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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
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その219 『相談』

 とはいえ、すぐに出発とはいかない。まずは腹ごしらえをすべきだと言われて、イユは食堂に向かうことになった。

 食堂の扉を開けると、若干暗くなっていた。明かりを少し落としているようだ。瞬きをして目を慣らすと、マーサとリーサ、セン、それにクルトが一つのテーブルに集まっているのが見えた。

 イユに気が付いたリーサが、「あら!」と声を挙げる。

「船長が帰ってきたのかしら」

 確かに、レパードがいないと開かないはずの扉の先にいたイユが登場したら、そう考えるのが妥当だろう。

 イユとリュイスがともに首を振った。

「残念ながら。とりあえず、僕の魔法で扉を無理やり開けました」

 何か食べ物はないですかとリュイスが言えば、マーサとリーサが二人して立ち上がる。その間に、クルトが席に座るように手招く。センは渋い顔でテーブルの真ん中に置かれた紙を睨みつけて微動だにしない。

 大人しく座るイユたちに、クルトがほっとした顔をした。

「よかったよ。リーサがこのままだとイユが脱水症になるかもってうるさくてさ」

 食事よりも水分不足を心配されていたようだ。確かに室内であっても、シェイレスタの熱気が木の隙間から入り込んでくる。

「水ぐらい飲めなくても平気よ」

「いや、水不足はやばいって」

 強がったイユに、クルトが呆れたような顔を見せる。クルト曰く、知らず知らずのうちに人は汗を掻いているようで、油断は禁物なのだそうだ。

「イユ、お待たせ」

 リーサが水を注いだグラスを持ってきてくれた。

 それを口にして初めて、イユは口の中が渇いているのに気づく。口に含んで、十分に味わってから呑み込んだ。水が燃料、食糧に比べて一番余っているとはいえ、節約は不可欠だ。

「喉が渇くと思うけれど、クラッカーをどうぞ」

 マーサもクラッカーを持ってきてくれる。

「ありがとう、二人とも」

 お礼を言って、イユは渡されたクラッカーを口に入れる。1枚、2枚……、3枚を食べたところで、残りは返した。これだけでも胃が刺激されて、空腹を感じだす。それでもこの食糧は残り少ない貴重なものだ。これ以上、口にすべきではない。

「いいの?少ないよね」

 驚いたような顔をするクルトは、日ごろイユが食べ物に飢えていることを知っているからの反応だろう。

 いくらイユでも、食糧が少ないこの状況で腹いっぱい食べようとするほど愚かではないのだが、クルトの反応に若干傷つく。

 しかし、イユが文句を言おうとする前に、センが突然テーブルに突っ伏した。

 普段のセンらしくない唐突な行動にぎょっとして、イユは言葉を失う。

「セン、どうしたんですか?」

 リュイスの焦った声に、センがむくっと起き上がる。それから、暫しの沈黙の後答えた。

「……満足のいく料理を食べさせられないことに、無力さを感じていた」

「は?」

 思わず聞き返したイユに、マーサが取りなすように笑みを浮かべた。

「意外とセンさんは子供なのよ。頑張りようがないから、拗ねているの」

 そう言われて、よくよくテーブルに置かれた紙を見やれば、そこにはクラッカーを使った料理のレシピ案が描かれている。殆ど絵だけで表現されているため、イユでもわかる。クラッカーのイラストに、イチゴのジャムが描かれていた。どうでもいいが、センは絵心があるらしい。

「ジャムは尽きてしまったし、今ある調味料はコリアンダーぐらいなのよね……」

 確かにジャムがあれば口の中が乾燥しなくて済むが、そのジャムもないとしたら、打つ手はないだろう。コリアンダーが何かイユは知らないが、クラッカーには合わせにくいか、喉が渇く類のものなのだろうと勝手に想像する。

「まぁ、それはともかくとして、イユはもう少し食べても大丈夫よ。今日丸一日他に何も食べていないでしょう?」

 遠慮するなというリーサの視線を感じて、イユは首を横に振った。

「私は、シェイレスタの都に侵入できたら、多分食べてこられるから大丈夫よ」

 説明していなかったせいで、皆の動きがぴたっと止まった。恐る恐るという顔で、イユを見やる。

「イユ、まさかシェイレスタの都にまだ行きたいの?」

 イユは頷きかけて、このままだと暗示に掛かったままだと宣言しているのと変わらないことに気が付いた。

「そうではなくて、誰かが帰ってこないレパードを迎えにいかないといけないでしょう?」

 表現を変えるイユに、リュイスが付け足す。

「イユと相談して、救出に向かおうという話になりました」

 リュイスの説明に、しかし、皆の表情は硬いままだ。イユとリュイスを除いたそれぞれが互いに顔を見合わせて、視線だけでやり取りをしている。その何とも言えない沈黙に、イユは彼らがイユをシェイレスタの都に行かせたくないと考えていることを悟った。

 暫くした後、代表としてクルトが発言する。

「ねぇ、リュイス。その判断はさすがにどうかと思うよ」

 クルトは以前、イユがセーレにいたいと言ったとき別によいのではないかと肯定していた。それがあっただけに、今回の反応はイユにとっては予想外だった。イユの味方をするとまではいかないが、『行きたければ行けばいい』ぐらいに言われると思っていたからだ。

「何よ、クルトは私を疑っているの?」

 まだイユが暗示に掛かっているのだと思っているのでしょうと、クルトに追及すれば、首を横に振られた。

「この場合、イユではなくてブライトを疑っているんだよ。悪いのは暗示を掛けた人物なんだから」

 暗示に掛かっているかどうかを疑っているのは、イユのことを置いていったレパードだけではない。船長であるレパードが感じているということは、船員たちの何人かも同じように暗示を疑っているのだと意識させられる。内心で溜息をついた。これではイユは振り出しに戻ったようなものだ。

 ところがそこで、クルトが言ってのける。

「まぁ、暗示の有無はこの際いいよ」

 はっきりとどちらでもいいと言いきったクルトは、イユがよく知るクルトだった。

 クルトが語る。

「でも、ブライトの望みは、イユ自身かもしれないよ?シェイレスタの都に帰るだけじゃなくて、イユを自分の手元に置いておきたいのかも。だから、ブライトは散々イユに自分の屋敷に来るように印象づけていたんじゃないの」

 イユは、クルトの言わんとすることを読み取れずに、聞いていた。

「えっと、つまり……?」

「ブライトがやりたがっていたことは極力避けた方がいいと思う」

 クルトは暗示の有無に関わらずイユがシェイレスタの都に入るべきでないと警告しているのだ。ブライトの狙いを予想したうえで、考えられる危険性は排除すべきだと言う。

 それにはイユも理解できた。クルトの考えは、きっと間違ってはいない。

「でも、私なら壁を越えられるわ」

 しかし、レパードたちにいち早く接触する手段として、異能は有効だ。異能の力で壁の高さ程度は飛べることを話し、他に何か案があればそちらに従うとまで言い切る。

 イユの説明に、クルトは頭を掻いた。

「まぁ、確かにそうかもだけどさ」

 懸念ははっきりと言うものの、イユの力が必要であることも事実だからか、クルトは強く反対しない。

「リュイスの翼で飛んでいくというのもありだとは思うわよ」

 イユなりに思いつくことを敢えて挙げてみる。厳しいと分かったうえでの案だ。

「それは見つかったときを考えると、やばいでしょ。『龍族』の翼は隠さないと」

 イユの跳躍も見つかっていいものではないが、『龍族』が都に現れるのと『異能者』が都にやってくるのではインパクトが違うと、クルト自身が反論する。『異能者』と違って『龍族』は絶滅したと思われているのだ。見つかったものなら、どうなるかわかったものではない。

「はぁ……、しょうがないのかなぁ」

 クルトが溜息をついた。

 イユとしても、代替案がない以上イユの案でいくしかないと思うのだ。たとえ、そこにどれほどの危険が待ち構えていてもである。

「イユ、本当にいかないといけないの?」

 リーサは祈るように、両手を組んでいた。

「えぇ、私以外に適任者はいないでしょう?」

 リーサの瞳が不安そうに揺れている。

 またしても、イユはリーサを心配させるのだなと思った。

「リュイスちゃん、せめて、クロヒゲさんとミンドールさんにはお断りを入れておいてね」

 マーサの言葉に、リュイスは頷いた。

「勿論、そのつもりです。独断で動いていい案件ではないと思っています」

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