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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
240/992

その240 『死に急ぐ若者たちへ』

「さぁ、乗り込むぞ」

 甲板へと出てきたのは、レパードだ。隣には休憩中だったマシルもいる。

「悪いね、マシル。休憩中だっただろう」

 マシルは、流れるような銀髪をおかっぱのように切りそろえた少年だ。今日は、刹那と同じシェパングの装いをしていた。日によって装いをシェパング、それ以外と変えるのが、マシルのやり方だ。

「いいえ、ちょうど剣の訓練をしようと思っていたところだったので」

 ミンドールの言葉に、マシルはすまして答える。訓練が本番になったわけだが、それは気にしていないようだ。

 いよいよ、船が近づいてくる。中型船ということだったが、近づいてくるとセーレの三分の二ほどの大きさになった。目を凝らして確認する限り、甲板に生存者らしい者はいなかった。見張り台からロープが垂れ下がっており、そこから赤いものが伝っている。それ以外に人がいたらしい痕跡はない。そして、魔物の姿すらなかった。

 どういうことだろうか。一行が訝しんでいるうちに、セーレはとうとうその場に留まりつづけている中型船の横へとつける。

「ロープを投げ込むわ!」

 いうが否や、レイファが船内にロープを投げ入れた。かぎ爪のついているタイプのものだ。甲板の縁に引っ掛けると、引き抜けないことを念入りに確かめる。

 すぐに、マシルが先頭をきって飛び移った。すかさずジュリアが続く。飛び移るマシルの動きには無駄がなく、俊敏な戦士を予感させる。一方の、ジュリアも負けてはいない。普段はおっとりしている少女だが、その身のこなしは猫のように軽やかだ。そのあとにレイファが続く。日に焼けた褐色の肌がしなやかに伸びて、すたんと船に飛び移る。こちらはまるで豹のようだった。レパードとミンドールがその後をゆっくりと続く。

 先に飛び移ったマシルが、船内に入る扉へと駆ける。扉の近くには、大穴があいており、そこから魔物が侵入したことが予想できた。大穴の大きさは人一人余裕で収まるほどはあるが、人がそこから入るには背伸びをして辛うじてというところだ。

 レイファが爪先を立てながら、大穴の様子を覗いている。魔物がいないことを確認すると、振り返って合図をした。すぐにマシルが扉を開けた。すかさず中に入ったジュリアが周囲を確認する。

「誰もいないみたい。入ってきて」

 ジュリアの言葉を合図に、二人が駆け込んでいく。

 息の合った動きをする三人に、ミンドールたちはついていくだけになっている。さすがギルド員だった。皆それぞれ、以前までにいたギルドで鍛えられている。それに、三人はセーレにきてから一緒に行動することが多い。それも、連携の良さの理由の一つになっている。

 廊下は、あちらこちらに大穴が開いているし血が飛び散っているしで、悲惨なことになっていた。死臭がして、思わずミンドールは顔を顰める。いよいよ魔物の気配が漂ってきたようだった。

 さすがにいつまでも、少年少女たちに任せっきりにはできない。生存者を確認するために、一つずつ扉を開けて中を確認する役目は、ミンドールとレパードが請け負った。

 一つ目の扉を開けた途端、目の前が真っ暗になる。むせかえるほどの血の臭いに、机の上にうつぶせになった死体が、ミンドールを出迎えた。元は、女性だったのだろう。長い金糸のような髪も、あちらこちらに散っていた。こんな死に方はしたくないなと、同情する。

 ミンドールはなるべく平静を装い、首を横に振って、生存者がいないことを伝える。あまり驚いた顔をすると、魔物が出たと思われて少年少女たちに部屋の中を覗き込まれるかもしれない。いくら魔物に慣れているとしても、死体には慣れて欲しくなかった。慣れているのは、ミンドールとレパードだけでよい。

 次の部屋の中もひどい有り様だった。飛び散った血に、食い散らかされた死体。抵抗した跡はあるが、急に襲われたのだろう。大して反撃もできずに残らずやられている。この様子を見るに、急にやってきた魔物に、甲板にいた見張りはなすすべもなくやられたのだろう。だから、船内の船員たちは、魔物がやってきたその瞬間まで気づくことができず、ろくに戦えずに亡くなっている。

 何回かそうした部屋を開け続ける。魔物は全く出ず、死体だけしか存在しない。ここまでくると、この船にはもう生存者は乗っていないかのように思えた。魔物も人間を大方食べつくしてしまって、船の奥の方にとどまっているのだろう。

「ここで、行き止まりだね」

 真っ直ぐに伸びた廊下の最終地点は、航海室に繋がっていた。

「魔物がいるみたい」

 閉められた扉の隣に大穴が開いている。そこから、何かを咀嚼するようなぞっとする音が響いている。魔物の背格好がちらっと見えた。黒い羽が伸びているのが分かる。大穴の大きさから想像できていたが、人間に対して一回り大きい。かぎ爪が人の腕をがっつりと捕まえている。捕まっている人間は、恐らくもう生きていないだろう。手がぴくりとも動いていない。今その人物を確認しにいくものではない。きっと、大変おぞましいことになっている。

「ここからだと一体しか確認できないけれど、そんなわけはないだろう」

「見たところ、死神鳥(デストーク)だから警戒はした方がいいかな」

 マシルとジュリアがそう確認し合う。マシルが腰の刀を抜き、その隣で、レイファとジュリアもナイフを抜いた。

「行くわよ!」

 レイファの合図で、皆が一斉に扉の中へと入っていく。

 初めに駆け込んだのはマシルだ。中に入った途端、振り向いた鳥型の魔物に対して、即座に斬りかかりにいく。

「へぇ」

 マシルが振り下ろした刀を、魔物がかぎ爪で受け止める。それを見たレイファが感心の声を挙げたのだ。

「腕が立ちそうな魔物かな」

 ジュリアがおっとりと感想を述べ、すぐにナイフで斬りかかりに行く。

 魔物がかぎ爪を振り下ろすその瞬間に、マシルが刀で受け流す。すっと力を逃がしたところに、飛びかかったジュリアがかぎ爪にナイフを突き立てた。

 人間でいう、足の爪と足との間を狙われたようなものだ。ぺろりとかぎ爪が剥がれて、魔物であっても痛そうだなと思ってしまった。

 魔物が悲鳴をあげたその瞬間に、走ってきたレイファの一閃が入る。魔物の瞳を狙ったそれは、一寸も狂わず確実に薙ぎ払われた。

「おしまい」

 ジュリアが魔物の腹にナイフを突き立て、同時にマシルが魔物の首を掻っ切る。

 ぽとんと音を立てて転がる首を見て、レパードが呆れた声を出した。

「俺の出番が全くないな」

 強いメンバーでそろえすぎたかなと、ミンドールも思ってしまう。

 しかし、そんなことはないのだということを、次の瞬間思い知った。

「レイファ!」

 マシルの警告に、レイファが一歩下がる。その瞬間、レイファがいた場所に、魔物の鋭い嘴が振り下ろされた。

「二体目!」

 レイファはそのまま逃げ続けることはしない。すぐにナイフで魔物の目へと一閃する。

 しかし、次の瞬間、レイファの体が吹き飛んだ。マシルを巻き込んで、後ろへと転がる。魔物の黒い羽だった。それが、目に斬りつけようとしたレイファよりも少し早く、レイファを打ったのだ。

 結果として、最も魔物に近い位置にいることになったのはジュリアだった。レイファが飛ばされたのを目で追っていた彼女は、一拍魔物から遅れをとったようにもみえる。

「伏せてろ!」

 ジュリアたちに警告したレパードが、すかさず銃で撃ち放った。青い光が魔物を穿つ。レパードの魔法は、『龍族』とばれないように、魔弾に似せた使い方をしている。魔法石に力を込めて放つ魔弾と同じように、魔法を銃に込めて撃つことができるわけだ。

 魔物が悲鳴をあげ、大きくよろめく。その隙を逃さないジュリアではない。すぐにナイフで喉仏を掻っ切った。そうして、振り返った彼女の赤紫の瞳が見開かれる。

「ミンドール、後ろ!」

 振り返ったミンドールの目に、人の手が見えた。その手から血が滴っている。はっとして距離をとるミンドールの目の前で、人の肘から上の部分だけが弧を描いて飛んでいった。代わりに振り下ろされた嘴が、床に突き刺さる。魔物が、その嘴に人の腕を咥えていたのだと思い至る。魔物は黒いせいで闇に紛れて見にくかったが、人の手が白いおかげで気が付いたのだ。

 ぞっとする光景を掻き消すように、ミンドールは嘴が抜けずに苦戦している魔物へと刃を一閃させる。

 すぐにレパードが魔法で止めを刺した。

「驚いたな。皆、無事か」

 レパードの声に、レイファが腰を抑えながら立ち上がる。下敷きになっていたマシルに手を差し伸べていた。

「こっちは何とか」

 マシルも起き上がり、ジュリアが血糊を落として、駆け寄ってくる。

「一体どこから現れたんだか」

 全員の無事を確認してから、レパードが溜息をついて周囲を見回した。航海室の真ん中で、舵がひとりでに動いている。船が旋回しないところを見ると、風の動きといい具合に拮抗しているのかもしれない。最近の機械には自動航行機能があると聞くから、パッと見ただけで区別はつかないが、その機能が搭載された船かもしれなかった。

 それ以外にあるのは、血に汚れた機器と、先ほど倒した魔物の死骸、そして既に手遅れだった死体だ。明かりは魔物に壊されたらしく、灯っていない。そのせいで、薄暗かった。黒い魔物が見にくいのはそのためである。

「あれは、階段?」

 マシルが魔物の背後にある階段に気が付いた。それは下り階段になっていた。魔物がやってきたのは、ここからだろう。

 顔を見合わせた一同は、互いに頷きながら再び武器を構えた。マシルが先頭を切って階段を下りていき、ジュリア、レイファ、ミンドール、レパードの順に下りる。

「これは、酷いね」

 下りた先に魔物はいなかったらしい。レイファが周囲を確認して、感想を述べた。レイファの後ろを歩いていたミンドールも一拍遅れて目にいれる。

 そこは、まさに悪夢のような光景だった。大きなテーブルに、無数の死体。皆、中途半端に食いちぎられて、四肢はばらばら、顔が分かるものも殆どいない。そんな光景に、眉を寄せながらも、少年少女たちはテーブルの先にあった道を進んだ。マシルが気持ち悪そうにしているが、少女たちは意外と気丈である。ミンドールとしてはあまり見て欲しくなかったのだが、こうして船に乗り込んだ以上、最後まで生存者を探さないとならない。もっとも、ここまでの現状を見るに絶望的だ。

 ジュリアがテーブルを確認しながら、口にする。

「これ、地図かな」

 血に染まっている部分が殆どだが、確かに、テーブルに広げられたそれは地図だった。だが、どことなく不完全だ。ミンドールは暫くして気が付いた。

「これはまだ途中なのだろうね。恐らく、この船はマッピングを生業にしているギルドだ」

 ミンドールの言葉に、皆がなるほどと頷く。

 簡単に言うと、世界地図の作成を手掛けるギルドだ。魔物に大して抵抗ができていないのにも納得がいく。これが魔物狩りギルドならば、戦えるものばかりだ。しかし、地図作成が主では、見張りを合わせて数人が護衛として雇われている程度だろう。商船もそうだが、命に掛ける値段を誤って、大して見張りをつけない無謀な船がある。この船もその類だろうと想像できた。

「ねぇ、あそこ」

 レイファが指を指したのは、天井だ。そこに、大穴が開いていた。レイファの指摘を受けてから、ミンドールはぐるりと周囲を見回してみる。薄暗さと血をみたくないという無意識が邪魔をしていたが、天井にはところどころ穴が開いている。あの魔物なら、通ることができるかもしれない。

「もしかして、あの死神鳥(デストーク)が巣を作ろうとしている最中、かな」

 ジュリアがいうには、こうして地下からいつでも好きな場所に抜けられるように、地上への穴を作るところが、この魔物の巣の作り方らしい。以前までいたという魔物狩りギルドでは、先ほどの魔物を死神鳥(デストーク)と呼び、必ず複数人で戦うように仕込まれるそうだ。先ほどみたいに急に別の鳥に襲われることがあるというのが、その理由らしい。

「あ!あそこ飛行石があるわ!」

 レイファが金網の先にある機関室へと近づく。この船の終点だろうそこに、きらきらと光る魔法石が備えられている。この明るさだと、まだ当分は持つだろう。捜索中に落ちるということはなさそうだ。

「金網のおかげで、魔物が近寄らなかったんだろうな」

 金網をトントンと叩いて、レパードが言う。金網から発せられる音が、鳥型の魔物には耳障りで近寄らなかったということだろう。

「鳥避け……」

 ぼそっとマシルが呟いた。

「ここで行き止まりということは残念ながら生存者はいないようだね」

 ミンドールの言葉に、それぞれが頷く。レパードはどこか悲しげな表情を浮かべて、すぐに切り替えるように言った。

「それなら早いとこ戻るぞ」

 一同は踵を返して、上に続く階段まで戻る。取り越し苦労と思うと、疲労感があった。重たい体を引きずって、航海室を出る。

 廊下を歩いていると、ふいにジュリアが足を止めた。

「ジュリア、どうしたの?」

「今、何か音が……」

 その瞬間、耳を塞ぎたくなるような音とともに、ジュリアのすぐ近くにあった扉がはじけ飛んだ。

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