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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
235/991

その235 『そこにいたのは』

 薄暗い闇の中からシルエットが徐々に浮かび上がってくる。

 それはイユよりも一回りは小さい、少女の形を作っていく。昔は見慣れなかった、独特の衣装が相変わらず目を引いた。

「刹那……?」

 振り絞った声が、刹那に届いたかどうかはわからない。

 ただ、刹那の手には既にナイフが握られていた。そのナイフが水面の光を反射してきらりと光ったその瞬間、イユの視界から刹那が消える。魔物の悲鳴が轟いた。

 イユは痛みをこらえてレパードが掴まっていた方向を向く。ちょうど刹那が触手の一つにナイフで斬りつけるところだった。

 刹那の持っているナイフは、リュイスの剣と違って、ずっと小さいのだ。斬れるはずがない。ところが、確かにそれは急所を抉りとるように突き刺され、振り下ろされる。

 その瞬間、触手の先端がほどけるように水面に沈んだ。

 続けてやってきた触手を飛び越えて避け、上空から襲ってきた触手を屈みこむことで避けきる。

 そこに再び飛びかかってきた二本の触手が、刹那を包み込もうと襲ってくる。

 刹那にくるりと巻き付いた瞬間、力なく崩れ落ちた。

 巻き付いてくる触手を、刹那がナイフで一閃したらしい。刹那の動きは、足の感覚がなくなってきていたイユよりもずっと早いのだ。

 イユにそうしたように、魔物がレパードを刹那にぶつけにいこうとする。

 しかし、それをかいくぐる形でレパードを捕えた触手を潜り抜けた刹那は、触手に一閃する。

 途端にレパードを掴む触手の魔の手が緩み、レパードが路へと転がった。気を失っているのか、ぐたりとしている。

 イユとしてはすぐにでも駆け付けたかったが、今になって麻痺が強くでてきたのか、体が思うように動かない。せめてと刹那たちの様子が確認できるように、体を九の字に曲げようとして、痛みが走った。

 その間に、刹那は魔物の口まで駆け寄っていた。

 わざわざ食べられに近づく刹那が理解できない。そう思ってから、彼女の手に魔法石が握られているのを確認する。

 口を開けて牙をむきだす魔物が、生臭い息を吐いた。それをものともせずに、刹那が魔法石を投げた。きらりと光った魔法石は全部で三つ。赤、黄色、翠色に光ったそれが、魔物の口へと入っていく。そして、その魔法石の力が一気に解き放たれた。

 刹那が踵を返して路を走りだす。そのすぐあと、突然の爆風が巻き起こった。触手の一部が、天井まで吹っ飛ぶ。あるものは水の中へと沈み、あるものは壁にぶつかる。そして、魔物の頭部だったものの一部が刹那のいる方向へと跳んでいく。

 刹那は、後ろに目でもついていくのではないかと思えるほどの動きをしてのける。魔物がぶつかる寸前のところで、ひょいと跳んで躱してみせたのだ。

 魔物の頭部が水のなかへと落ちる音がした。

 その間に残った触手の幾つかが刹那に飛んで行く。はじめは屈み、次は右にひょいっとずれ、それから、くるっと回って今まさにぶつかってくる寸前の触手を避けきる。全て後ろを振り返らずに、気配だけで対応しているのが、恐ろしい。

 唖然とするイユの前で、刹那は何事もなかったように駆け出す。すぐに倒れているレパードに近寄ると、跪いて何か処置をしだした。

 イユも、レパードの様子を確認したい。しかし、刹那に状態を聞こうにも声を張り上げることができなかった。肋骨にひびが入ったのかもしれない。息を吸い込むだけで、痛みが走った。

 じっと待つうちに、刹那がこちらに戻ってくる。イユのことを一瞥した後、すぐにリュイスの元へと駆けこんだ。説明が欲しいところだが、重傷の者を優先させているのだろう。諦めたイユは、少しでも体を動けるようにするため自身の治癒力を引き上げる。

 後方にいるリュイスのうめき声が聞こえてきた。意識が戻ったのかもしれない。そうこうするうちに、刹那がイユのもとへとやってくる。状態を確認するためにだろう。容赦なくイユの体を抑えた。

 思わず呻くイユに、刹那がこくんと頷く。

「毒は一番回ってない。でも、一応打っておく」

 刹那は、注射器のようなものを取り出すと、空気を抜いた。それから巾着から取り出した液体を手早く注入していく。

「二人は、どうなの?」

 刹那がどうして現れたとか、気になることはたくさんあったが、まずはリュイスとレパードのことだ。刹那は手は止めずに、口だけで淡々と答える。

「生きている。絶対、助ける」

 そこに刹那の意思を感じて、ふっと緊張がゆるんだ。刹那に任せておけば大丈夫だ。そんな安心感が、彼女にはある。ほっとしたイユは、足にちくりとする痛みを感じた。刹那の冷たい手がイユの足を抑えている。ちくりと刺された針から冷たい何かが入っていく。

 ふっとイユの意識が飛んだ。


 体を引っ張られる感じがして、イユははっと目を覚ます。刹那の蒼の瞳が、イユを不思議そうに覗いている。それを見て、赤く見えたのは光線の加減だったのかなと思った。

「イユ、起きた?」

「えぇ」

 刹那がイユの背後に立ってイユの両腕を掴んでいるところだった。どうりで刹那の瞳が反転してみえる。どうも、壁際までイユを引っ張ろうとしていたようだ。

「自分で動けるわ」

 そう断って、壁際まで這う。肋骨から痛みが響いたが、既に刹那が治療をしていたらしい。包帯が丁寧に巻かれている。

「二人は……?」

 到達してから首だけを回して尋ねる。答えを聞くまでもなく、同じく壁際に寝かされているリュイスとレパードの姿が目に入った。どうも、刹那が頑張って運んだらしい。リュイスに至っては、顔についていた血や一部の粘液がふき取られている。レパードは完全に意識を失っているようで、ぴくりとも動かない。服にこびりついた血は拭き取ろうとしたのだろう。しかし跡が残ってしまっていた。

「レパードは首まで刺されていたから、危なかった」

 刹那の言葉に、青ざめた。

「そんなに深刻だったの、あの魔物の毒は」

 刺された箇所が冷たくなったり、痺れたり、動きの感覚がなくなったり、全体的に動きを封じようとする類の毒だというのはわかる。

 刹那が頷いた。

「麻痺毒の類。ひどいと、呼吸ができなくなる」

「怖すぎるでしょう?!」

 思わず叫んでしまって、肋骨が痛んだ。急に息ができなくなって死ぬとか考えただけでも恐怖だ。

「でも、解毒した。数時間もすれば動ける」

 刹那の発言にほっとする。今は刹那が大型の魔物を倒したおかげで静かになっているが、ここにもまた魔物がやってくるだろう。それに、待つのが遅れれば遅れるほどセーレの食糧は尽きてしまう。すぐに動けるようになることが、何よりも大切だった。

 そうなると、問題は毒ではなく、壁に激突した勢いで骨折した可能性のあるリュイスだろう。イユも肋骨が痛むが、リュイスはイユよりもずっと高いところにぶつかって、更に落ちたのだ。リュイスもそれなりの怪我をしている可能性はあった。

「リュイスの容態は?」

「左肩を脱臼した」

「え」

 イユは思わず剣を探した。刹那がイユの視線に気が付いたのか、リュイスの鞘を指し示す。二刀とも鞘に収まっていて、刹那が気を利かせて戻したのだと察する。それにしても、左肩を脱臼した状態で剣を持ったまま落下したリュイスには、唖然とする。そもそも普通は飛ばされた時点で剣を落とすだろう。

 同時に、剣を手から外したときに、痛みを与えていなかったか心配になった。リュイスは気を失っていたはずだから、大丈夫だとは思うが余計に悪化させていたら、さすがのイユも申し訳ない心地がしてくる。

「『龍族』は丈夫。骨、折れていない」

 イユが初めに抱いた懸念に、刹那が答える。壁にぶつかったとき、随分嫌な音が響いたと思ったが、あれで折れていないらしい。しかしそうなると、まともに動けないのはこの中では軽傷だと思っていたイユ自身である。少しでも治癒力を高めようと、肋骨に意識を持っていく。そこで、何か固いものが包帯と一緒に巻き付いているのに気が付いた。

「これは?」

「治癒の魔法石」

 刹那の答えに、ぽかんとする。

「つけておくと、傷が癒える。ひびくらいなら数時間で完治する」

 そんな便利なものがこの世の中にはあるらしい。

「イユと初めて会った時も使おうとした。覚えている?」

 刹那と初めて会ったとき、それはレイヴィートからセーレに乗り込んだときのことだろう。イユはあの時背中から撃たれて意識を失っていた。確か、刹那はその時、イユを治療しようとしたはずだ。不思議な力を使おうとしていたので、『龍族』の類かと驚いた記憶がある。あれも治癒の魔法石を用いたものだったと刹那は説明しているようだ。

「そんな便利なものがあるわけ?!」

 刹那には驚かされてばかりだ。驚くたびに、叫びかけて肋骨が痛む。わざとやっているのかと言いたくなるほどだ。それに、そんな便利なものがあるのなら、スズランの島で折った骨も、この魔法石で治せばよかったのにと思うのだ。

「代わりに、高い。とても貴重」

 何でもギルドでもらった報酬の一部を使って、買ってきたのだと言う。その報酬が具体的にいくらかは聞いていないが、高額らしい。しかし、その額であっても一つしか買えなかったとのことだ。

 そんな貴重な魔法石をひょいひょいと使う刹那に、イユは何だかいたたまれなくなった。刹那はわざと驚かせて怪我に響かせようなどと考える人物ではない。それに、スズランの島の出来事も、魔法石が高価ならば異能で治せるイユにつけないのは当然だ。むしろ、イユは自分の力で治療できてしまうから、今つけられている魔法石も正直、勿体ない気がした。

 しかし、そのあたりの金銭感覚が狂っている人物ではない。魔法石に頼りたいほどに、早くこの場を動くべきだと考える刹那の意思が、垣間見えた気がした。それほどに切羽詰まっているということなのだろう。

 イユは治癒の魔法石とは別に、自身の力で傷が癒えるように意識を集中させだす。重ねればより効果的だろうとの判断だ。無理に治っていく体が、きしきしと音を立てて、痛みだした。治ろうとする体の動きが、意外にも痛みとなってあらわれるものだとは知らなかった。歯をぐっと噛みしめて、引き続き異能を扱う。

「う……」

 そんな中、リュイスのうめき声がした。

「リュイス、起きた?」

 刹那の声に、リュイスの瞼がうっすらと開く。視界に入った第一人者の名前を呼んだ。

「刹那?」

 刹那がこくんと頷く。

 リュイスが体を動かそうとして、痛みのあまりに呻いた。それから周囲を見回して、イユとレパードを目に留めていく。

「良かった、皆生きていたのですね」

「刹那のおかげよ」

 リュイスの礼に、刹那が儚げにはにかんだ。普段無表情の刹那が、そんな表情をするのは珍しい。

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