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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
222/992

その222 『潜入』

 だが、ロック鳥やランド・アルティシアで高台から落ちても平気だった体だ。骨折などはしていないようで、リュイスはすぐに起き上がってみせた。

 その様子に、イユは心の中でほっと息をつく。イユが無理やりに引っ張った結果、怪我をさせてしまったらレパードと刹那を探すどころではない。

 壁の上は小路になっていた。人が並んで歩けるほどの幅があり、幅の中央に片手ほどの溝が彫られていた。イユはそこを跨ぐように足をついているが、その足からひんやりとした空気が伝わってくる。そして、ちょろちょろと音がした。見下ろせば、月の明かりを浴びてきらきらと光るそれが視界に入る。そう、溝には水が流れているのだ。ただ残念なことに、手が触れられないように網が取り付けられている。そのせいで網に足がかかると、かしゃんという音が響くことになりそうだ。そっと溝から離れる。

 都を覆う壁上には、兵士の一人二人は配備されているものだと勝手に思い込んでいた。門の外の様子を調べるのに壁上はうってつけだからだ。しかし、実際にそこにあったのは僅かな水であり、人の姿はない。

 イユは首を捻る。門を閉鎖したのにはそれなりの理由があるはずだ。再び門を開けていいか判断する人材が配備されていなくて果たしてよいものなのだろうか。

 とはいえ、今のイユたちには好都合である。都の事情を懸念している暇があるなら、早く下りる場所を探した方がいい。そう解釈して、周囲を探ることにした。

 小路には水が流れているだけではなく、イユの腰ほどの高さの壁がある。

 イユは背を屈めながらも、ちらりちらりと都の中の様子を探った。薄闇の中、白い建物がいくつか立ち並んでいるのが視界に入る。都の中は寝静まっているようで、非常に静かだ。けれどもまだ明かりのついている建物もある。その建物の陸屋根に、ギルドの紋章旗が掲げられているのを見つけて、すぐにリュイスに報告した。

「ギルドで間違いないですね。まずはあそこに向かいましょう」

 困ったらギルドに言伝を頼む。それがセーレでのルールだ。レパードも何かしら残している可能性はあると言いたいらしい。

 リュイスの言葉に頷きながら、イユの興味を引いたのはその近くにある街の中を横断する壁と、そこにある門だった。門の手前は背の低い噴水があるぐらいで、ひらけているので、建物に阻まれずにその様子を知ることができた。

 門扉の前で槍を持った二人の人物が立っている。イクシウスの兵士と比べると鎧らしい鎧もつけていない。だが、見張りらしい動作から恐らくあれがシェイレスタの兵士なのだろうと判断する。

 ギルドの建物の近くに兵士がいるとなると、警戒が必要になるだろう。そんなことを思いながら、都の構造を頭に叩きいれていく。ギルドを前にした大通りに、門の近くの詰め所を確認する。壁を越えた先の建物は手前にあるものと変わらないが、二層ある壁の向こう側にある建物はやたらと大きくて目立った。きっと都の奥に『魔術師』の屋敷があるのだ。ブライトの家はあの建物のどれかに当たるのだろうなとちらりと思った。

「あそこ、梯子があります」

 声を掛けられて、はっとした。

 リュイスが顎でしゃくっている。

 見ると確かにそこに、梯子が備え付けられている。これを見て、やはり壁上には見張りの一人ぐらいいるのだろうと確信した。偶然遭遇していないだけなのだろう。そうとなれば、長居は無用だ。

 イユは梯子から見える眼下の様子を探った。建物と建物の間に挟まれた狭い空間がそこにある。人の姿はなく、建物も明かりが灯っているわけではない。リュイスを振り返って、行けそうだと目で合図し、先に梯子を下り始めた。

 梯子は木でできていたが、ボロボロで今にも壊れそうだった。それを感じながらも、下りる速度を上げていく。もともと、最悪は梯子もない場合を想定していた。その時は壁から下りる時に異能を使うつもりでいた。リュイスの風魔法と合わせればどうにか怪我はせずに下りれるはずだと見積もっていたのだ。しかし、下りる瞬間を目撃されたら、『異能者』だと報せるようなものだ。それに比べれば、梯子がある現状は、とてもついている。しかし、下りるまでに時間がかかるという行為がイユを焦らせた。早く下りないと、この状態で誰かに発見されたら、イユたちが『異能者』だとはわからなくても侵入者だとはばれてしまう。そう思うと焦りが生まれる。足を踏み外しそうになって、慌てて梯子を握る手に力を込めた。

(落ち着きなさい)

 自分に叱咤してから、一つ深呼吸をして再び下り始める。上の方で、リュイスもまた梯子を下り始めたのが気配だけで分かった。

 そうこうするうちに、ようやく足が地面へとついた。イユはすぐに梯子から離れて周囲を探った。人の気配は上から見た時と同じで、全くしない。建物は上で見た時よりもずっと高く感じたが、一軒は空き家らしい。『入居者募集中』と書かれた張り紙が壁に貼り付けられている。

 文字が読めたことに少し自信をつけていると、リュイスが下りてきた。『龍族』の特徴でもある耳を隠すために、既にフードをかぶっている。

「こっちです」

 リュイスに指示を出されて、イユは進み始める。その方向を見て悟った。ギルドの建物の近くには兵士はいたが、リュイスは構わずに進むつもりらしい。

 建物と建物の隙間を縫うように歩いていく。人の姿はそれまでやはり一度も見なかった。

 イユは歩きながら、水の音を拾った。上にいたときに聞こえていたちょろちょろという音よりは、ずっと大きい。都の様子を眺めたときに確認している、水路だろう。

 時折左手に見える建物の隙間から、水の匂いを感じて、切なくなった。早くセーレに運べたらどんなによいだろう。それに、イユ自身も喉が渇いていた。できることならば手にとって、口にしたい。

「イユ、どこにいくつもりですか」

 はっとした。知らないうちに、体が引き寄せられるように水路に向かっていた。首を横に振って、「なんでもないわ」と答える。水路は、大通りにしかなかった。そんなところにとことこ出て行って水を飲みだしたら、目立つことこの上ない。

「ギルドは大通りに面していますから左手に行くことになるかもしれませんけれど、まずは裏口から入れないか確認してみましょう?」

 リュイスの話では、ギルドの建物には扉が二つあるかもしれないということだった。まずはそれを調べてみたいそうだ。

 頷きながら、イユは再び進みだす。この頃には、民家の数は減って、少しずつ店が出てくるようになった。リュイスの言うことにも納得できる。店のいくつかは大通りを向きながら、裏路地の扉にも看板がついている。今イユの近くにある建物の看板には、『ルドナの薬屋』と掲げてあった。窓に小瓶が置かれていて、薬の近くに紙が貼られている。紙に説明書きなのか、文字が書かれていた。ただでさえ読める文字の少ないイユには、反転した文字などさらに読めない。どうせ関係ないだろうと思い、先へと進む。

「イユ」

 肘で軽く突かれて、イユは頷く。水の叩きつけるような音から、噴水広場が近くにあるのが分かった。先ほどみた都の配置から、そろそろギルドが近いらしいと判断する。

 それからリュイスを振り返る。

 リュイスが目のみで行き先を示し、すぐに歩き出す。

 それに続けばすぐに、ギルドの建物が見えてきた。橙色の明かりが窓から零れている。

「行きましょう」

 リュイスに声を掛けられて、頷く。

 リュイスの予想通り、裏通り側にもギルドは扉を用意していた。

 扉を開けて中に入れば、途端に温かい空気がイユの肌にこびりついた。耳に飛び込んできた人々の声は、先ほどの都にはなかった音だ。見回して気が付く。思った以上に人の数が多い。多くは男だが、女もいる。皆が皆、旅装束をしている。とはいえ、何人かに固まって床に敷物を敷いて眠っている者が殆どだ。声だと思ったものの殆どは、寝息の類らしい。しかし起きている者もいるようで、それぞれテーブルを囲って相談し合っている。そういう者たちは一様に不安そうな顔をしていて、これからどうするかと頭を抱えている。どの人々も、急な閉鎖に驚いて避難してきたようにも思われた。

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