが、ワイズはきちんと手段を用意していた。このあたりの抜け目のなさは『魔術師』である。
「まぁ、いいでしょう。『魔術師』が利用している地下水路を通ります。もとは有事に備えた王族だけの脱出路だった場所があるのですよ。そこから一気に都の外まで出られる仕組みです」
その説明を聞いたイユの耳がピクリと動く。
「ちょっと!それなら私が荷物をたくさん持っても問題はないでしょう」
人の目に触れるから持ってはいけないという話だったはずだ。地下水路なら出会わないだろう。そう指摘するイユに、ワイズは首を横に振った。
「いえ、『魔術師』と遭遇する危険はありますから」
脱出路というから、緊急時以外人が出入りしない通路を想像していたのだが、ワイズの話ではそうではないようだ。王族だけの脱出路というのは、本当に昔の話らしい。ややこしい情報はいらないからと、心の中だけで文句を言っておく。
「もしも彼らと出会ったときは、あなたたちには、僕の部下のふりをしてもらいます。僕はマゾンダに住居を構えていますから、都からの帰りという設定です。都は珍しいものが多いですから、多少のお土産はね?」
お土産が物資のことを指しているというのは分かった。
「マゾンダ?」
「街の名前です。地下街というべきでしょうか」
イユの頭の中に疑問符が増える。地下街、とはなんだろう。
ワイズは一々答える気はないようだった。渋っているのではなく、イユがあまりにも無知なので話すのに疲れたといった様子だ。
気に食わないが、怒る気になれなかったので、黙っていた。
「あと、砂漠を歩くことが予想されますので、これを」
ワイズが渡したのは、白い羽織と水筒だ。
砂漠の熱さは身に染みて知っている。イユも大人しく羽織り、携帯した。
全員が荷物を手に持って、立ち上がったことを確認してから、ワイズが扉を開ける。
「まぁ、まずは都から出ることです。行きましょう」




