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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
225/994

その225 『地下水路を進んで』

 闇に目を慣らすまで待つ時間は、イユには必要ない。目に意識を持っていけば、分厚い扉と数段の階段が映った。

 くるりと進行方向へと体を向ける。視界の先で、同じように振り返っていたリュイスの翠の瞳が目に止まる。リュイスの背後では階段が続いていた。

「行きましょう」

 イユはリュイスの腕をつかむ。リュイスの目はきっと、まだ慣れていない。道案内が必要だった。

 階段は石畳でできているらしく、イユたちが乗っても軋み一つしない。代わりに天井は低く、イユはまだしもリュイスが時折頭をぶつけている。それを見て、以前二人で洞窟に入ったときのことを思い出す。あのときは水の音がしていたが、今回はそのときよりはずっと水の気配が薄い。それでも、時たまぽつぽつと雫の落ちる音がする。砂漠のなかにある都であるのが嘘のようなひんやりとした空気に、この空間だけが切り取られたような心地さえした。

 そうこうするうちに、階段は終わり、平らな地面がやってくる。この頃には、リュイスの目も慣れたらしく、腕を引っ張る必要はなくなった。天井も、イユが両手を上に伸ばしたところで全く届かないぐらいに高くなった。

 一本道の進路を進むと、どうしても自分たちの靴の音が気になった。カツ、カツッと通路内に響き渡っている。それがあるところで、水をはじく音に変わった。

 思わず眼下を見やれば、水溜まりが疎らにできている。暫く歩き続けると、水溜まりの数が明らかに増えてきた。

 更に歩き続けたところで、壁がやってくる。行き止まりかと思ったが、違った。近づけば、左手に路が延びている。

 再び歩き始めると、今度は右手に昇り階段、その先にある扉も――、が見えてくる。

「ここを上がればいいのかしら?」

 ぽつりと呟くイユの声が僅かに反響する。リュイスがすっと人差し指を唇へと持っていった。静かに、という合図だ。

 それから、小声でリュイスが説明する。

「この位置だと、ちょうど番所の真下です」

 言わんとすることを察して、イユはぎょっとする。誤って階段の先に進んだものなら、避けてきたはずの兵士たちとわざわざ対面するところだった。それにしても、リュイスは地下を歩いていてよく大体の位置が分かるものだと、感心する。地上だけならまだしも、地下にいながら地上の位置を把握となると、イユにはさっぱりである。地下は地上を歩くのとは、随分体感が違うのだ。

 足音になるべく気を付けながら、通路を歩き続ける。再び曲がった路の先で、今度は左手の壁がなくなった。代わりに闇のなかで揺らいでいる水面が見える。少し乗り出すと、床のすぐ近くまでなみなみと揺れる水と、その奥深くに、下り階段が確認できた。一段目の階段に棒が刺さっていて、そこに木桶が掛かっている。きっと、水汲み場として使用されているのだろう。

 水面の先はずっと向こうまで続いている。緩やかな階段になっているようで、水はゆっくりとイユたちのもとへと流れていく。その動きに、既視感があった。暫く考えて気がつく。

「ここ、大通りね」

 小声で確認すれば、リュイスからこくりと頷きが返った。

 しかし、大通りの真下として考えると、なんだか不思議な感じがする。所々ある柱は通りを支えるのに必要な支柱になっているのだろう。見上げると首が痛くなるほどの高さに天井があった。

 また、柱とは別に、壁で阻まれて先の確認できない場所がある。そのうえ、人が歩けるような壁のない板を敷いた通路もあった。それには柱のような一定の規則正しい間隔はなく、無造作、無計画に積み上げたといわんばかりの様相だ。

 そして、何より不思議なのは、水の行き場だった。左右に、そしてイユのいる方向へと流れていく水は、しかし決して水かさを増さない。それは、左右をよく確認すると分かる。滝のように下へと流れていく隙間が存在するのだ。きっと見えていないだけで、イユたちのいる真下も水が流れていっているのだろう。しかし、そうなると、今よりも下に水が流れる空間があるということになる。今ですら圧巻されるほどの高さだ。これより下に続く空間とは、一体全体どういうことだろう。

「きっと、遺跡の上にこの都を建てたんでしょうね」

 小声でリュイスがそう言った。イユは小さく首を横に振る。

「ついていけないわ」

 遺跡の上に都をつくるという発想も、技術も、全く意味が分からない。

「それよりも」

 イユはいっそう水へと近づいた。水が発する冷気が肌に心地よい。

「これ、飲んでもいいのよね?」

 リュイスに少し困った顔をされた。


 暫く進むと、今度は昇り階段に変わった。そして、すぐに平らな通路に切り替わり、今度は下り階段になる。それを、何回か繰り返したあと、登った先でイユの足が止まった。

 見下ろした先に三つも下り階段がある。目の前に一つ、左右に一つずつだ。左右の階段はどちらもすぐに扉があった。目の前の路はまだ続いている。

「これはどっちよ?」

 シリエたちは路が分かれているとは一言も言っていなかった。どういうことかと悩む。

「こっちでしょう」

 リュイスが選んだのは左の路だ。地上の位置を把握しているリュイスの言うことだ。信じて進む。

 因みにあとで聞いたが、右の路は都の角、壁にぶつかるはずだという。ひょっとすると、そこも兵士の詰所になっているかもしれない。真っ直ぐの路は、ギルドまで延びている可能性があると言っていた。

 左の路の先の扉は、緑色の一風変わった扉だった。片手でそっと押すと、いとも簡単に扉が開いた。

 隙間を広げていくと、再び石畳が目にはいる。扉の先もまた、先ほどの路の続きらしい。昇り階段が続いている。

 そこを登っていった先でまたしても分岐があった。左に一つ、右に一つ扉がある。右の扉はまた緑色で、ポスターが貼ってあった。薬の絵とともに、イユでもわかる文字で「ようこそ。裏口からでも歓迎します!反対側の扉は、外へと出ます。眩しいので気をつけて!」と書かれている。

 イユはリュイスと顔を見合わせた。薬屋は確かにここらしい。しかし、イユたちは、薬屋に入りたいわけではない。ただ、大通りを通らずに反対側に行きたかっただけだ。

 互いに頷き合う。イユたちは、左の扉を進むことにした。

 左の扉は、重かった。押したときに開いた僅かな隙間から、光と熱気が入り込む。外に続いているのは間違いないようだ。イユはあらかじめ視力を調整しておいた。外ではもう、日が昇っているはずだ。眩しさに目がやられるのは、懲りていた。

 それから、手に力を込める。ザドが押した扉のように、ギギギと鈍い音が鳴った。射し込んだ陽光に、リュイスがすぐ後ろで目を細めているのが分かる。

 イユは、その光の中へと飛び込んだ。

「現れたぞ!捕まえろ!」

 突如叫び声とともに、兵士たちが流れ込んでくる。光を味方にとって槍を構えて突進してくるその形相には、イユを少女であることに躊躇う要素が一つも見られない。『異能者』と分かって、飛び込んできているのだと分かった。

(えっ、何で?)

 イユの心の声は、決死の表情で向かってくる兵士たちの叫び声にたちまち掻き消された。

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