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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
247/994

その247 『種明かし』

「イユ、起きろ」

 体を揺さぶられて、イユの意識が覚醒する。

 はっとして体を起こすと、心配そうに覗くリュイスとレパードと目が合った。

「ここは……」

 先ほどまで船内だったはずだ。しかし、それにしてはあまりにも薄暗い。夜が来たのかと思ったが、それならば明かりぐらいはついていてもよいはずだ。ひんやりとした床の堅さといい、どちらかといえば地下水道に戻った気さえした。もしかしたら、船内にいたと思ったあの場所は夢だったのかもしれない。そんな風に思いながらも、イユは目に意識を集中させる。

 その視界に、鉄格子と石造りの灰色の壁が映った。

「牢だとは思います」

 リュイスの言葉が告げるように、イユたちをぐるりと回る形で格子がされている。その鉄格子の先に、頑丈な石造りの壁があったのだ。閉じ込められている。その現実を改めて意識する。船内でもそうだったが、やはりイユたちは捕まったのだ。

 イユはぎゅっと拳を握りしめた。船内は明るかったから、まだ意識せずにすんだ。けれど、このひんやりとした空間は、まるで異能者施設にいたような――、

 慌てて首を横に振った。考えてはならない。そんなことを考えてしまったら、体が竦んでしまうことはわかりきっていた。それならば、意識の外に追い出さなくてはならない。今はリュイスにレパードがいるのだ。こんなところで震えて醜態をさらすなど、あってはならない。

 再び首を上げたイユは、もう一度目を凝らして周囲の情報を取り入れる。錠が掛けられた格子扉の先に、階段があるのが見て取れた。階段の先で、明かりがぽつんぽつんと灯っている。

「開けられないかしら」

 格子扉に視線を戻して聞くと、レパードから返事が返る。

「俺たちは魔法を封じられていたから、無理だった」

 レパードは、右手首の錠を見せた。

 イユは思わずまじまじと自身の手を見てしまった。イユの手には、やはり錠はされていない。

「リュイスの剣も盗られたみたいでな。お前が起きるのを待っていた」

 手首を何度か回し、異常もなにもないことを確認して、レパードに向き直る。

「銃は?」

 レパードが銃を所持していることを、ブライトが知らないはずはない。

「俺のは実弾を使わないんだ。だからだろうな。取り上げられてはいない」

 イユは起き上がって、扉へと近づいた。その気になれば錠を外してしまえるはずだ。いや、それだけではない。レパードやリュイスにされている手錠も、イユの力ならば壊すことは容易いだろう。

 それなのに、何故かイユだけが手錠をされていない。ブライトは、イユの異能を知っているはずなのにだ。まるで、イユが力を使わないことを確信しているかのようだ。

「どうして、私だけ手錠をされていないのかしら」

 格子の一つを握りしめる。そうでもしないと、沸き上がる不安に押し潰されそうだった。

「分かりません。ですが、イユなら牢の錠は外せるはずです」

 お願いします、などと律儀なリュイスに言われてしまえば、頷くしかない。

 イユは、錠を手に取った。あとは指先に力を入れて、この錠を壊してしまえば良かった。

 それなのに、自身の手にうまく力が入らないことに気が付いた。焦りがじわりと押し寄せる。何をやっているのだろう。この錠を壊して、早くここから脱出するのだ。そしていち早くセーレに戻る。それが、今のイユがしなくてはならないことだ。

 指先が、震えている。一方で、イユの頭に浮かぶのはブライトの顔だった。果たして今しようとしていることは、ブライトの望みに反することだろうか。そんな思いが頭に浮かんでしまって、中々掻き消せない。

「どうしました?」

 イユの様子をみて、リュイスが心配したように近づいてくる。それが、逆に胸が締めつけられるように苦しかった。リュイスの足音が迫ってくる。イユの元にリュイスがたどり着いてしまったら、錠を壊さないのは不自然に思われることだろう。だから、本当はその前に壊してしまうべきだ。

 それらしい言い訳を必死に考える。その行為が既に、リュイスやレパードたちに寄っていないということにすら気づかない。焦りのあまり、額から汗が伝った。

「いいのよね?安易に壊してしまっても」

 イユの言葉に、リュイスとレパードが顔を見合わせる。

「ここは一体どこなのかしら。下手に壊して、もし見張りが駆け込んできたら、どちらに逃げるのが正解なの?」

 言いながら、ひどい時間稼ぎだと自嘲する。おかげさまで、心臓がばくばく鳴っていた。

「俺らも分からない。俺たちが目を覚ましてからも、あまり時間が経っていないからな。ただ、そこの階段以外に路らしい路はないみたいだ」

 レパードの言葉に、

「そうなのね」

 としか相槌が打てない。深く考えずに発言したせいだ。

「見たところ見張りはいないようですから、逃げるならむしろ今が好機だと思います」

 リュイスに言われて、頷いた。時間稼ぎはここまでだ。イユに反論の言葉はない。もうこれ以上妙なことを言っても、怪しまれるだけだ。

 イユの指先に力がこもりかけた。

 そこで、イユの耳は足音を拾った。階段の方を向いたイユに、リュイスたちも足音が聞こえたことに気付いた様子だ。

 三人で、その音をじっと聞く。暫くして、階段に影が映った。華奢な少女の姿をした、大きな影だ。

「ブライト!」

 つい、感情がこもってしまった。

 期待に満ちたイユの声を聞いて、背後にいたレパードが顔を曇らせたのは、見なくても分かる。イユの背にも汗が伝ったが、もう取り返しがつかない。

 ブライトが、ひょこっと顔をみせる。赤い瞳が壁の向こう側から覗いている。その目はイユには特に興味を示していない。三人をまとめて捉えて、にこりと三日月形に細めている。

 イユは、ふぅっと息を吐いた。

 ブライトの全身が見え、らしからぬドレスに身を包んでいることを知る。そのドレスの色は漆黒。そして翻るドレスの間からは、血のような赤が覗いている。露わになった肩に、肘までの長さの手袋、そして足元まで届くロングドレス。見る限りすっきりとした作りになっているにも関わらず、階段を下りるたびにドレスの裾がふわっと広がった。まるでイブニングドレスに身を包んだ貴婦人のようであった。

「起きたみたいだね」

 手袋の先で、カンテラが揺れた。その明かりがブライトの深紅の瞳をより際立たせる。

「俺らをどうするつもりだ」

 警戒した様子をみせたのはレパードだ。近づいてくるブライトを観察し、そこに隙を求めている。魔法は使えず、リュイスに至っては武器を取り上げられている。だが、レパードの太腕ならば、細身の少女一人容易く退けられることであろう。

 ブライトは、余裕の笑みを崩さない。

「不安?そうだろうね。でも、選択肢はないんだよ」

 ブライトはイユたちのいる牢の前までくると、カンテラを近くにあった机の上に置いた。そして、イユの目の前までやってくる。

 イユは錠から手をはずし、ただぼんやりとその様子を見ていた。ブライトが、錠を外す音をじっと聞いていた。開けてよかったのかと、妙な安堵すらあった。

 そして、からんという鈍い音を立てて、とうとう錠が落ちた。

「イユ!」

 何かを察したリュイスが、イユの腕を引こうとする。

 しかし、その時にはもう遅かった。扉を乱暴に開けたブライトが、逆にイユを引っ張っていたのだ。なされるままになっていたイユは、否、掴もうとしたリュイスの腕を反射的に弾いていたイユは、その首にナイフが当てられたのを悟る。

 一体、ドレスのどこに仕込んであったのだろう。全く気がつかなかった。

「お前が現れた時点で、どうせ解いていないだろうとは思ったが」

 レパードがぎろりとこちらを睨んでいる。どういうわけだろう、イユは自身に向けられたわけでもないその瞳を見て、怖いなと思った。

「その通り。そして、それが分かっていても、君たちは優しいからね。人質になりうるんだよ」

 イユの喉元でナイフがカンテラの光を受けて光っている。イユの体はブライトの細い腕に抑え込まれている。だが、イユには異能がある。抵抗できるはずだ。

「ブライト?」

 ブライトはそれでもイユの異能を封じなかった。まるで仲間と言わんばかりだ。それが嬉しくもあり、同時に怖くもあった。

「ありがとう、イユ」

 唐突に言われたお礼の意味が、理解できない。否、理解したくない。

「あたしの信頼に見事答えてくれて」

 イユは自分の瞳が揺れるのを感じた。船の中の会話は、やはり夢ではなかったのだと悟った。そうであっても、心のどこかが否定をしたがっている。最後の悪あがきをしたかった。

「何を、言って……」

 喉が鳴った拍子に、ナイフの切っ先が微かに当たる。ブライトは逃げ道を用意してはくれなかった。

「リーサに見破られたときは正直、イユのことは諦めるべきかなとも思っていたんだ」

 ブライトの説明が続いていく。

「補給のために都にいかざるを得ないことは、察していたんだ。数日前の揺れや雷の音から嵐の山脈を通っていることは分かっていたし、その割に補給地点に寄らなかったでしょう?シェイレスタに着いたら、現地の人間以外は早々他の街にたどり着けるものでもないし、セーレにはシェイレスタに詳しい人間もいないという目星はついていたしね。あぁ、勿論、シェイレスタのことを調べようとはするよね?でも、仮想敵国にいた君たちが得られる情報なんてたかがしれているという確証もあった」

 シェイレスタに詳しければ、ブライトの名前が出た時点でもっと大騒ぎになっていたはずだと言う。それぐらいには悪名に自信があると。

「だったら、君たちの誰かが入るのを確認してから都を封鎖してしまえばよかった」

 逆に嵐の山脈を通らなくても、物資の補給地点がないという意味では同じことだったと語る。セーレはシェイレスタの補給船に行くことができない。途中に資源を調達できるような島がないことは知っていたと。

「僕たちの誰かがシェイレスタの都に入るのを確認したってことですか?どうやって……」

 リュイスの疑問の声に、ブライトはあっけらかんとした口調で答えた。

「門番やギルドにあたしの『手』がいれば簡単だよ」

「『手』、ですか……?」

「そうか、知らないっけ。『魔術師』はね、一人以上信頼のおける『手』を作っておくものなんだ。そうすることで、必要な情報があたしたちの耳に渡るから」

 つまり、『手』とは、『魔術師』専属の密偵のようなものなのだろう。

「ギルドに……、マドンナと繋がりがあるのか」

 レパードの言葉に、ブライトが声を立てて笑った。それに合わせて、喉元のナイフがケタケタと揺れる。

「まさか、あったら苦労しないよ。でもギルドの施設ならだれでも出入りできるでしょう」

 ブライトの話から、イユは一連の動きを推察する。レパードがはじめて都に行った時、ギルドに顔を出した。その後で、レパードの特徴をあらかじめ聞いていた『手』が、レパードがいると情報を渡す。そうすることで都が封鎖できる。

「都を、どうやって封鎖したの……」

 恐る恐る聞くと、ブライトはすらすらと答える。

「あぁ、それは簡単だよ。門番にお金を渡して、砂漠(デザート)大蠍(スコーピオン)でも出たと言えばいいだけ。封鎖なんて、結構よくあることだよ?」

『魔術師』としての権力を使えば、そのぐらい訳ないということらしい。

 再びイユは、ギルドに『手』がいるという情報の意味に気付く。ほかならぬイユたちもレパードを助けに行ってからギルドに向かった。そしてその後向かった酒場で、急に追われる羽目になったのだ。きっと、あの中のどこかに『手』がいたのだ。そう思うと辻褄が合っている気がした。

「封鎖すれば、君たちは困るでしょう?絶対誰かが助けにやってくる。そこに、イユが入っていたら御の字だったんだけど」

 あの時、イユは鬱々としていた。ブライトに置いて行かれてしまい、一人部屋に閉じこもっているしかできない自分に辟易していた。だから、イユはリュイスに自分の力なら門を飛び越えられると誘ったのだ。イユは、ブライトから離れても尚、ブライトの手の中で彼女の望むままに動いていた。

「イユは見事やってきたと。お前の狙いは、イユなんだな?」

「違う違う。前から言っているけれど、イユはどうでもいいんだよ。お・ま・け」

 ブライトはあっけらかんと言い切る。

 しかし、イユがいれば誰がついてくるかについて、敢えて何も言わなかった。

「まぁそういうわけで、イユはあたしを信頼してくれているわけだよ」

 イユはナイフが当たらない程度にブライトを振り返る。

 赤い瞳がぎろっとイユを見つめた。

「だから頼めば何でもしてくれるんだ。それがあたしがイユにかけた暗示の正体だよ」

 その言葉に、頭が割れそうな痛みを感じて、イユの顔が歪んだ。それでも、手で頭を抑えることもできなかった。

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