その215 『情報収集』
「調達、行く?」
刹那に覗かれて、レパードの思考は引き戻された。
「いや、まずは情報収集だ。ギルドを覗いて行こう」
そう言って、視線を上に上げる。
刹那がレパードの視線を辿って、頷き返す。
噴水広場の、今レパードがいる場所の向かいに、ギルドの名を掲げる看板の、白い建物が聳えていた。ここでも、扉の隙間から光が漏れている。深夜にも関わらず僅かに漏れ聞こえる喧噪は、酒場に負けず劣らずだ。
重い扉を開けると同時に、レパードたちを招くように、チャリンチャリンとベルが鳴った。そのベルの音に振り返る視線は、なかった。代わりに、人々の談笑の声が、熱を伴ってレパードたちの顔に触れる。彼らは一様にそれぞれの話に夢中で、レパードたちに構うことはなかった。きっと、この時間にもレパードのように入ってくる人は珍しくもなんともないのだろう。
レパードはいつものギルドの雰囲気を肌で感じて、赤い絨毯を踏みしめた。歩く最中にも、バチバチという火の音が聞こえてくることから、建物のどこかで暖を取っているのかもしれなかった。身の凍る寒さを歩いてきたために、その暖かさが身に染みる。
中央まで行くと、複数の男女がテーブルを挟んで会話をしている様子が見られた。彼らは互いに相談をしているらしく、その顔は真剣だ。テーブルに乗せられた大きな袋を見るに、報酬の分配でもしているのかもしれない。傍らを通って、更に奥のカウンターへと歩いた。
踏みしめるは相変わらずの赤絨毯、絨毯から覗く床はピカピカに磨き上げられた大理石、壁は白く汚れ一つ見られない。カウンターの台は木製で、ウォールナットのように濃い焦げ茶色をしていた。さすがに砂漠でこの木は取れないはずなので誰かが持ち込んだか、それらしく見えるよう色を塗ったのだろう。それにしても、高級な造りをしている。砂漠の都といえども、ギルドは変わらないらしい。
「ギルドへようこそ。ご用件は何でしょうか」
受付の男が、にこりと笑いかけながら、決まり文句を述べる。見たところ二十代後半の若い男だが、ピリッとしたワイシャツに、質の良いネクタイをしていて、その佇まいからは一種の貫禄を醸し出している。金髪の巻き毛が、決まった服装に随分お似合いだった。
「近況を聞きたい」
ざっくりとしたレパードの回答にも、眉一つ動かさない。
「かしこまりました。どういった分野の近況をお探しでしょう。都の治安、出没魔物の傾向、天候、或いは市場の動向……」
列挙されていく言葉に、レパードは静止の合図を出した。
「まずは『魔術師』の動向だ。俺はシェイレスタに来たのは初だからな。違いを知っておきたい」
男は笑みを崩さずに答えた。
「最近の『魔術師』様方は、サンドリエの機械人に興味深々のご様子ですよ」
「なんだそれは」
聞いたことのない名前だが、恐らくは地名だろう。そこにある機械人と呼ばれるものが掘り起こされたということらしい。だが、機械人とは一体なんのことだろう。
男は白い歯を見せながら、答える。
「最新の古代遺物だそうです。マゾンダの街から少し先に行ったところにあるサンドリエ鉱山で発掘されたとか。電気だけでなく未知の力で動かす必要があるようで、今それらを調査中です」
相変わらず貴族様は地面を掘り起こすのに忙しいらしいと、レパードは心の中で皮肉った。それから、得た情報を吟味する。きっと、今最も熱いニュースをこの男は答えたのだろう。お金儲けに聡いギルドは、『魔術師』が欲するものをいち早く手に入れるためにこの手の情報を欲しがる。恐らく同じ類に思われたのだ。
しかし、一昔前ならいざしらず、今のレパードが欲しい情報ではない。むしろここで聞いておきたいのは地名だ。
「マゾンダや、サンドリエはここから近いのか」
「そうですね。ここからだと、徒歩で二日でしょうか」
レパードは目を丸くした。
「そんな近くに、町があったとは知らなかったぞ」
徒歩で二日なら、飛行船ではひとっ飛びだ。
「地下街ですからね。空から見えるのは、鉱山ぐらいでしょう」
そう言って、男が手元に用意した用紙に、簡単に地図を描いていく。
それを見たレパードの手が震えた。セーレが滞在している場所から殆んど離れていない。目と鼻の先にあって、気づかなかったことに唖然とした。
そうして、意識する。わざわざシェイレスタの都に入る必要などなかったのだ。ブライトはやはり、故意に教えなかったのだと。
本当に無知というものは恐ろしい。しかし、これでもレパードはインセートで、シェイレスタの地図を取り寄せようとしたのだ。けれど、シェイレスタはイクシウスに対して警戒を緩めていない様子で、自国の地図を渡す愚行を犯していなかった。シェイレスタは砂漠しかない小国であるという理由で人伝に話を聞こうにも情報はなく、途方に暮れたものだ。
それが実際はどうだろう。このシェイレスタの都にはこうして当たり前のようにギルドが建って、ギルド員らしき人々も盛り上がっている様子だ。
「シェイレスタは噂で聞く国とはだいぶ違うようだな」
男は少し肩を竦めてみせた。
「初めての方は、皆そうおっしゃいます。しかし、この国は飛行石が豊富で意外と裕福です。余所からきたギルド員たちは皆、ここでの旨味を人に知らせたくなくて口をつぐんでいるようですが、この豊かさは馬鹿になりませんよ」
豪奢な建物で受付をしている男が言う分には、説得力があった。
確かに、シェイレスタは豊かだ。男尊女卑だとか区域分けだとか気になる縛りはあるものの、この豊かさのおかげで、皆が生き生きとしている。ギルド員が旨味を人に知らせたくないというのもあながち嘘ではないだろう。
「他にはないのか」
少しでも情報が欲しいこともあり、話を切り替えるように、尋ねていた。
「そうですね……。イクシウスの国王の崩御と、新女王の即位式の話題が多いですが、この辺りはご存じでしょうね。シェイレスタならではとなると、あとは、アイリオールの魔女が指名手配された話ですかね」
レパードの髪に隠れた耳が、ぴくりと反応した。
「なんでも、インセートで大暴れしたとかで、イクシウスは大騒ぎだそうですね。シェイレスタも一応、国の恥ということで指名手配はあがっていますよ」
男はどこかほっとしたような顔をみせる。
「まぁどちらにせよ、これではっきりとアイリオールのお家騒動に終止符が打たれるでしょう」
「アイリオールのお家騒動というのは何だ?」
レパードの質問に男は、「そうでした、シェイレスタは初めてでしたね」と述べた。
「『魔術師』たちの間の、よくある後継ぎ問題です。ご存じでしょうが、シェイレスタでは男尊女卑の傾向が強い。アイリオールの名を長女であるブライト様に継がせるか、その弟であるワイズ様に継がせるかで、揉めたんですよ」
あいつに弟がいたんだなと、レパードは密かに驚く。しかしこの情報は、ブライトの行動原理を読み解くのに、役に立ちそうだと直感を抱いた。
「アイリオール家というのは、そんなに有名なのか」
「えぇ、何せシェイレスタでは一番の名家。エドワード国王の右腕にあたる一族の話ですから」
想像を越えていたが、あれでもブライトは名家の出らしい。
「それに、姉弟揃って天才と呼ばれるほどの卓越した魔術の使い手だそうです。そのために、魔術の技量で図ることもできずに、余計に揉めたそうですね」
あの魔術の使い手が、ブライトだけでなく弟もと聞いて、内心げんなりした。その天才ぶりが誇張でも何でもないことを知ってしまっているから、更にだ。
しかし、引っ掛かりを抑えられない。そんな名門の出がどうして、指名手配されるほどのことをしでかしたのだろう。本人の意思だというのは確認したが、それにしても納得がいかない。黙っていれば、ずっと『魔術師』であり、貴族として生きていけたのだというのに。
「とまぁ、興味がおありのようでしたので、細かく話しましたが、私で分かるのはこの辺りまでですね」
はっとした。男に、そこまでブライトの話題に興味を持っていることを知られたつもりはなかったからだ。
「……そうか、分かった」
渋々頷きながら、ついでに他の情報も仕入れる。このところは晴天続きだとか、水が豊富なのはこの都が元々オアシスであるからだとか、そういった情報だ。
仕入れながらも、レパードはブライトのことが頭の片隅に引っかかる。ブライトというのは、男につけることの多い名前だ。男尊女卑のシェイレスタだからこそ、敢えて男名をつけたのだろうと、ふいに理解した。




