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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
249/992

その249 『舞台に赴くまで』

 いつの間にか持っていたカンテラが腕の中で左右に揺れる。それに合わせて、牢を照らす光も、不安定に揺れた。

 その明かりを残して、ブライトが颯爽と階段を登っていく。

 彼女を追って、リュイスが声を張り上げる。

「刹那は無事ですか」

 ブライトは振り返ることなく答えた。イユたちがこれで間違いなくついてくることを確信しているような、堂々たる態度だった。

「五体満足、元気にしているんじゃないかな」

「刹那に暗示をかけただろう」

 体は問題なくとも、心はどうかしているだろうと、言わんばかりのレパードの口調だった。

 幾分かの沈黙を経て、ブライトは困ったように頭を掻いた。それに合わせてカンテラが不規則に揺れた。

「……まぁ、そう考えるのが自然かな。実際、アレには暗示は効かないんだけど」

「アレ、刹那のことか?何を言って……」

 気になる言い方をしたブライトだったが、それ以上は答えるつもりはないらしい。

「心配しなくても、これから刹那と会わせてあげるよ」

 ブライトの宣言に、リュイスとレパードが顔を合わせる。二人の算段はうっすらと読めた。まずは刹那と合流し、それから刹那の暗示が解けるなら解いて、ここから逃げ出そうという腹なのだろう。

 とはいえ、ブライトもそれは読んでいるはずだ。

「事情も、そこで教えてもらえばいいんじゃない」

「『教えてもらえる』?教えるのはお前じゃないのか」

「私はそっちの専門家じゃないしね」

 そっちの専門家とは何の専門家のことなのだろうと、レパードたちの顔に戸惑いが書かれていた。それでも、待っていれば答えを得る機会はあるらしいと判断したらしく、一旦押し黙る。

 その間に、イユは階段に意識をやる。この階段は螺旋状になっていた。階段も石造りになっていて、しかしところどころ、カビ臭さが残っている。そのせいか、古めかしい印象を受けた。

「この建物はなんだ」

 レパードも気になったのだろう、目を凝らしながらブライトに問いただす。

「三角館だよ」

「三角館?」

 聞き慣れない答えにイユは首を傾げる。うっすらと刃が当たってしまって、少し離した。

「上空から見ると三角形の形をしているから、三角館。一辺にそれぞれの国の兵士たちが詰めていて、その三角館の中央に議事堂が建っているんだよ」

 ブライトは中間地と言っていた。それを象徴するような建物であった。

「罪人の引き渡しや国家間の話し合いの場として、時々利用されるんだよね。最も今日は人払いしてあるから、あたしたち以外にはいないはずだよ」

 罪人の引き渡しで、イユは先ほどいた牢を思い出した。

「僕らも罪人として引き渡されるわけですか」

 リュイスの質問に、ブライトは首を横に振った。

「罪人ではないんじゃない?悪いことしたわけではないし」

「引き渡すという点は、否定しないんだな」

 レパードの指摘に、ブライトは答えなかった。

「ほら、こっちだよ」

 階段を登り終えた先で、豪奢な室内がイユを出迎える。翠色の毯に、白磁の床、壁は石造りで一定間隔にタスペトリーが掲げられている。そこに描かれた紋章は、雄々しい獅子の姿をとっていた。

「あれは、シェイレスタの国章だよ」

 イユの視線に気づいたのか、ブライトが答える。

「さて、君たちが向かうのは、議事堂だよ」

 見上げれば首が痛くなりそうなほどに高い天井に、画が描かれている。そこには食卓を囲む男達の姿があった。彼らは一様にイユたちを物珍しそうに見下ろしている。

 絨毯を踏みしめながら、奥へと進む。

 その先に、天井に届きそうなほど大きな扉が待ち構えていた。

 ブライトが扉に手を押し当てれば、扉がひとりでに音を立てて開きだす。歯車の回る音がうっすらと聞こえてきた。機械仕掛けの扉になっているのだろう。

 目の前に廊下が現れた。遥か先に扉が見える。歩けば十分以上はかかるだろう長い廊下には、天井まで届きそうな窓が、左右両方の壁一面に張り巡らされている。そのおかげで陽射しがこれでもかというほど射し込んで、床が眩しく輝いて映った。しかし、そこを歩いても不思議と熱くはない。窓が通すのは光だけであって熱は通さないのだろう。それでも眩しさに目を細めながら一同は歩き始める。

「お前は魔術書を持ち帰った。目的は達成したはずだ」

 レパードがブライトの様子を観察しながら、独り言のようにそう呟いた。抜け目のないその様子から、少しでもここから逃げ出せる方法はないか探っていることは、よくわかった。

「それなのにわざわざ俺らを捕えた。お前の本当の目的はなんだ。俺らを誰に引き渡そうとしている?」

 ブライトは翻るドレスの裾を持ち上げながら、歩き続ける。

「あたしの目的の一つは、確かに達した。それは間違いないよ」

 チュン、チュンと鳥の鳴き声が耳に届いた。見上げれば、窓の向こう側で青い鳥が飛び立つところだった。

「あとは、あたしが生き残るだけ」

 廊下の先で、天井に届くほどの大きな扉が待ちかねている。それがどんどん近づいてくる。イユはぼんやりと行きたくないなと思った。この先に行ってしまったら、何故だかもう戻ってこられない気がした。

「イユへの暗示は、解かないつもりですか」

 リュイスの言葉に、ブライトは首を横に振った。

「ここを乗り切ったら、解くことになるね」

 まるで何かを確信する言い方だった。それに何を感じたのか、リュイスもレパードも何も答えなかった。暫く沈黙がこの空間を支配する。

「そうだ」

 ブライトはちらっとイユたちを振り返った。

「あたしが言っても驚くだけだろうから、本当は口にしない方がいいかもしれないけれど」

 そんな前置きをしながら、彼女は続ける。

「今までありがとね。ハンバーガーもカレーも美味しかったよ。なんだかんだ、殺されないだけ、かなり優しくしてもらったと思うし。本当に、お世話になりました」

 それは、奇妙すぎるお礼の言葉だった。思わず茫然とした三人に再び背を向けて、ブライトは扉を押した。言いたかっただけの、返事を求めない言葉であったのは、間違いないのだろう。

 鈍い音を立てて、扉が開いていく。その先は、光に溢れていたこの場所と違いあまりに薄暗く、イユでも入るのに躊躇した。

 それでも、ブライトは進んでいく。それを見て、イユの足も進んだ。

 背後で、レパードとリュイスが頷き合っていた。これから来る出来事に備えるように、互いを励まし合っているようにも思われた。

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