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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その228 『地下水路の魔物たち』

 重たい空気の中、一行は路を進む。暫くは一本道だった。幸いなことに、先ほどのような足幅の狭い床も、水のある空間にも出くわしていない。ただずっと、左右を壁に囲まれた路を進んでいく。

 そうこうするうちに、再び下り階段が見えてきた。何も言わず背を向けて下りていくレパードに、イユはたまらず質問をする。

「ねぇ、この道はどこまで続くのよ」

 行き止まりを恐れていたイユに、レパードは返した。

「俺も知らない。ただ、このままいくと第一市民区域には出られるらしいぞ」

 刹那を探す過程でこの通路の話を聞いたとレパードは話す。ちなみに、レパードが言うにはそろそろ第一市民区域と第二市民区域を隔てる門も近いらしい。

「しかし、まさかお前たちがここに来るとはな」

 話す余裕ができたのか、レパードがぽつりと続ける。

「遅いから迎えに来たのよ」

 イユが返すと、レパードの肩が僅かに落ちる。レパードは背を向けて進んでいるため、表情までは読めない。だから、イユにはレパードの考えがよく分からなかった。

「リュイス。お前の独断じゃないよな?」

 振り返るレパードの目が鋭い。イユは慌てて答える。

「違うわよ!ちゃんと、ミンドールやクロヒゲにも話をつけてきたわ」

「押し切られたの間違いだろ」

 レパードの言葉が冷たい。だが、イユとしてはきちんと許可を取ったつもりである。むしろ、助けにきてあげたのに、こんな態度をとられることが心外だ。

「承諾は取っています」

「こいつを連れていくこともか?危険だろうが」

 レパードは、イユを連れてきたことに危機感を示しているらしい。リュイスの言葉にも、納得した様子を見せない。

 元々レパードはイユを都に連れていくつもりが微塵もなかったことを思い出して、イユはげんなりした。ここでまたその討議が始まるのかと思ったからだ。

「レパードが戻ってこないと、このままではセーレの皆が飢えてしまいますから、受け入れてくれました。イユなら壁を越えられますから」

 それに対して、リュイスがすまして答える。皆が飢えるというところで、レパードの眉間に皺が寄った。どうも、自分が遅くなったことへの自覚はあるようだ。

「レパードこそ、これまでどうしていたのよ。さっさと戻ってきてくれれば、私だってこんなところにいかなかったわ」

 折角なので、レパードに散々あてつけて文句を言ってやる。レパードの眉間の皺が深くなっていくので、さすがに言い過ぎたかなと少しだけ反省した。最も、都に連れて行ってもらえなかったことをこういう形で仕返せたことに、同時にせいせいしている自分もいる。

「戻るに戻れなかったんだ」とレパードが口を尖らせる。

「まず、刹那とはぐれた。区域中を探しまわったが、あいつはちっとも見つからない。諦めて一人で都を出ることも考えたが、その時には昼でな。人が多いせいで梯子でも掛けようものならたいそう目立つ。いっそのこと翼で飛ぼうにも上昇気流はない。そんなときに、地下水路の存在を聞いて刹那がいる可能性を疑って入ってみたものの、魔物だらけで戻るに戻れなくなったときた。ほとほと困っていたんだ」

 イユは言ってやった。

「だったら私が来て正解ね。ロープも持ってきたし、いざとなったら異能で壁まで運んであげるわ。地下水路も三人いればどうにか出られるでしょう」

「お前らはがっつり追われていて、危なかっただろ……」

 呆れ口調のレパードに、イユはむっとなる。確かにその通りだが、イユたちがいることでレパードは帰る手段を手に入れたはずだ。

「刹那とははぐれたままなのですか」

 リュイスの質問に、レパードが答える。

「あぁ。というか、お前ら俺が一人でも驚かなかったよな。ギルドで言伝をみたということか。追われたのはその後か」

 レパードは、イユたちが説明をするまでもなく、一人で推理し納得している。

「兵士が追いかけてきたのよ」

 酒場での話をすれば、レパードの息を呑む音がした。

「なんでお前たちの顔が割れているんだ」

「言いきらないでよ。偶然かもしれないでしょう?」

「『間違いなく、『異能者』だ』なんて言うか?酒場を出た途端に襲われたことといい、漏れているとみるべきだろ」

 レパードに事細かに説明しすぎたなと、イユは膨れっ面になる。イユ自身疑問に思うからこそ、その指摘は痛い。

「知らないわよ」

 ブライトか。そんな呟きがレパードの口から洩れた。

「……知らないわよ」

 二度目の言葉に、返ってきた返事は背後からだった。

 人の声ではない、キーキーと響く鈍い声だ。すかさず、レパードが拳銃を引き抜き、撃ち抜く。

 イユが振り返ったときには、人二人分先の場所で痙攣して地面に突っ伏す短毛の生き物の姿があった。その生き物から悪魔のごとき羽が生えているのを確認して、察する。これは蝙蝠の魔物だ。

 しかし、蝙蝠にしては大きい。羽の部分を除いても、イユの頭と同じくらいの大きさはある。丸々と膨らんだ図体には、一体何が詰まっているのだろう。

 立て続けに青白い光がはじける。一瞬、光に照らされた天井に、蝙蝠がへばりついているのが見えた。イユは思わず身震いする。閉じられた口から収まりきらずに、はみ出しているのは牙だ。そこから涎のようなものが垂れて、イユの近くで零れたのであった。

 再び光がはじけて、蝙蝠が落下する。地面に衝突したときには、べちっと嫌な音が響いた。飛ぼうとしたところを撃ち抜かれたらしく、羽が広がりきらずに中途半端に折れていた。

「蝙蝠の魔物にしては、でかいわよね」

 地面の蝙蝠を覗いて、イユは再び周りを見回した。蝙蝠らしい姿はどこにも見えない。しかしこの蝙蝠も、恐ろしいことに、ついさっきまで天井にいることに気づかなかったのだ。イユの目は、暗がりだからといって見落とすことはしない。そう過信していただけに、足元を掬われた心地がした。思わず身震いしたとき、肌に妙な風を感じて、慌てて一歩下がる。それが、良かった。

 次の瞬間、イユの目前に蝙蝠が視界いっぱいに広がった。正面で、口を大きく開けているせいで、牙どころか口の奥深く、喉仏のようなものがあることまで確認できる。

 咄嗟のことで、何も出来なかった。呆然とするイユの後方で銃声が響く。

 眉間を撃ち抜かれた蝙蝠が、遥か後方へ吹っ飛んだ。

「ここはこいつらの巣だが、まだましだ。この先にはさっきいたような魔物がわんさか出る」

 レパードの発言とその落ち着きように、ぎょっとした。イユは今の今まで食われそうになったせいで、心臓がばくばく言っているのにだ。レパードには、この手の魔物はどうやら全く大したことがないらしい。

 そんなレパードが先ほどまで何気なく話していた言葉を思い出す。都に入ってから散々だったというレパード。彼はさっき、地下水路に入ったものの、戻るに戻れなくなったと言っていた。

「ちょっと確認したいのだけれど」

 イユの発言の最中にも、リュイスを狙って魔物が頭上から突然降下してくる。魔物の動きに反応できないリュイスではない。すぐに剣で斬り伏せた。

「戻るに戻れなくなったって、ここにいる魔物が原因でないの?」

 リュイスが斬り伏せた魔物を観察すべく屈みこむ。そうしてからはっとしたように見上げた。慌てて後方へと退く。

 その途端、リュイスのいた場所に向かって、巨大な蝙蝠が何もない空間から現れた。今しがたリュイスがいたところにぶつかっていく。

 イユがさきほど出くわした魔物と全く同じ行動だ。わかっていたのであろう、リュイスが再び剣で斬り伏せる。魔物の悲鳴があがった。

「そんなわけないだろ。もっとやばい奴がうようよしていた」

 リュイスの奮闘の合間も会話が続く。

 イユは、どうしてこの都の住民はこんな危険な場所のうえに都を作ってしまったのかと、声に出して叫びたくなった。蝙蝠の魔物に動じない『龍族』のレパードさえも戻れないと言わしめた地下水路だ。もし地下水路から魔物が出てきたら、住民全員で立ち向かったところで、まとめて食われる未来しかみえない。

「戻る以外に路はないわけ?!」

 レパードが銃で撃ちながら、答える。

「仕方ないだろ。お前らが、兵士を連れてきたんだから進むに進めなくなったんだ」

 イユもレパードと同じように、眉間に皺を寄せたくなった。

 そこを、リュイスが何度も空を斬りつけながら叫んだ。

「話してないで、そろそろ行きましょう!集まってきています!」

「一気に駆け抜けるぞ!」

 気配を感じたのだろう。レパードが叫びながら、銃で後方に乱射する。魔物たちの悲鳴が響く中、走り出した。

 負けじとイユも走り出す。リュイスが剣で斬り裂きながら後を追う。

 途中、リュイスがイユに解説した。

「この魔物、元は凄く小さいです。小指の爪ほどの大きさですから、イユでも確認できると思います」

 その言葉に、イユは振り返る。目を凝らしてみて、初めて気が付いた。黒い、小指の爪ほどの塊が浮遊している。汚れや埃の類だと思っていた。それほどに多いし、気にならなかったのだ。

「まさか、あれが全部魔物だっていうの?!」

「魔物のなかには、自分の姿以上に大きくすることで相手を脅かす習性をもつ生き物がいると聞いたことがあります」

 解説は続いているが、意味は分かっても理解ができない。埃ほどの大きさが、一瞬でイユの頭ほどの大きさになったのだ。あり得ないだろう。だが、そうでもなければ、魔物が何もない空間から現れたことになる。それはもっと考えたくない可能性だ。

 埃ほどの大きさならイユたちは全く気付かないのだから、ぜひそのままイユたちが通りすぎるのを待っていてほしかった。

「ここの魔物は非常識揃いだ。油断はするな」

 忠告しながら、レパードが再び撃つ。視界の端で膨れ上がった蝙蝠が、光を浴びてはじけた。

 しかし、走るイユたちの前方で、ぽん、ぽんと立て続けに蝙蝠が膨れ上がっていく。

 レパードがただちに魔物に光を放ち、討ち漏らしたものをリュイスが剣で斬っていく。イユも目の前にやってきたものについては手で払って応戦した。

 イユたちがどんどん倒していくせいで魔物たちも危機感を抱いたのだろうか。埃ほどの魔物が次から次へと膨らんでいく。早く狩らないと通路に溢れてしまいそうなほどだ。

 危機感を抱いたイユたちは通路を駆け抜ける速度を上げる。右に沸き、左に現れ、目の前で突然膨れだす魔物をがむしゃらにはじいた。

 路が、昇り階段へと変わり、数段飛ばしで駆け込む。平面に変わったところで、風が前方に吹き付ける。リュイスの風の魔法が埃ほどの魔物をあらかじめ追い払おうとしたのだ。吹き付けられた勢いで、左右の壁に追いやられた魔物たちが次から次へと膨らんでいく。遥か先にある路が狭まっている。扉のような大きさにくりぬかれた空間に向かって無我夢中で駆け抜けた。

 通り抜けた瞬間、水の音が世界を支配した。

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