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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
239/992

その239 『想起』

 クルトを見送った後、ミンドールは暫く甲板で涼んでいた。

 涼むといっても、風は、はじめからこの世に存在しなかったかのように静まっていた。セーレをすっぽりと覆った岩盤が、風を寄せ付けないのだろう。

 肌が乾燥するのを防ぐために塗ったクリームが、べとべととして気持ち悪い。汗と混ざりあってしまっていた。

 少しでも気を紛らわせるために、遥か先に見える都を確認する。陽の光を浴びてぎらぎらと光る砂の奥で、白い壁の都が揺らいで見えた。手を伸ばしたところで全く届きそうにない。そんな中、ただただ帰らない者たちのことを想った。

(待たされてばかりはつらいものだね)

 備蓄は底をつきかけている。それでも、レパードと刹那はおろか、イユやリュイスも戻らない。ミンドールたちは、彼らに頼りすぎなのではないだろうかとふと思う。いくら力があっても、レパード以外は皆、少年少女だ。そんな彼らに頼りすぎた結果、ミンドールたちはこの環境下にあっても尚、動きだせない。いや、本当のところは知っている。ミンドールたちだけならば、シェイレスタの都の門前までいって助けを求めるという手もある。運が良ければ、そこで食糧を恵んでもらうことができるかもしれない。クルトは選択肢にないようだが、元々セーレが狙われるのは『龍族』や『異能者』がいるためなのだ。その気になれば、他の面々はひもじい民衆になりすませる。

 しかし、それをしたいかどうかは、全く別だ。ミンドールたちは、彼らを信じているのだ。そして裏切るつもりは毛頭ない。だから、少なくとも、ミンドールには、その選択肢はない。

 ミンドールは、今はここにいないラダの様子を思い浮かべる。ラダならどうするだろう。前船長の形見を大事にし、誰よりも過去に捉われ誰よりもまっすぐな男だ。どんな判断をするのか、ミンドールにはわからなかった。

「ふわぁ……、おはよ」

 声に振り向くと、甲板からシェルが出てくるところだった。昨日は夜番があったのでまだ眠いらしい。

「大丈夫かい?これから見張りだろう?」

 シェルはこくんと頷いた。

「今回のは短いから問題ないよ。急に振られたから驚いたけど、レンドにぃちゃんが後で倍の時間見張ってくれるってさ」

 少しだけ表情が明るくなったので、ミンドールもにこりと微笑んでおいた。どうやら、クルトと一緒に出ていったレンドが、自分の番の見張りをシェルに振ったようだ。

 じゃあ、と挨拶だけして、シェルが甲板に登っていく。この暑さの中でも、眠そうにしていても、見張りの仕事をシェルならば怠らない。すぐにシェルが望遠鏡を覗いて周囲を確認する様子を、目に収める。

 その頑張りようを見ていると、どうしてもシェルと出会った当時のことを思い出す。あの時のシェルは、生きているのが不思議なほどだった。


 ***


「甲板長。あの船、救難信号を出しているみたい」

 見張り台の伝声管を通して、少女の声が伝わる。それを受けながら、ミンドールは航海室に報告を入れた。

「どうしやす?救難信号が出ているならすぐに助けるのがどうりでやすが」

 クロヒゲがレパードと相談している声が伝声管越しに聞こえてくる。

 航海室からの音は、ミンドールたちの耳にはっきりと伝わってくる。逆に、ミンドールたちの声は、航海室からだと非常に聞こえづらいと聞く。風や雨、それに誰かの走る音、そういったものをどうしても拾ってしまうらしい。普段は蓋をつけることで聞こえないようにしているし、話すときもなるべくラッパ状の筒に口を近づけて自身の声だけを送るようにしているのだが、何度か伝え直す必要があるのが欠点だ。一度、いらっとしたらしいジェイクが伝声管を蹴り飛ばして、皆の不興を買ったことがある。蹴りが強すぎたのか、意外と響いたらしい。

「助けるぞ」

 レパードの声に、了解の合図が返る。航海室も甲板にも反対者はいなかった。ギルド員には、救難信号を見つけたらそれが敵であっても互いに助け合うという風習がある。ここで助けないという判断を下したほうが、不満があがるというものだ。

 最も、その中でベッタだけは、新しいスリルだとか訳の分からないことを喜びのあまり叫んでいる始末だった。腕の立つ操舵士は中々見つからないから少々性格に癖があっても仕方ない、とレパードが諦めるように言っている。

「ジュリア。ここから見える範囲でいい。船の状態を教えてくれ」

 レパードの声に、ジュリアと呼ばれた少女が返事をする。先ほど、見張り台の伝声管から救難信号について教えたのも、このジュリアだった。おっとりとした、小柄な少女だ。忙しいギルド員には珍しく、お洒落が趣味のようで、前髪の一部を乱れなく編み込むという拘りをみせている。二つに束ねた薄紫の髪も、手入れが行き届いているのか、風に吹かれる度に、よくふわふわとなびいていた。

「大きさは、中型船ぐらいかな。ギルドの紋章旗があるから、ギルド船なのは間違いないみたい」

「あちらこちらに穴があいているから、魔物に襲われたみたいよ!」

 ジュリアの言葉の後に続いて発せられた、元気な声は、レイファのものだ。今は、少女二人が見張り台にいる。二人とも手練れなので、下手な素人よりも遥かに信頼がおける。

 ミンドールの位置からだと、ちょうどレイファのものと思われる三つ編みと、ジュリアの薄紫の髪が見えている。レイファの方が頭一つ分大きい。ジュリアが小さいのではなく、レイファが大きいのだ。

「なるほどな。それなら、戦える奴数人で船に乗り込むぞ。怪我人がいたらすぐにセーレに連れていくから、待機組は受け入れ態勢を整えておけ。負傷者が何人出るか分からないからな。ミンドール、連れていく奴を四人、選んでくれ。俺も出る」

 レパードの指示を聞きながら、ミンドールは今の戦力を振り返る。あの見張り台にいる二人はやる気だ。だから、乗り込む班に入れてよいだろう。そうなると、レンドと刹那はセーレに置いておきたい。魔物に襲われている船に乗り込むということは、船を近づけた際、逆に魔物に襲われる危険がある。戻るべき船が魔物に食い散らかされていたら、最悪だ。貴重な戦力はむしろ置いておきたかった。

「船に乗り込むのは、レイファ、ジュリア、マシルだ。それに、僕も出よう」

 戦えるだけでなく、怪我人を運べるだけの人員も必要だ。レパードはすぐ無理をするので、なるべく怪我人を運ぶ役にまわすことにし、自分もその役に入れた。本当はどんな魔物が出るかわからないので、リュイスもいれたかったが、人数が多すぎるとかえって動きが取りにくい。このあたりでよいだろう。

 人選をしている間に、目的の船が近づいてくる。幸い飛行石は無事なのか、まだ浮いていた。死守している者がいるのかもしれない。なんとか持ちこたえてほしいものだ。

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