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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
220/991

その220 『ミンドールとクロヒゲ』

 話は少しでも早い方がいいということで、イユとリュイスはすぐに航海室へと向かう。リュイスが管理している仕事の分担表では、今の時間、クロヒゲは航海室で整備をしているらしい。クロヒゲとは殆ど航海室でしか会ったことがないので、イユとしてはいけば必ずいるものだと思っていただけに、少し意外だった。

「クロヒゲ、話があるのだけれど」

 扉を開けた先で、クロヒゲがミンドールとテーブルを囲んで真剣な顔で相談し合っている様子が見られた。船が停泊しているため舵を取る必要がない分、今は二人で話を詰めているところのようだ。

「イユ?ひょっとして、船長が帰ってきたのかい」

 驚きの表情を浮かべるミンドールの質問に、イユは首を横に振った。やはり皆、部屋に閉じ込められていたはずのイユが出てくると同じことを考えるようだ。

「このままだと脱水症が心配だったので」

 リュイスがリーサの心配を口にすると、ミンドールも向かいにいたクロヒゲも納得したような顔をした。

「……二人は、重要な話をしていたのよね?」

 イユの話も重要だが、邪魔をしたのではないかと確認をとる。

 クロヒゲもミンドールも首を横に振った。

「確かに大事でやすが、手のうちようがねぇでやすから気にしないでくだせぇ」

「今後の補給問題について話し合っていたんだ」

 レパードの帰りをただ待つだけではなく、他にも手はないか模索していたところらしい。気になったので、イユは自分のことよりも先に二人の話を聞くことにした。

「今朝のうちにレンドとマレイユに周辺を探ってもらったんだが、やはり水や食糧の類には期待できなさそうだ」

 砂では植物が育たないらしく、木の実や食べられる葉の類も当然見つからない。それは台地と台地の狭間、陰のある場所であっても同じのようだ。

「砂漠に生える植物として、サボテンというものがあるそうでやすが、それもこの辺りにはないようでやす」

「ただ、魔物の類はいるようだ。生き物の骨はいくつか見つけてきたらしい」

 小型飛行船くらいにはなる大きな背骨も見つけたと聞いて、イユの背筋が寒くなった。黄色の砂しか印象にない砂漠だが、こんなところでも魔物は生息しているらしい。

「あとはマレイユが魔法石を拾ってきた。火の魔法石だったよ」

「それは、凄いですね。この辺りには落ちているということですか」

 リュイスが驚いたような顔をしている。

 その様子から、魔法石というのはそこら辺に落ちている類のものではないらしいと察する。そういえば、以前レパードが貴重だと言っていたはずだ。

 イユが魔法石について思い出しているところに、リュイスが、「発掘場があるかもしれませんね」と言い出した。

「発掘場?」とイユは内心首を傾げる。

「これほど近くに都がありますから、いくら砂漠といってもシェイレスタの人々がこのことに気づかないはずがないです。そう考えると、この台地は既に人の手が入っていると思います」

 話がつながらずに確認を取る。

「よくわからないのだけれど、魔法石は発掘して入手しているの?」

 イユの質問に、リュイスが頷いた。

「はい。機械と同じですね。特定の場所でしか発掘できないようです」

 そこまで説明を受ければ、イユにも少しは話が見えてくる。特別な場所にしかない貴重な魔法石が掘り起こせるという場所が、今セーレがあるこの辺りにあるかもしれない。イユの頭の中で、鞄に山ほど魔法石を詰めた旅人が都へ下りていく絵が描かれた。それから思い当たる。逆もあるかもしれない。

「……つまり、都から頻繁にここへ人がくるかもしれないってことよね?」

 セーレが見つかるのではないかと懸念する一方、いいことも思いついた。

「それなら、やってきた奴らを捕まえて食糧を奪……」

「残念なことに、人の姿は今のところ誰も見てはいないようでやすぜ。まぁまだ滞在時間が短いでやすから、これからかもしれやせん」

 クロヒゲの言葉に遮られてしまい、イユはむっとする。いい案だと思うのだが、何故だかイユがこの手の話をすると彼らはいつもイユの言葉を塞ぎにかかる気がする。

「それより、君たちの方こそ何かあったのかい?」

 文句を言おうとしたところで、ミンドールが話を振ってきて、言うタイミングを逃した。

 仕方なく、イユは本題へと話を移す。

「レパードたちを迎えに行こうと思うのよ。いくらなんでも遅いでしょう?」

 ミンドールとクロヒゲもまた、互いに顔を見合わせた。セーレの面々はどうしてこうも皆、同じような反応をするのだろう。

 今度はミンドールが、代表してイユに尋ねる。

「確かに船長のことは心配だが、どこまで迎えに行くつもりだい?」

 隠しても仕方がないことだ。ミンドールもわかったうえで聞いている。そう判断したイユは、言い切ることにした。

「勿論、シェイレスタの都よ」

 ミンドールの顔が若干伏せられる。それに合わせて、眼鏡が外の光を浴びて、鈍く光った。

「イユ、分かっているとは思うが……」

 みなまで聞くつもりはない。ミンドールの言葉にかぶせる。

「分かっているわ、シェイレスタの都に危険があることぐらい。私がまだ暗示に掛かっているとも思っているのでしょう?けれど、都は閉鎖されたのよ。私でないと助けにいけないのもまた事実だわ」

 イユの発言に、二人して苦い顔をしている。

 リュイスがフォローするように、イユの異能で壁まで跳べるかもしれない旨を伝えている間も、その表情は変わらなかった。

「……船長は、もうすぐ帰ってくるかもしれないよ。確かにペタオは手紙を渡せなかったが、都からは脱して砂漠を歩いている可能性もないとはいえないだろう」

 ミンドールの言葉は、少し意地が悪いとイユは思う。ミンドールがその手のことを考えていないはずがない。

「ミンドールたちのことだから、レパードが帰ってきたかどうかわかるように見張りは立てているはずでしょう?」

 もし見つけていたら、イユたちのことをはっきりと止めているはずだ。そうではないということは、見張りはまだレパードたちを見つけていない。

「今はそうだね。でも時間の問題だとも思わないかい?」

 レパードのことを信頼していると言ったら聞こえはいいが、どうにも解せなかった。

「待ちたい人は、ずっと待っていればいいのよ。私は短気だから、来ないかもしれないレパードのことなんて悠長に待っていられないわ」

 それぐらいなら自分で行って引き摺り戻してくると、言い張る。

 それにレパードが無事に都から出てくるだけでは問題は解決しないのだ。まだ食糧や燃料、水の問題が残っている。レパードを悠長に待っていたら、本当に底を尽きてしまう。このままではセーレは全滅だ。

「けれど、お二人のアイディアだけでは心許無いでやすね。そもそも、門に登って都に入れたとして、どうやって戻ってくるつもりでやすか」

 クロヒゲの質問は、まだ建設的だった。

「同じように跳んでいけばいいでしょう?」

 イユの言葉に、クロヒゲが首を横に振る。

「それは無理ってものですぜ。行きは二人でやすが、帰りは四人だ。ましてや刹那のお嬢ちゃんは普通の人間でやす」

 刹那のナイフさばきが人より並外れて優れているので忘れがちだが、あくまで彼女は普通の人間だ。イユのような異能で門まで飛びあがる力はない。

「リュイスとレパードは翼があるでしょう?私は、刹那ぐらい背負っていくわよ」

 これにはリュイスが反対した。

「できれば、翼を見せるのは最後の手段にしたいです。都の中がどうなっているか分かりませんが、あまり狭いと一人ずつしか飛べませんし、撃ち落とされる危険はあります」

 広い場所で上昇気流を呼ぶ分には問題ないが、街の中で風を起こしたら余計なものまで巻き上げて飛ぶどころではなくなる可能性があると、補足する。都の中には当然いるであろう兵士たちに銃を乱発されながら、加えて自分で起こした風で怪我をしながら、『龍族』の二人だけは順に脱出になると、確かに厳しいものがありそうだ。それに、レパードがどんな状態でいるかもわからないのに飛べる前提にしておくのは危険だとのクロヒゲの意見もあった。

 帰りがそんなに大変になるつもりではなかったイユは、思わず心の中で唸る。いつも思うが、『龍族』の翼というのは便利なようで結構役に立たない。リュイスの風の魔法も、魔物を輪切りにするには効果的だが、こうした部分では意外と制限がある。

「ロープを持っていきましょう。翼を出すよりは地道に登るほうがまだいいと思います」

 リュイスの発案に、イユは頷いた。イユが往復して跳ぶことも考えたが、飛んだり跳んだりするのはやはり目立つのだ。都に潜入した時点でイユたちの正体がばれたら仕方がないが、もしうまく身を隠してレパードと刹那と合流出来たら、確かにロープでの脱出はありだと思う。

「まぁ何も持っていかないよりはいいかと思いやす」

 クロヒゲは苦い顔をしていても、イユたちに反対はしないようだ。

「ただ都が封鎖された以上、食糧問題は残りやす。少しでいいので持って帰れたら持って帰ってくだせえ」

 クロヒゲの訴えに、神妙に頷く。セーレの食糧問題を解決するためにレパードたちが先頭を切って都に入ったというのに、今では都自体が封鎖されてしまって、解決からは猶更遠ざかってしまった。何とかしなければ非常にまずいのだ。

「食糧はこちらでも動くよ。可能性は少ないとはいえ、もし人が近くまで現れたときに同業者のふりをして、買い取るのもありだと思っている。それに、魔法石が見つかった以上、もう少し周辺を調べるのも手だろう。うまくいけば水の魔法石が手に入るかもしれない」

 ミンドールの言葉に、イユは少しだけほっとした。水の魔法石が見つかれば、確かにそれが一番いい。それが砂の中から銀貨を探すレベルの話だとしても、足掻く手段が残っているのといないのでは全く違う。

 それに、イユとしてはミンドールから建設的な意見を聞けたことがよかった。イユたちがシェイレスタの都に行くのを反対するのであれば、こうした意見は出てこない。完全な納得はしていないだろうが、それでもミンドールは認めてくれたのだろうと、そう解釈した。

「ミンドール、クロヒゲ。話がまとまってきたし、私たちすぐに出ようと思うの」

 イユの部屋には既に鞄が用意されている。クルトの助言に従った結果、イユは鞄の中に大事なものを殆ど詰め込まないで行くことにした。お財布とお守りだけが入れてある。これにいれるとしたら、あとはロープだけだ。

「本当に君たちは急だね。だが善は急げともいう。わかったよ」

 ミンドールがどこか諦めた顔でイユたちを見ている。クロヒゲが「お気をつけて行ってきてくだせえ。他の皆には伝えておきやす」と言った。クロヒゲの方がさっぱりと割り切っているようだ。

「えぇ、行ってくるわ。なるべく早く帰るから」

 イユの宣言に、「いってらっしゃい」とミンドールの言葉が返った。

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