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カルタータ  作者: 希矢
第三章 『烙印を隠せ』
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その23 『二日目(前半)』

 小さなノック音にはっとした。最悪な夢見のせいでどっと疲れた身体では、起き上がるのも苦痛だ。べたべたと気持ち悪い肌感覚に顔を顰めつつも、めくったままだった袖を下ろす。そうして、ふらふらと扉へ近づいた。

 鍵を開けドアノブを掴んだところで、ひんやりと冷たい感触が伝わる。金属だから他のものより冷たく感じるらしい。それだけのことに何秒も考え込んでいたせいで、またノック音がした。

 耳を刺激するその音がたまらず、すぐに開ける。おろおろと見やる紫色の瞳と目が合った。それから黒い長髪とヘッドドレスが目に入る。白い前掛けをしたドレス姿の少女が目の前に立っていた。昨日紹介されたリーサだ。

 いきなり扉が開くとは思っていなかったらしく、どこかたじろいだ様子で言い訳を口にされる。

「朝なのに起きてこなかったから……、どうしたの?」

「え?」

 イユをみて心配しているのが、伝わってくる。それが理解できなくて呆けている合間に、室内に入ってきたリーサにベッドを示された。

「座って。寒くない? 温かいココアを持ってくるわ」

 何か答える余裕は与えられなかった。言いたいことだけ言い放ったリーサはあっという間に部屋の外へと出て行ってしまったからだ。

 昨日の怯えようはどこにいったのかと、不思議に思って鏡の前へと急ぐ。そこに映ったものを見て、思わず呻いた。

 寝ていたはずなのに隈まで作った、やつれて青白い顔。汗を掻いたとすぐ分かる、ぼさぼさの髪。着崩れたままの衣類。

 怪我の酷さや衣服のぼろぼろ具合は気にならないイユであっても、昨日のセーレの暮らしから、心配される類の顔をしていることは理解できた。

 しかし、傷は治せても顔のひどさまでは治せない。手で髪だけ梳かして大人しくベッドの上に座る。今頃になって指先が震えたままなのに気がつく。ゆっくりと深呼吸して、落ち着かせようとした。

「何をやっているのよ、私」

 たかが夢でここまで落ちぶれる自身に幻滅したくなる。

「お待たせ」

 声に振り向くと、リーサが扉を開けて中に入ってきたところだった。その手に白いマグカップとタオルがある。

 受け取ったイユは、先ずは一口、カップに入っているココアを飲んだ。甘くて、優しい味がする。その後、続けて渡されたタオルで冷や汗を拭く。

「落ち着いた?」

 リーサに聞かれて、頷く。

「そう、良かったわ。でも、もう少しゆっくりしていて大丈夫だから」

 すぐに立ち上がったリーサは、それだけ言うと再び部屋を出ていった。

 しんとする部屋のなか、イユは先ほどのリーサという少女について考える。


 今まではリュイスに似ていると思っていた。しかしながら、先ほどまでのリーサのてきぱきとした行動を見ていると、どうやら全く違うタイプの人間らしい。


「あら、その服……」

 再度イユの部屋に戻ってきたリーサの手にあったのは、昨日までイユが着ていた服だ。

「マーサさんに頼まれて破れていたところは直したわ。ただ、鞄はまだ修理にだしていて返ってこないの。午後には直ると思う」

 捨てられたと思っていたが、どうも違ったらしい。気に入っていたわけではないのだが、何故かほっとした。

「顔色がよくなってきたわね」

 リーサが隣に座って、イユの顔色を覗いている。

「ねぇ、怖くないの」

 昨日との変わりようが理解できなくて、聞いてみる。

「そうね。怖かったけど、あなたが怖がっていたから怖くなくなったわ」

 意外な言葉に、ぎょっとした。

「私は、怖がってないわよ」

 そう言わなくては、ならなかった。もし怖がっているなんて思われたら、この世界では生き残ることはできない。それこそ、夢に出てきた魔術師が身をもって教えてくれたことだ。

「はいはい」

 毅然と言い放ったつもりだったが、リーサにとってはどうでもよいことだったようで、受け流されてしまった。

「それより朝食はなくてもいいの? もう時間は過ぎてしまったけれど」

 加えて別の話題を振られ、反論するタイミングを失う。

「時間って?」

 仕方なく話題に乗ると、リーサに不思議そうな顔をされた。

「まさかだけれど、船長に聞いてない?」

 通じていないことに気付いたのか、壁にかかっていた時計を指差される。

 正直、初めてそこに掛かっていることに気が付いた。昨日はそのまま寝てしまったし部屋に置いてある物の配置はまだ理解していないのだ。

「朝食は八時、昼食は十二時、夕食は十八時よ。皆集まって食べるからあなたも食堂にね」

 今は九時を示している。

 リーサは納得した顔をみせた。

「このことを知らせてないから食堂に来なかったのね。全く船長も抜けているのだから」

 不満を言うリーサをみて、馬が合いそうだと感じる。昨日のような怯えたリーサは嫌だが、今のリーサは付き合いやすいのだ。

 リーサは席を立つと、衣装棚を開けイユの服をかける。その手が少し震えている。

 イユは自身の手に視線を下ろし、同じように小刻みに震えていることに気付く。認めたくなくて、話題を振ることにした。

「レパードには、仕事を手伝えとは言われたけれど」

 リーサが振り返る。

「もう動いて大丈夫なの? まぁ、ここでやれないこともないし持ってくるわね」


 リーサが持ってきたのは大量の衣服と布だった。針と糸が渡される。

「裁縫?」

 まさかと思うがこれが仕事なのだろうか。また夢でも見ているのかもしれないと、一瞬自身を疑う。

「破れた衣服は八着ね。縫い物の経験は?」

「あるわ」

 それも、嫌というほどだ。

「この布は?」

 何かを作れということなのだろう。手を取ってみてみる。見本のつもりだろうか、布と一緒にドレスや型紙まででてきた。

 大丈夫よとリーサは言う。

「それは私が作るから」

 破れた衣服が渡される。上着に穴が開いていた。やることは殆ど一緒だなと思うと後は早い。イユは作業に取り掛かる。

 十分もしないうちにリーサが感心した声を上げた。

「大したものね。綺麗だし、早いし……。なんだか自信を無くしちゃうわ」


 それはもう、こちらは命がかかっていたから。


 そんなことは口が割けても言えまい。言葉選びに悩んだ末、リーサを持ち上げることにした。

「リーサだって、綺麗に縫うじゃない」

 リーサの手にある衣服も、イユの目には完璧に修繕されているようにみえた。違いがあるとすれば、それは早さだ。リーサが一着目を直している間に、イユは三着分を終わらせている。

 四着目の衣服を手に取るイユを見て、ぼろっとリーサが零した。

「異能者って皆そうなの? それも異能というわけはないわよね」

 裁縫が完璧な異能とはなんて平和な力だろうと言いたくなる。とはいえ、その言い方が気になった。

「どういう意味?」

 途端に、動揺したような顔をされる。余計な事をつぶやいてしまったというような表情だ。

 心配しなくとも、文脈から大体予想はつく。前にいた異能者も裁縫が得意だった。それだけのことだろう。

 それにしても、裁縫が得意という共通点に引っ掛かるものがあった。


 まさかとは思うが、その異能者も……。


「……聞いてはいけないことだったのかしら? ごめんなさい」

 何故だろう、怯えたリーサをみるのは堪えた。

 言及しない言い方で返すと、ほっとした顔でいつもの彼女に戻る。前いた異能者とやらも気になるには気になるが、わざわざ追及してまで聞くものでもない。これでよいのだろう。

「それより、仕事って毎日これなの?」

 六着目を終わらせながら聞くと、リーサにくすりと笑われた。

「どちらかというと珍しいわよ。毎日あるのは洗濯とお掃除とお料理ね」

 珍しいと言われて、安心する。

 今直しているズボンは、ナイフで切り裂かれたような跡がついている。毎日衣服を修繕しないといけないのだとしたら、こうしたことが頻繁に起こっている証拠だ。

 あっという間に八着が終わる。リーサがまだ最後の衣服を修繕しているので、代わりに布に手を伸ばしたところで呼び止められる。

「あぁ、待って。あなたのサイズを測らせてちょうだい」

 そこでイユの衣服を作ろうとしていることに気が付いた。サイズを一通り測られながら、聞いてみる。

「いいの? 三着になるけれど」

 もともとのイユの服、今着ている緑のドレスに、テーブルに置かれている黄色の布。二着も衣服を貰うことになる。

「当たり前でしょ。いろいろと着合わせて使ってね」

 今着ている衣服を見下ろす。青緑の上着に深緑のドレス。リーサが着たら、黒髪に映えてさぞ似合ったことだろう。

「……この服、リーサのでしょう? 良かったの?」

「構わないわ。私はまた作るしね」

 彼女は全く残念がっている様子もなく、むしろこれから作るイユの衣服にわくわくしている様子だ。

「これでいいわね」

 さぁ、あなたのお洋服を作るわよとばかりに、袖をまくりあげるリーサ。

 ふと閃いた。

「ほかに布ってないの? よければ、リーサの服を私が作るわ」




「完成ね!」

 二人の手元にはドレスが一着ずつ。一つは黄色でもう一つは水色だ。余っている布はたくさんあったらしいが、彼女の好きな色だというのでこれに決まった。

「まぁ、可愛いわ。刺繍もすごく細かいし素敵ね」

 青色の糸があったので花の模様を象った刺繍を入れてみたのだが、気に入られたようだ。

 今まで散々裁縫をやってきたが、デザインを自分で考案したのは初めてで、正直センスに自信はなかった。社交辞令だったとしても、喜びの声を聴けるのは嬉しいものだ。

「ただのお花にしては拘っているわよね? 何のお花なの?」

「オリニティウスの花よ。雪の中でも咲く花なの」

 寒さに過酷なイクシウスにおいて唯一美しく咲く花だ。花など興味がないから、オリニティウスぐらいしかイユは知らない。だからこれは、イユが知る限りドレスに最も合う装飾だ。

「……縫い物って楽しかったのね」

 互いにお礼を言い合い早速衣服を衣装棚に掛けながら、イユはぽつりと呟いた。

「そうよ。だから私、裁縫は好きなの」

 修繕し終わった衣服を畳みながらリーサが、晴々した表情で答える。

 彼女がやってきた裁縫とイユがやってきた裁縫は全く違うものだったのだろうと気づかされた。確かに、今日のような裁縫なら、今後もやっていいと思えるから不思議だ。


 そのとき、部屋をノックする音がした。

「おーい、何かやらかしたのか?」

 失礼な物言いだけで誰が来たのか分かったイユは、途端にげんなりとした顔をした。

 リーサが真っ先に扉を開けに行くと、そこから見飽きたもじゃもじゃの黒髪の、眼帯の男が現れる。リーサが出迎えるとは思っていなかったらしく、間抜けにも驚いた表情を作っていた。

「お? まさかここで作業をしていたのか」

 船長相手には礼儀正しいらしいリーサが頷いて説明する。

「はい、体調が優れなかったみたいなので……」

「平気だから!」

 思わず遮った。何故だろう、レパードにだけは特に弱みを見せたくないと感じたのだ。

 驚いた顔で振り返るリーサとともに、レパードの視線がイユへと向く。その意外そうな顔も癪に障った。さらにその顔で、案の定の言葉を吐かれる。

「何か変なものでも食ったのか?」

「食べないわよ!」

 楽しかった裁縫もすっかり興ざめだと感じて、イユは思いっきりレパードを睨みつけた。

「おぉ、怖っ」

 震える仕草をしてみせるのが、一々わざとらしい。全く、何しにきたのだろうと、そう思った疑問はすぐに解消される。

 既に帰ろうと背を向けだしたレパードが、付け足すように本題を告げたのだ。

「まぁ、いい加減に食べに来いよ。もう作ってもらえなくなるぞ」

 初めて二人は、十二時の針がとうの昔に過ぎていることに気が付いた。





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