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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
234/993

その234 『怪しくない?』

 朝日が昇ってしまった。

 見張り台で残っていた作業を終わらせたクルトは、額に掻いた汗を拭う。

 夜中の間に終わらせるつもりが、またしても徹夜してしまった。ここのところ、作業に没頭しては数時間仮眠して、仮眠が終わればすぐに作業に没頭し、という生活をしている。ミスタとシェルが見張りをしていたので交代しにいったのだが、クルトでは見張りにならないだろうと呆れられたのは数時間前のことだ。今は二人の予想通りマレイユに見張りの殆どを任せることになって、作業に取り組んでいる。

 リーサに滅茶苦茶心配されているが、クルトにとってこの生活は日常と変わらない。満足に寝ていないせいか、確かに目の下には隈はあるが、憑かれたように修理をするその間は嫌いではない。部品は尽きてしまって、やることがないように思われるがそうではない。部品がないならば作ればいいのだ。今は必要のない鉄くずを溶かせば、それなりのものは出来上がる。それに暑さには慣れないが、夜の寒さには慣れた。夜は作業には不向きだと思われがちだが、砂漠の空は月や星の明かりが助けになって意外と物の形が分かる。そのうえで、魔法石に光を灯して置けば、意外と作業できるものだ。最も、光が漏れたらセーレをこんな場所に停泊させる意味がない。だから自分の手で覆ってしまえるぐらいの微弱な光でどうにか作業をする。それでも、クルトからしてみれば、十分だ。

 それにしても、作業に没頭している間は不思議と、頭が冴え渡っている感じすらする。一通り終わったら死んだように眠る自身が今から見えるようだったが、それでもこの手は止められなかった。ヴェレーナにいる職人たちもここまでではないだろう。だがクルト自身の性なのか、作業が目の前にあるとどうしてもこうなってしまう。こればかりはどうしようもない。

 梯子を下りながら、クルトは再び汗を拭う。結局、朝になってもイユたちは帰ってこなかった。今頃、リーサが心配しているだろう。彼女もまた心配のあまり、一睡もしていないに違いない。それならば、クルトみたいに作業をしている方がよっぽど建設的だと思うが、そこは追及しないことにする。

「おはよう。作業は終わったようだね」

 甲板に下り立ったクルトに声を掛けたのはミンドールだった。

 相変わらずの優眼鏡の風貌だがその目に隈ができているのを、他人事のようにクルトは確認する。

「おはよ。ミンドールはクロヒゲたちと夜通し会議でもしていたの」

 恐らく夜中の間に起きて、話し合っていたのだろう。備蓄がいよいよもって少なくなってきたのだ。イユたちだけに任せておける状況でもあるまい。

 クルトの推察に、ミンドールは肩を竦めることで答えてみせた。

「そうだよ。イユたちもまだ戻ってこないから、小型飛行船でも出せないものかと思ってね」

 小型飛行船は数量の飛行石を組み込めば一、二時間は航行できる。それを使って、都以外の補給地点を探すという判断らしい。最も簡単に見つかるのであれば、セーレで航空中に既に見つけている。

 クルトはそこまで考えて、ミンドールたちの考えに気付く。恐らく、せめて食糧と水の不足だけでも解決したいと考えているはずだ。そうなると最悪の話、サボテンが大量に生えている場所でもいいから見つければ、助かる可能性は見えてくる。

 しかし、肝心の小型飛行船は船倉にあった。そして、船倉は嵐の山脈の航行で最も激しい被害に遭っている。軒並み故障していることは、ミンドールたちも知っているはずだ。

「まさかだけど、これからボクに直せって言っている?」

 そんな体力はさすがに残っていない。それに、クルトは今の冴えた頭でどうしても片づけたいことがあったのだ。

 幸いにも、ミンドールは首を横に振った。

「それはさすがに酷だろう。幸いライムが熱を入れたみたいでね。修理に入っているよ」

 ライムと聞いてクルトはほっと息を吐く。機械に対する熱意に関しては、クルトより遥かに凄まじいライムのことだ。通常は飛行石にしか関心を持たないから機関室に入り浸りだが、小型飛行船に興味が移ったのならばこれほど幸いなこともない。数時間もあれば一隻ぐらい動くようになっているだろう。

「あとは、閉鎖されている都の門を開けてもらえないか交渉するかだけど」

 それをセーレがやるには非常に目立つ。背に腹は代えられないとはいえ、相当に危険な手だ。はっきり言って、セーレはお尋ね者なのだ。原因は指名手配犯のブライトにあるとはいっても、レパードの話ではカルタータの関係者はどうも狙われている。物資の枯渇に負けてのこのこ都へ出ていったら、捕まるのは目に見えていた。その証拠にレパードたちがまだ帰ってきていないのだから。

「厳しいでしょ」

 切り捨てながら、クルトは欠伸を噛み殺した。

 そんな様子をみて、ミンドールが引き留めたことを謝る。

「そうだね。……すまない、足止めしてしまったようだ。食堂に行くのかい?」

 食堂の発想が出たのは、クルトがここのところ、寝ていないだけでなくまともな食事をとっていないせいもある。昨晩、イユが押しかけたときに、実はちょうど軽食をもらっていたところだったのだが、ミンドールはそれを知らない。

「まぁ、そんなとこ」

 そう言いながら、クルトが先に向かったのは機関室だった。ライムがいないのであれば猶更、彼がいるはずだ。

「レッサ、今いいよね?って、ヴァーナーはいないの?」

 機関室に押し掛けたクルトは、入り口に立っていたレッサに声を掛ける。見たところ、ジルの姿は見えなかった。しかしライムがここにいいないのであれば、代わりに奥にいるのかもしれない。

 声を掛けられたレッサが、少し遅れてクルトを振り返る。彼の顔も、いつもよりやつれて見える。計器の類が使えない分、機関部員の腕に燃費がかかってくる。ここまでくる間に、それなりに消耗していたのだろう。それでも、口調ははっきりしていた。

「構わないよ。ヴァーナーは休憩時間。……イユが出掛ける前にカメラを渡していたみたいだから、写真の現像じゃないかな。それか、食堂かな」

 休憩時間に写真を現像していては、結局作業しているのと変わらないから休憩にはならないだろうと、自身を省みずに感想を抱く。それからクルトは、少し考える素振りを見せたあと、「ま、いっか」と手を合わせた。

「何が『ま、いっか』なの?イユたちのこと?」

恐る恐るといった様子で聞かれるのは、中々に心外である。クルトはライムと違って突拍子のないことはしていないと思うのだが、レッサからみるクルトは残念なことにあまり大差ないらしい。

「ううん、イユたちが帰ってこない件は、クロヒゲとミンドールたちが話し合うことだし。それよりも、はっきりさせておきたいことがあるんだよね。それに本当はヴァーナーも巻き込みたかっただけ。でも、レッサだけでもいいかなって」

 レッサは明らかに不審そうな顔をした。

「何を考えているの、クルト?」

「ちょっとした手伝いをね」

 レッサの顔が更に怪訝になる。

「そこまで言うということは、今やらないといけないことなんだよね?何?」

 クルトは口の中で考えをまとめる。ラビリに絡むことだから、どう言おうか悩んだのだ。それでも、まずはっきりと言えることがある。

「裏切り者探し、かな」

 その言葉が不気味すぎたらしい。レッサがぎょっとした顔をする。

 クルトは間髪入れず、自分の考えを伝える。あまり深く追求されたくないのもあった。

「今、この船にはレパードもリュイスも、イユも刹那も戦力となる人が軒並みいないんだよねー。あ、レンドみたいなのは除くけど」

 聡いレッサはクルトの言いたいことを察する。

「いるとしたら、その裏切り者は、今行動を起こすはずだってこと?」

「その通り。だからこんな時だからこそ、突き止めておこうと思って」

 リーサがブライトに一泡吹かせたところを思い出す。友の為に、魔術書の正体を突き止めたリーサは中々格好良かった。魔術書を奪われたクルトとしても、何か頑張っておきたいところだ。最も、この裏切り者はブライトの敵対者、暗殺をしようとした人物に当たる。ブライトからしてみたら、クルトは貢献者だろう。そこだけは正直癪に障る。

「それで、どうしたらこの船に裏切り者がいるって発想になるんだい」

「ブライトが暗殺者に襲われたでしょ。あれ、変だと思わない?」

 あまりブライトを庇うと、それこそ暗示に掛けられた気がしてくる。それでも、クルトとの考えが確かなら、いつか脅威となるその人物がこの船に確実にいるはずなのだ。

「なんで、すぐにブライトの部屋がわかったの?暗殺者凄いね!で終わらせていいんだっけ。それなら、イクシウスとかの国がボクらを捕まえる方が、精度高そうだよね」

 レッサは少し悩む顔をした。

「分からなくはないけど、それだけでは早計な気もする」

 本当はそれだけではない。ラビリの件を知ったから、分かったのだ。

 話すべきかなとクルトは悩む。そもそもラビリの件をセーレ内で共有すべきなのか、レパードとクルトの間だけで留めておいた方がいいのか、判断がつかないでいる。ただ、ラビリの為を考えれば、後者の方がずっといい。イユの暗示疑惑で盛り上がったセーレを見てしまったから余計にその思いは強くなる。しかし、レッサは聡いから、包む隠さず話しておいた方がいいかもしれない。

「それで、そこまでいうってことは、誰が怪しいとかも目星がついているってこと?」

 クルトが説明しようとする前に、レッサはそう口を開いた。

「うん、まぁそうだけど。早計だって言う割に聞いてくれるんだね」

 レッサはきょとんとしてみせた。

「クルトが相談しにくるときは、大抵意味があるから」

 相談に乗る価値があると、レッサは当然のように言ってのける。

 相変わらず頼りになるお兄ちゃんだなぁと、クルトは心の中で感謝を述べる。普段はヴァーナーにいじられて尻に敷かれている印象のあるレッサだが、いざという時はヴァーナーもレッサも嘘のように頼りがいがある。

「わかった、察しのとおり目星がついているんだけどさ」

 クルトが少し声のトーンを落とした。

「ミスタって、怪しくない?」

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