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カルタータ  作者: 希矢
第七章 『日常は終わりを告げる』
216/991

その216 『報酬』

「レパード。鳥、見てきていい?」

 話が一通り終わる頃、刹那がそう訊ねてきた。

 刹那の言う鳥というのは、伝え鳥のことだ。カウンターの右端に木彫りの鳥が置かれている。伝え鳥の郵便物を、ギルドで受け持っているのだろう。

「あぁ」

 頷きながら、レパードも男に礼を言ってからそこへ向かう。手紙は来ていなかったが、届ける予定はあった。

「マドンナまで頼む」

 必要な報告をまとめてから、受付嬢に手渡す。マドンナの名前が出たことで、受付嬢が驚いた顔をしていたが、特に何も言われなかった。

「刹那、どうかしたのか?」

 ふと、隣の刹那の雰囲気が変わった気がして、尋ねる。気のせいだろうか、いつもより少し暗い気がした。

「手紙は来ていただろう」

 孤児院からの手紙だろう。それを読んで送り返していたのは、隣で見ていた。

「うん」

 こくりと頷くだけで、刹那は何も言わない。元々刹那は寡黙だ。孤児院に何かあったのかもしれないが、自分から口を開くことはないだろう。

「刹那……」

 話してみろと言う時間は、なかった。

「すみません。少々よろしいでしょうか」

 カウンターを見やれば、先ほどの金髪の巻き毛の男が、困った表情を浮かべてレパードたちを見ている。

「どうした」

 男は、小さく手招きをした。

 レパードは刹那と顔を見合わせる。男に呼び止められるようなことをした覚えがない。わからないながらも近づけば、小声で確認される。

「マドンナ様の直々の依頼の、御一行様ですよね?」

 受付嬢から話を聞いたのだろう。レパードは頷いた。

「マドンナ様から報酬をいただいております。奥の談話室までご足労を願えますか」

 レパードは耳を疑った。報告の手紙を渡しただけで、成功したかどうかは今の時点ではわからない。あのケチなギルドマスターが既に報酬を用意しているなど、全くもって前代未聞だ。

 だが、報酬があるのであれば、断る理由はなかった。もらえるものはもらっておかないと、後々で後悔することになる。

 頷くレパードに男はほっとした顔をした。レパードが断るとでも思ったのだろうか、意外な心持ちがする。

「少々お待ちください」

 男はそう断りを入れてから、受付嬢へと声を掛ける。談話室へ案内するようにと伝えていた。

「承知しました。お客様、こちらでございます」

 受付嬢は、カウンターを出ると、レパードたちを案内し始める。

 女を後ろから追うレパードには、赤みのかかった女の茶髪がやたらと目についた。高いところで一つに結んだ後、細長いピンのようなもので、丸めた髪を突き刺している。そうすることで、本来なら肩へと落ちる髪が、ほどよい高さでまとめられていた。

 こういった髪型を、セーレの女性たちはやろうとしない。リーサなら御洒落に詳しそうなのだが、それでも他の船員たちに合わせて遠慮しているのか、髪飾りをねだられたことはなかった。一番複雑な髪型をしているのは隣にいる刹那だろうが、彼女の場合は女性陣に可愛がられた結果だ。

 できれば、女性たちには好みの髪飾りをつける程度のゆとりを持ってほしい。確かにお金はいつもぎりぎりだったし、余れば備品にまわしてしまう癖をつけさせたのは、他ならぬセーレだ。

 しかし、せめてとレパードが気を利かせてイニシアで買ったペンダントは、御洒落と言いきれない、もっと他のものになってしまった。

 レパード個人としては、彼女たちに、好きなものを身に着けるという自由があってもいいと思っているのだ。レパードからみると、彼女らは全員、頑張りすぎだ。今回の報酬で、髪飾りの一つずつでもプレゼントできると良いと思う。

 そんなことを考えているうちに、目的地へと着いた。

「こちらでございます」

 女に案内された談話室は、テーブルとソファで部屋がいっぱいになる、こじんまりとした空間だった。それでも、ソファに座ればふかふかであり、テーブルは凸凹を描いた硝子の板が、物を置けるようにか、二段重ねになっている。

 慣れない座り心地に顔を顰めていると、女がすぐに水を持ってきた。水が入っているグラスからして、どこか豪華だった。僅かに色の入った硝子が、外からの光を浴びてきらきらと光っている。

「担当の者が来るまで、少々お待ちください」

 一礼して、出ていく様子を見ながら、レパードは自分の手元に置かれた水を手に取った。中に氷が入っていて、冷たさが手を伝う。一口飲めば、ただの水だというのに、どことなく飲みやすさを感じた。

 刹那も喉が渇いていたのか、すぐにグラスを手に取っている。中の水をクピクピと飲んでいる姿は、年相応だ。

 しかし、そこからが非常に長かった。水を飲み終わっても、担当の者とやらは一向に来なかったのだ。いらいらして飛び出そうとしたら、気が付いた女に謝罪されてもう一杯水を運ばれてしまった。その二杯目も空になると、今度は間髪いれずに三杯目が運ばれてきた。

 これで部屋に鍵を掛けられたり、飲み水に薬でも入っていたら、『龍族』を捕える罠だと思って逃げ出したところだが、ここはギルドでレパードたちは報酬を受け取る側だ。残されたセーレを思えば時間がないのだが、マドンナの多忙さを鑑みれば、報酬が遅くなるのも仕方はない気がしたので、怒鳴りたくなるのをぐっと堪える。

 とはいえ、さすがに待てても一時間だ。いい加減に痺れをきらしたレパードが帰ろうとしたところで、あの金髪の男が慌てたように駆け込んできた。

「お待たせしまして、申し訳ございません」

「全くだ」

 レパードの表情を見て、男の顔が引きつっている。冷や汗もでていて、カウンターにいたときの余裕はどこにもなかった。

「すみません」

 何度もそう謝りながらも、男は持ってきたアタッシュケースを取り出した。

「こちらが、マドンナ様からの報酬でございます」

 アタッシュケースが開かれて、レパードは一瞬にして待たされたことを忘れた。

「お札がいっぱい」

 刹那がぽつりと事実を述べる。

 アタッシュケースには、お金が端から端まで、びっしりと詰められていたのだ。この枚数なら、1年は遊んで暮らせるかもしれない。俺たちはとうとう消されるのかと、思わず不安になるには十分すぎるほどの額であった。

「これは……、持って帰るのも大変だな」

「その心配には及びません」

 男は澄まして答えた。レパードが怒りを忘れたのをいいことに、調子を取り戻したらしい。

「ギルド銀行にお預けいただければよろしいかと」

 相変わらず、商売上手だ。脳内で、マドンナがニヤリと笑っている。

「今は当店のみのお預かりとなっていますが、近々国内であればどの支店でもお金の引き出しができるようになります。持って帰るには盗まれる心配はありますが、預けてしまえばお金を盗まれる心配はないですよ」

 レパードは、そこで想像する。頭に浮かんだそれは、大金をシェイレスタの都に預けたがために、再び都に入ることになったセーレの船員の姿だ。船員たちは残らず、都で待ち構えていたブライトに捕まって縄で縛られてしまう。

 内心、レパードはため息をついた。まるで結託しているかのようなマドンナの嫌がらせである。因みに、断り文句として近々国内でどの支店でも引き出しができるといっているが、近々という日は延々と来ないと思った方がいいだろう。

「それならそうしてくれ」

 渋い顔で、レパードはお金を預けることにした。先程の想像のとおりになるなら、本当は持って帰りたいところだ。しかし、今のレパードたち二人ではこの大金を持ち運ぶことはできない。大金を運んでいたら、間違いなく誰かの目を引く。盗まれるどころか、殺されても文句は言えまい。

 かさばらない程度に必要な分だけ取ると、男に預かりを命じた。きっと、一生取りに行くことはないだろうと苦々しく思う。

「ありがとうございました!」 

 手続きを一通り済ませた後、一見して明るくなった男の声に見送られる。

 そうして、レパードたちは一時間以上の滞在となった談話室をでた。

 しかし、その時にはギルドの入り口は大変な混雑を迎えていた。何事かと訝しむレパードの前に、答えが転がりこむ。

「大変だ!」

 ギルドの扉を押し退けて、見知らぬ男が叫んだ。

「門が閉鎖されていく!」

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