その267 『支え合って』
「セーレは、カルタータ出身者の集まりなわけですね」
ワイズの言葉に、レパードのこめかみがぴくぴくと動く。どうやら、イユは口を滑りすぎたようだ。
レパードこそ、カルタータのことを話したくせにと、思わないでもない。普段なら睨んでやったところだが、なんとなく気乗りがせず、イユは話を聞くことに集中した。
「そうだ」
「確かにそれが目的なら、あなたたちが三角館に連れてこられる理由が見えませんね。セーレごと捕獲すればよかったのに、何故そうしなかったのかが謎です」
例えばレパードとイユが目的なら、三角館に連れてきて残りの『魔術師』に引き渡すのは納得がいく。けれど、今回はその逆だとワイズが指摘する。
ワイズにはまだ、リュイスのことを伏せてあった。だから、そんな疑問を抱くのだろう。
イユは少し躊躇った。リュイスのことは伏せたままにすべきか、語るべきかをだ。『魔術師』は信用すべきではないから話さない方が得策だと思うが、黙っていることでおかしな方向に話が傾く可能性がある。無理に黙っているよりも話した方が、イユたちもブライトの目的を探る一手となるかもしれない。
イユは、レパードに目配せをした。レパードが意図を察して、溜息をつく。
「ブライトの目的は、リュイスを引き渡すことだった。それは間違いない」
イユの言いたいことを聞き入れて、レパードがそう話す。
当然、ワイズは、「リュイスとは誰でしょうか」と訊ねてきた。
「俺の仲間の一人だ。カルタータで生まれ育った唯一の『龍族』だよ」
その情報で、ワイズは察したようだ。「そういうことですか」と納得した顔をする。
「つまり、あなたたちはあの三角館で仲間であるリュイスという方を奪われたということですね」
一度確認するように、ちらりとイユたちを盗み見る。
それに頷いて返すと、ワイズは続けた。
「そうなるとあとは、リュイスという方がカルタータ出身者の『龍族』だから狙われたのか、それとも別に要因があるのかをはっきりさせられると良いのですが」
ここまで話してしまったのだ。洗いざらい語ってしまっても同じことだろう。イユは、イユの持つ全ての情報を曝け出した。そうすることで、少しでも道が拓けることを祈った。
「ブライトはリュイスのことを『堕ちた姫の供物』と言っていたわ」
何か思い当たる節はないかと、ワイズに聞く。
イユの言葉を聞いたワイズの様子をじっと観察した。愚かでなければ、不利な情報には口をつぐむ。イユたちが素直に話しても、ワイズが正直に話すとは限らない。それならば、ちょっとした態度や反応から、情報を得る必要がある。そう思ったのだ。
けれど、ワイズはただ微かに首を傾げるだけだ。眉は僅かに寄せたが、それはどちらとも取れる範囲の反応だった。
「『堕ちた姫の供物』、ですか。初耳ですが、何のことでしょうか」
「分からないわ。だから、知りたかったの」
ワイズは、「考えておきましょう」とだけ言った。調べておこうではないのだな、と思った。
「それでは、姉さんの目的は『堕ちた姫の供物』を他の『魔術師』に引き渡すことにあったわけですね。そして、あなたたちはそれに該当しなかった」
「良かったな、目的が分かって」
何の感慨も込められていないレパードの言葉が返った。
ワイズは、にこりともせずに答える。
「えぇ、おかげさまで。『堕ちた姫の供物』とやらが分からないので全く意味がありませんけどね」
感情の込められていない言葉の応酬に、イユは何だかその場に居づらくなる。それに、そろそろ話を進めたかった。きちんと洗いざらい、話したのだ。今すぐにでも解放してほしいぐらいだと、投げやりに思う。
「ねぇ、まだセーレに向かってはいけないの」
それに、ブライトの言葉が、ずっと気に掛かっている。できれば、早く戻りたかった。そうして、いつも通りのセーレを見ないことには、全く安心ができなかった。
「まるで駄々っ子のようですが、そうですね。あなたたちは話をしてくれましたし、僕も確認したいことがあります。行きましょうか」
あまりにもすんなりと許可が出て、一瞬目が丸くなった。正直にいうと、期待していなかったのだ。セーレにいくということはイユたちを困難だという特別区域から解放するということだ。何か理由をつけて、延ばされるものだと思っていた。
「少し待っていてもらえますか。あなたの銃をとってきます」
ワイズはその場に立ち上がると、扉へと向かった。鍵を開ける音が小さく響く。
そのまま出ていくと思われたが、ふと思いついたようにその足が止まった。くるりとイユたちを振り返る。
「……そうでした。念のため、ノック音は三回鳴らします。その時だけ鍵を開けてくださいね?」
それだけ言うと、ワイズは一人で部屋を出て行ってしまった。
イユとレパードは顔を見合わせる。ワイズの行動が全くもって理解できない。
「どこかに盗聴器でも仕掛けられていて、俺らの会話を盗み聞きでもしているのか?」
周囲をくまなく観察しながらも、レパードは扉の鍵を掛ける。そのまま逃げるのも手だったが、言葉通り銃を持ってきてもらえるのならば、待つ方が有利だ。
「……イユ、どう思う?」
「私?」
レパードは再びソファに座り込む。沈み込む音が鈍く聞こえてくる。
「あの餓鬼は、信用に足ると思うか?」
レパードの言葉が、イユの胸に唐突に響いた。鈍い音を立てて、イユの心が軋む。
「……『魔術師』は信頼に値しない。信用できるわけがないわ」
その結論はひどく冴えて、冷たくなった石のようだった。そうなるぐらいの目にはあってきたのだと、イユもようやく自覚が芽生える。
やはり『魔術師』は信用できない。それだけは確固たる事実としてイユの根底に残っている。
「そうだよな」
レパードもそれには同意を示す。
「ただ、セーレに連れて行ってもらえるなら、利用すればいいと思うわ」
どのみちイユたちだけではセーレにはたどり着けない。
「それも同感だ。俺らじゃ、土地勘がないからここから出るのも一苦労だろうしな。それに、得られる情報は得ておきたい」
レパードの言葉に、イユは訊ねていた。
「ねぇ、リュイスはどうするつもりなの?」
これから、セーレを確認しにいく。だが、その後だ。イユとしては、リュイスも決して拐われたままにはしておけない。
「セーレに、人員を確保しにいく」
ぽつりと、レパードが返した。
「リュイスは拐われてから一週間が経っている。形跡を辿るにも人手がいる」
レパードは、セーレが食料不足で全滅しているとは思っていない気がした。ましてやブライトの魔の手にかかっているとは考えていないようだった。絶対に生き延びていると信じているのだ。
だから、イユは言い出すことができなかった。ブライトの不気味な言葉を。『きっともうない』なんて、言えるわけがなかった。




