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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
253/991

その253 『絶体絶命』

「これで、ほぼ片付いたようだな」

 サロウの足音が聞こえてくる。たった数歩の距離だ。すぐにイユとの距離が零となるだろうことは予想できた。

「手間、かけさせちゃったね」

 ブライトが『魔術師』たちに対して、謝罪するように語るのがどこか遠くで聞こえた。それに答えるようにサロウがブライトに零す。

「それにしてもアイリオールの魔女にしては面妖なことだ。初めから気絶させて運べばいいというのに」

 その言葉に、イユの意識が少し覚醒する。希望を持ちたかった。ブライトはイユたちをどうとでもできたはずなのだ。全員イユのように暗示をかけることも、魔術で気絶させることも、イユに命じてリュイスたちを運ばせることも、選択肢としてはあったはずだ。それなのに、敢えて抵抗する時間をくれた。それはブライトに何か考えがあったからではないか。その考えはつまり、イユたちを助けようとするものなのではないかと。

 期待するイユに対して、ブライトの答えは辛辣だ。

「下手に手を入れると、記憶を改善したんじゃないかとか疑うのが目に見えているでしょ。いじったのはイユだけ。カルタータとは無関係のその子だけだってわかるようにしておかないとね」

 克望の声が聞こえてくる。

「確かに気配も臭いもしないな」

 克望の腕には既に刹那から引き渡されたリュイスが、収まっているのかもしれない。確かめるような物言いに、イユの思考が再びリュイスへと戻った。

 思うように動かない体に叱咤して、床を這った。体中に響き渡る痛みが悲鳴となって、イユの口から洩れた。

 その間にも、『魔術師』たちの会話が続いている。嘘のように淡々と、まるで別の世界の住民のように、イユたちのことなど地面に縫われた影のように、気に留めることさえない。それはイユたちにはあまりにも冷たい会話だった。

「さて、それはいいとしても、残りのおまけはどうするんだ」

「レパードは電気の魔法を使うから、面白いと思うんだよ。欲しいならもらっていけば?」

 あぁ、これこそはイユが最もよく知っている『魔術師』たちの会話だ。

「ふむ。そのうえカルタータの関係者か。記憶を覗けば、それなりの記録は出てきそうだが、我にはこれ以上増えても困るだけか。貴殿はどうだ、サロウ氏」

 吐き気がした。目の前で物色するような物言いに、眩暈さえした。それは斬られたからだけではないと思った。どうしてブライトはこんな奴と会話を合わせているのだろう。朦朧とする頭では、理解が難しかった。

 克望の言葉に、サロウが答える。

「いいだろう。俺の方で引き取ろう。怪我はしているが一命はあるようだしな。しかしよい手土産であった。件のことは、これでチャラとしてもいい」

「そう言ってくれると思っていたよ。これで式神を貸してもらえれば安泰なんだけど」

 それには、克望が返す。

「刹那も戻せたのだ、一体程度構うまい。あとで、お前にそっくりの奴を作り出してやろう」

「それはありがたいね」

 イユは僅かに顔を上げた。そこに、『魔術師』たちの靴が見えた。異能を使えばすぐ駆けつけられるだろうそこは、這っていくには遠かった。

 早く傷を塞げと念じる。体温がどんどん奪われていくのを感じ、歯を食いしばった。

 リュイスのものと思われる足が視界に入った。その隣で、刹那が着ている独特の衣装がちらついている。

 それが、徐々に遠ざかっていく。彼らはイユを置いていこうとしている。

「待って」

 必死に伸ばした手が届くには、まだ距離が足りない。霞んだ視界に、何度も瞬きをして、イユはさらに手を伸ばそうとした。このまま去ってしまうのを呆然と見ていることはできなかった。リュイスたちを奪われたくなかった。なくしてしまうには、リュイスたちの存在はイユには大きすぎた。もう、失いたくはなかった。

「待って!」

「喧しい。まだ生きているのか」

 その声はあまりにも痛烈に、冷たく、イユの頭から被せられた。無防備なイユの背に向かって、大剣の振り下ろされる音を聞いた。脇腹から床へと突き抜けた衝撃に、息すらできなくなった。

 剣に刺された体がすっと上に持ち上げられたことだけは、唯一分かった。けれど、その感覚が最後だった。イユの意識は、常闇のような暗い世界へと持っていかれた。

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