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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
230/994

その230 『門を超えて』

 着地はできたものの、足が痺れた。痛みに顔を顰めながら、リュイスとレパードの、イユを心配する声を聞く。

「う、上……!」

 すぐにこの危機を伝えなければならない。しかし痛みに声が掠れた。それでも、二人には伝わったらしい。

 見上げた二人の絶句した表情を確認する。

「まさか、先回りですか」

「なんでだよ、おい」

 リュイスとレパードの言葉には、理不尽な現実に対する戸惑いが含まれていた。

 動揺する彼らの前に、しかし魔物は容赦をしない。襲ってきた触手を、リュイスが次から次へと斬り捨てる。その場に留まっているせいで、数が増えている。イユは慌てて立ち上がった。

「他に道はないの?!」

 出口が使えないと分かった今、他の場所から逃げるしかない。

「まだ行き止まりってわけじゃない」

 レパードの視線の先に、細道が続いている。

「行きましょう!」

 リュイスに促されて、イユたちは走った。その背後から触手が襲ってくる。

 走り抜けている合間も、前方の水路からぶくぶくと泡が立ちだす。そこから触手が飛び出すだろうことは予想できた。

「イユ!」

 しかし、そこで飛び込んできたのは、閃光だった。レパードの魔法とも違う、白い光だ。イユは寸前のところで後方へ飛びのいた。リュイスの突然の警告がなければ危なかった。

 何事かと瞬きをする合間に、リュイスが後方からやってきた触手を斬り捨てる。

 その間に、イユたちのいるすぐ左の水面から異様な量の水泡が立っていくのに気が付いた。

「早く逃げるぞ!」

 何かがおかしい。そう思ったところで、レパードから指示が下りる。イユたちより長く地下水路に籠っている人間の言うことだ。すぐにイユは速度を上げた。

 水泡から飛び出てきたのは、触手ではなかった。もっとずっと黒く、そして長い。ヘドロの塊のようでいて、太さはイユの体ほどはある長い胴体が、光を放ちながら先ほどまでイユたちがいた場所を飛び越えた。そして、反対側の水の中へと突っ込んでいく。水音が響き、いくつかはイユたちにかかった。

 新手の魔物だ。クラーケンのような魔物にもぞっとしたが、飛びかかってきた大きさにイユの背筋が冷えた。

 何より、触れたわけでもないのに魔物が通った路が、黒ずんでいるのだ。焦げた匂いがイユの鼻まで漂ってくる。そのうえ、近くにいた触手がまとめて閃光に焼かれて、地面にのたうちまわっていた。

 足が竦みかけるのを、意思の力でねじ伏せる。ぞっとする暇があるなら、イユたちは少しでも早く魔物から逃げなくてはならない。そうしなければ、待っているのは死のみだ。

 再び走り出したイユたちの後方で、人の声が聞こえてきた。兵士たちのものだろう。悲鳴が聞こえるから、イユたちを追いかけようとして下りたところを魔物に襲われているかもしれない。

 初めてクラーケンのような魔物に兵士が襲われた場面を見たときは吐き気すらしたものだが、逃げるのに必死になっている今のイユたちに、その余裕はない。背後を振り返ることもせず、ただ必死に走り続けた。

 路は、意外なほどに曲がりくねっていた。大きく道を曲がった先にも、魔物たちは大勢いた。リュイスとレパードが魔法でそれらを牽制して進む。蝙蝠もいるらしく、急に膨らんでは触手の餌食になっていた。偶然触手から逃れたものについては、魔法が浴びせられる。それすらかいくぐって飛んできた蝙蝠には、イユが蹴りをくらわした。

「あれは、門に相当する場所か?」

 レパードの声に、イユは路の先を見据える。左右に隔たれた大きな壁が、そこに存在した。そして、路の先にあるのは、鉄格子だ。格子戸は見た限り閉まっているが、イユが蹴り飛ばしてしまえば開けられるに違いない。

 三人は速度を上げた。すぐ背後で、黒い魔物が閃光を飛ばしながら追いかけてくる。その音に追い立てられるようにして、必死に走った。

 イユは視界が霞んでくるのを感じる。体が思うように動かなくなってきている。毒が回ってきたのかもしれない。触手が足を掴もうと伸びてくるのを見て、飛び越える。速度に自信があるはずなのに、三人の中では遅れ気味だ。リュイスが気づいて速度を合わせてくれているが、そのリュイスも左腕で剣を振り回そうとはしない。いつの間にか立ち位置も変わって、右側にリュイスが、左側にレパードがいた。話はしていないが、レパードもリュイスが左腕を庇っているのに気づいているのだ。恐らくイユのことも気づいているだろう。

 だからといって、甘えるつもりはない。この現状で、レパードたちに置いて行かれても、イユは文句を言えない。二人ならば、そんなことはまずしないと信じている。きっと助けようとしてくれるだろうと。しかし、イユは異能者施設でまさに自分が生き残るためだけに弱者から食べ物を奪ってきた側の人間だ。そんな人間が、進んで人に縋ることなどできない。必死に歯を食いしばって突き進んだ。

 一瞬、頭の中にブライトが浮かんだ。あの『魔術師』ならば、ここにいる魔物たちを魔術で払うことができそうではあった。だが、彼女は他でもない、一人でシェイレスタの都へと帰還している。今頃は本人の家だろう。ないものに縋ることもまた、今のイユにはできない。今ばかりは、イユが踏ん張るしかないのだ。

 いつの間にか思考していたその間に、触手が前方から迫ってくる。イユの顔を狙ってまっすぐに突き進んでくるそれを、屈んでやり過ごした。

 空を切った触手は、すぐにリュイスの剣によって捌かれる。断末魔の声が挙がり、後方で追ってきていた黒い魔物の閃光を受けて、燃え尽きた。

 そうこうするうちに、門が迫ってくる。

 イユは格子戸に向かって、思いっきり、跳び蹴りをした。

 ガシャンと言う音とともに、倒れた格子戸ごと向かい側、第一市民区域へと入り込む。

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