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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
236/991

その236 『麻痺が解けるまでは』

 リュイスは、自分の体を一通り確認してから、「脱臼のようですね」と診断する。刹那と同じ解釈だった。

「リュイス、治すの手伝う?」

「どうにかなると思います」

 リュイスは、人の痛みには敏感なくせして自分の痛みには容赦がない。驚いたことに、自力で外れた肩を戻してしまった。見ているだけで痛そうなので、イユは見ないでおく。リュイスたちには痛覚を和らげる力はないのに、よくやることだと妙に感心してしまった。

「うっ……」

 うめき声に、はっとする。リュイスの声ではない。見やれば、隣で倒れているレパードの瞼がぷるぷると震えている。

「レパード?」

 声を掛けると、レパードの口が僅かに開いた。だが、それだけだ。空を切るような音が口から洩れるだけで、レパードは返事をしない。

「きっと、毒が抜けきってない」

 刹那の解説に、イユは愕然とした。刹那が言うには、起きてはいるらしい。しかし目も口も満足に動いていないのだと言う。

「呼吸は大丈夫なの?」

 呼吸困難と言う話を思い出して、思わず聞いていた。

「できていなかったら、もっと苦しそう」

 刹那の身の蓋もない説明に、イユとしては納得がいかない。苦しむという動作一つにも、動きが伴うものだ。その動きすらも麻痺毒にやられていたら、レパードは苦しんでいることになる。

「僕たちでできることはありませんか」

 ついさっきまで痛そうにしていたリュイスが、無理やり起き上がってくる。リュイスはもう少し自分の心配をすべきだろうと思うが、言ってもきかないことは試さずともわかる。

「多分ない」

 刹那の言葉に、リュイスが肩をがっくりと落とした。脱臼したばかりなのだから、そういう動きをするのはやめなさいと言いたくなる。それから、ふと思いついた。

「温めるのは効果ないの?私は麻痺毒にやられたとき、異様にそこが冷たかったのだけれど」

 刹那自身は刺されたわけではないからか、きょとんとした顔をしている。逆に、実経験者であるリュイスが顔を輝かせた。

「刹那、布を持ってきていませんか」

 案の定、刹那は布を所持していた。いつも持ち歩いている布を広げてみせる。

 イユとリュイスが早速手伝おうとして、止められた。

 二人は怪我人だから駄目だと言って、刹那がレパードの体にかけてやる。

 渋々その様子を見ながらも、いたたまれずにイユはぎゅっと自身の手を握る。イユの場合は足と腹部だけだが、レパードの場合は全身なのだ。青白いままの顔に、額にへばりついた黒髪が、まるで死人のようで、胸が痛い。正直、レパードのこんな姿は見たくなかった。いつもみたいに、からかい合える関係でいたかった。早く元気になってほしかった。だからこそ、こうして外から温めるだけでも多少は楽になっているものと思いたい。

 刹那がかけた布が、レパードの肩からずり落ちそうになるのを見て、思わず手を伸ばした。ちょうどリュイスも同じことをしようとしたようで、イユとリュイスはともに布の切れ端を握ってしまう。

「あ、すみません」

 重なったことを詫びるリュイスに、しかしイユはそれ以上に気になったことがあった。

「リュイス、手が震えているわ」

 小刻みに震えているのは、布の切れ端を握った右手だけではない。握りしめた左手もよくよく見れば震えている。

「……まだ、麻痺が残っているだけです。すぐによくなります」

 リュイスの説明に、イユはリュイスが両手を触手で巻き上げられていたのを思い出す。確かに袖自体が飛ばされた影響で擦り切れていて、その先にある何箇所か刺された痣の跡が、あまりに生々しかった。

「そんな手で、剣が握れるの」

 懸念することを伝えると、リュイスが明らかに顔を伏せた。

「リュイス?」

「……麻痺がとれるまでは、難しいと思います」

 リュイスが試しに腰の剣を抜こうとグリップを握った。それだけで、剣がかたかたと鳴る。鞘越しに剣が震えている。

 麻痺は一体いつとれるのだろう。かくいうイユの体も、まだ満足には動けない。冷たさは引いてきているが、力は入らないままだ。イユが刺されたのはもっと小さい魔物だったし、ずっと前だ。リュイスは解毒剤を使ったといっても、果たしてそれはいつ効き目を発揮するのだろう。リュイスの剣がなくて、イユたちはこの地下水路を脱することができるのだろうか。

 不安を覚えたイユはつい、刹那を見やった。刹那が小首を傾げている。唯一にして最大の戦力である彼女にどこまで負担させていいのだろう。イユには読めなかった。

「刹那、貴族区域からきていたわよね?上に上がる路はあるの」

 刹那は、イユの質問にこくんと頷いた。

「一時間歩いた先」

 その時間を長いととるか短いととるか、イユには判断がつかなかった。呆然としてしまったイユの耳に、微かに声が届く。

「つっ……、畜生っ」

 それがレパードの呟きだと気が付いて、はっとした。

「レパード?」

 レパードの瞼が、イユの声に反応してぴくぴくと動いている。見守る中、とうとうその瞳が開いた。片方だけのアメジストの瞳がくるりとイユを探し、捉える。

「イ、ユ?」

 声はかすれているが、出せるようになったらしい。

 イユはふっと息を吐いた。

「心配させないでよ」

 悪い、というレパードの呟きがかろうじて聞き取れる。イユも背負われていたわけなのでお互い様だとは思ったが、そのことを口にする気にはなれなかった。

「良かったです、レパード」

 純粋に嬉しそうな顔をするのはリュイスだ。レパードが、そんなに心配するなと言わんばかりの表情をしている。

 それからレパードの瞳が刹那を捉えて、見開かれた。

 レパードは刹那がいることを知らなかったのだろう。やはり刹那が助けに行ったときには、気を失っていたようだ。

「……前、今ま、で……、どこ」

 お前、今までどこに行っていたんだ。そんな言葉を発しようとしているようだ。

「あそこ」

 レパードの質問の意味を解した刹那が、指を指す。指し示された場所は、刹那が出てきた貴族区域に続く扉だった。

「刹那に助けられたのよ、私たち」

 きっと言いたいことは他にあったのだろう。どうして刹那がそんなところにいたのかとか、どうやってこの魔物の解毒剤を入手したのかとか。レパードの瞳は探るような視線を向けたまま、しかし同時に安堵の表情を浮かべていた。何はともあれ、ここにいる全員誰一人欠けていないことが判ったからだろう。

 イユも、レパードの疑問の答えを聞くべく、刹那に声をかけようとして、かけそびれた。

 突然、刹那がナイフを構えてその場を立ったのだ。

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