その246 『敵襲』
「穏やかじゃねぇな」
航海室で、クロヒゲは事態を静観しながらぽつりと呟いた。
この頃にはセーレが強襲されているという情報が航海室にも入ってきていた。とはいえ、事態に気付いた時にはもう、手の施しようはなかった。クロヒゲがカルタータの面々から聞いた話では、こういう場面に陥ったとき助けにきたのがレパードだったとのことだ。だからジェイクをはじめとする数人は、レパードを今でも命の恩人として慕っている。
「今回は来れそうにねぇな、船長」
ベッタが、そう言って腕捲りをする。こんな事態になっても全く動じていないどころか、楽しそうですらあった。こういうとき、ベッタの無謀好きが逞しくみえる。
「どうするんだよ、もう敵がそこまで迫ってるんだろ!」
一方、動揺を隠さず喚いているのがキドだ。常人の発言である。
「あぁ、最高の舞台じゃねぇか!」
「どこがだよ!」
ベッタの発言に、間髪いれずにキドが叫び返す。
「考えてみろよ、キド。ここで派手に立ち回ったら、お前は地味人間からおさらばできるんだぜ。これは、大チャンスだろ?」
「地味言うな!気にしているんだから。それに、地味人間からおさらばって、それ、人生からおさらばしているだろうが!死ぬってことだろ?!」
クロヒゲは必死に笑いを堪えた。こんな時にもできる、彼らの緊張感のない会話が、嫌いではなかった。
「お前ら、そろそろ静かにしろよ」
ほおっておけば、以降もぎゃーぎゃーと続くだろう会話に、いよいよ待ったをかける。
クロヒゲの言葉に二人が口を塞いだその直後、航海室の扉が乱暴に開かれた。
(留守の間ぐらいは、せいぜい気張らせていただきやす)
ぽつりと、ここにはいない人物に告げて、クロヒゲは席を立った。
(だから、せめて無事に帰ってきてくだせぇ)
扉のなかから、黒い羽織を着た子供が駆け込んでくる。七人はいるだろう。全員、刀を持っていて、顔はあて布で覆っていた。やたら統一されたその様は、暗殺ギルドの一味のようだった。
入ってくる面々を眺めて、一喝する。
「てめぇら!この船がギルド船だと知っての行為か!」
子供たちは全員クロヒゲに向けて、刀を構えた。それが返答だった。
「返事もなしか。躾のなっていない餓鬼どもだ」
刀を構えたまま、子供たちが三人を取り囲んでいく。その動きに隙がない。
「お灸をすえてやらないとって、やつだな!」
どこか愉しむように、ベッタがそんな軽口を叩いて口笛を吹いた。
冗談じゃないという顔で、額の汗を拭い続けているのは、キドだ。キドにしてみれば、この厳しい状況でお灸をすえられることになるのは、自分たちの方ではないかと言いたいところだろう。
クロヒゲはゆっくりと腰のシミターを引き抜いた。キドの考えるとおりである。相手は間違いなく手練れだ。ここにラダでもいればまだ善戦する可能性はあったが、今いる三人ではまず太刀打ちはできない。ベッタはやる気だが、彼はそこまで腕が良いわけではない。キドも通信士が本職なので、素人に毛が生えた程度の技量しか持ち合わせていない。かくいう自身も、この数を相手に立ち回れる自信は皆無だった。
それでも、他に手はなかった。
「悪ぃな、今船長は不在なんだ。副船長の俺のもてなしで勘弁してくれや」
クロヒゲはにやりと笑みを浮かべた。勝てないものに立ち向かう。その武者震いが、セーレでは日常茶飯事となっている。ベッタがセーレにいたがるのも分かるというものだ。
「餓鬼ども、死にたい奴から掛かってこい!」
クロヒゲの言葉に答えるように、先頭の子供が飛び掛かった。それはあまりにも早く、容赦のない動きだった。
その刀にシミターをぶつけ、叩ききろうとする。相手は刀でこちらは剣だ。面と向かってぶつかれば、刀は折れる。ところが、ぶつかったその瞬間に、刀の向きがふっと変わった。
ほんの少し、刀が傾いただけだ。それなのに、その動きに合わせて、ぶつけていた力があらぬ方向へと受け流されていくのが分かった。勢い余って、その場でたたらを踏んでしまう。
機会を逃さず、子供がクロヒゲの胴を凪ぎ払おうとする。
「副船長!」
そこに、キドが突っ切ってくる。間髪いれず、刀とナイフがぶつかり合う。刀を相手にして、力が拮抗した。
クロヒゲは、先ほどまで喚いた人間とは思えぬ活躍に、口笛を吹いて返したくなる。
子供が勝てないと分かってか後方に飛び、クロヒゲは態勢を立て直す時間を得た。
「助かったぜ」
礼を言われて照れた顔をするキドの後ろに、別の子供が突っ込んでくる。
「だから、伏せてな!」
キドに指示をして、クロヒゲがシミターを振るう。刀と剣が再びぶつかり合った。おっかなびっくりといった様子のキドが腰を抜かして逃げていく。それを追いかけるように、別の子供が飛び掛かり、今度はベッタがそこに分け入った。
たちまち、乱戦になった。




