その217 『閉鎖』
男の叫びは、建物中を駆け巡った。
それを受けたギルドの者たちが、互いに顔を見合わせる。
「第一市民区域のだろ?それなら、俺たちが先に知らせた。急に追い出しを食らったのは、お前だけじゃないさ」
背中に大きな荷物を背負ったままの大男が、叫んだ男に答える。なるほど随分混雑していると思ったが、原因は第一市民区域からの追い出しらしいと、レパードは思う。
しかし、叫んだ男以外は、誰も驚いた様子を見せていない。むしろ慣れているのか、「またか」という顔をしている者もいる。
そもそも、門番の話では第一市民区域は出入りこそ自由だが、旅人は嫌厭されているという話だった。追い出しとやらは、日常的に起こることなのだろう。
ふっと、息をつく。レパードがシェイレスタの都に入ったときに限って何かが起きたのだとしたら、それはきっと作為的な何かだ。だから、日常的に行われているものだと知って、安心した。
しかし、男の声に中断された喧騒が再燃しようとしたところで、男が、
「違う、そうじゃない」
とかぶりを振った。キッと、ギルドにいる皆を見渡して、喚く。
「俺が来たのは、都の出入口だ!飛行船に戻れなくなるぞ!」
途端に建物内に静けさが広まった。
レパードもまた、すぅっと血の気が引いていくのを感じた。
「まさか、連絡は来ていないだろう」
荷物を背負った大男は、どこか呆然とした様子で口にする。
群がっていた旅人の中の一人が、
「砂嵐か?」
と聞いた。急にやってきた砂嵐から逃れるため、門を閉めたのではないかと言いたいらしい。
男は、
「知らねぇよ!」
とそれに返す。男の話では、どうも事前の説明も何もなかったらしい。
「あいつら、急に門を閉め出したんだ!説明を求めたら、武器で脅された!」
問答無用のやり方と聞いて、その場にいた者たちの表情に不満が浮かんだ。シェイレスタはこれだから信用できないとか、口々に言い合う声が、あちらこちらで聞こえてくる。
レパードの頭の中では、警鐘ががんがんと鳴っていた。あってはならないことがまさに今目の前で起きている。どこかで、ブライトがニヤリと笑った気さえした。
「いや、まだ大丈夫みたいだ」
男の後ろの扉が開いて、浅黒い肌をした少年が叫んだ。
「あいつら、門を半分閉めた状態で、飛行船に残っている人たちを誘導しだした。行くなら今だ!」
まだ、門は閉めきっていない。レパードはそれを聞いて決心する。兵士は多いだろうし、逃げきっても見渡しのよい砂漠しかない。それでも、危険を冒さなければこのまま閉じ込められてしまう。急がないと、セーレに戻れなくなる。
「刹那、門まで急ぐぞ」
レパードは男の脇を抜けて少年を押し退けると、ギルドの建物を飛び出した。
視界に入った右手の門が、既に閉じられていた。第一市民区域と第二市民区域の境が、はっきりと分かたれている。これが、追い出しの結果だろう。
一瞥するとすぐに、左手、緩やかな階段を下りていく。レパード以外の数名の人物も、同じように門を目指して走っている。彼らもまた、外に停泊していた飛行船に戻りたいらしい。
近くの建物から興味本位な目を向けている男が視界の端に映って、すぐに消えた。向かいの建物の窓からも女が顔を覗かせている。夜でもこの騒ぎが気になるようだ。
大変目立つが、幸いギルドから出てきた数名のおかげで、レパードは紛れ込んでいる。そのまま突っ切った。
走り続けると、ようやく門が見えてくる。人がごった返していた。そのせいで、門の様子が確認しきれない。足に力を入れて、状況を見据えようと目を凝らす。
そして、レパードの足は止まった。
目に映ったのは、既に閉じられていた門だった。たった今閉じたばかりなのか、砂ぼこりが周りに立っていた。
最後尾の女が名残惜しそうに振り返る。そこを門番が追い立てた。
レパードは膝をつきたくなった。一足遅かったという現実が、走り続けた疲労となって襲ってきた。息を整えながら、強く意識する。
まんまと、都に閉じ込められてしまった。
同じように間に合わなかった男の一人が、門番に近づいていく。不満のはけ口とばかりに、叫んだ。
「おい、連絡なしに閉めるなんてどういうことだよ!」
門番は、仕事口調を崩さずに答えを返す。
「非常事態だ。悪いが何人たりとも出入りは許されない」
「どういうこと?!いつになったら開くの」
この質問は、男の近くにいた女のものだ。手元に小さな鞄がある。飛行船から追い立てられて、持てる最小限の荷物だけを抱えてやってきたように見受けられた。
「いつまで続くかは不明だ。数日、数週間の可能性もある」
門番の言葉に激昂したのは、別の男だった。腕に入れ墨をし、腰にナイフを刺した若い男だ。恐らく、魔物狩りギルドの類だろう。
「ハァ?ふざけてんのか、お前」
掴み寄ろうとした男に、門番は槍を構えて応戦の仕草を取る。
一触即発の雰囲気を感じたその時、男の様子に気付いた門番の仲間が五人も駆け寄ってきた。人数の多さに目を剥いたが、ここには詰め所もあるのだ。いざという時、すぐに駆け付けられる体制が整えられている。
さすがの男も、分が悪いと思ったのか、それには一歩退いた。
「我々は職務を全うするだけだ」
門番の回答に、ギルドの者も黙っていない。
「ふざけるな!」
始まった言い合いを聞きながら、レパードは乾いた唇を舐めた。
完全にしてやられたと思った。この騒動の原因がブライトだと感じているレパードは、自分の甘さを思い知る。いくらブライトが権力を持っていたとしても、今のようにギルドからは反発が出る。だから、まさかこの短時間で門を閉鎖されるとは思わなかったのだ。そして、四方を十メートルもある壁に囲まれているこの都での封鎖は、痛手だった。
とはいえ、何か手はあるはずだ。いや、手を見つけないと、数週間閉じ込められたままになったら、セーレにある食糧は尽きてしまう。都以外の補給地点を見つけられたらそれがいいが、周囲にないと思ったからこそレパードたちは危険な都の滞在を選んだのだ。本当は補給地点が近くにあるのに、気づかずに全員餓えて死ぬのは、いくらなんでもごめんだった。
「刹那、抜け道を探せないか」
縋るようにあてにしたのは、刹那がこの手の情報に強いからだ。抜け道というのは暗殺者がよく使う道らしく、刹那はこういう分野においても力を発揮する。
ところが、返ってくるべき答えがどこからも返ってこなかった。
「刹那?」
レパードはここで初めて、刹那が自分の傍らにいないことに気が付いた。ずっとついてきていると思い込んでいたのだ。
(まさか、はぐれたのか?)
レパードは勿論、来た道を戻って刹那を探した。ギルドにも聞いてみた。人にも声を掛けた。挙句の果てに、第二市民区域を端から端まで探し、喉が枯れるほどに叫んだ。門番に咎められる覚悟で、刹那が通らなかったか確認もしてみた。
しかし、刹那の行方はぴたりと、ギルドの建物を出たところで、途絶えていた。
そして、とうとう日が昇った。




